3 俺が悪かったのかも知れない 4





 揺れる大地の合間を、敵味方関係なく人々は逃げ惑った。辺りが
方向も分からぬ程焼き尽くされ、また様々なものが焼けて異様な匂
いを発していた。体を焼かれてもなおかつ生きている者もいるよう
で、血と皮が体から流れ出ていた。ただ、水を乞うように必死に這
いずっていた。
 その状況化で、すでに気が狂ってしまったものも少なくはないだ
ろう。
 エスカイザの兵のお陰で、カルティアの鎌の一撃からは逃れたフォ
ンシャンやシュウ。火の粉が舞いあがる中にシュウはいた。
 シュウは頭の中が半分赤い狂気に襲われつつ、それを振り払うか
のようにフォンシャンの手を握りしめていた。
「頼む、動いてくれ……」
 シュウは何度もフォンシャンに語りかけるが、ぴくりとも動かな
かった。少し離れた場所では、エスカイザが炎を吐いて暴れ狂うg
ランザを見つめていた。
uシ・iCUー様、もっと遠くへ逃ーましょう。これでは落ちつい
てフォンシャンの治療を行うことも……」
 そう声をかけたエクサを、シュウは睨みつけた。勢いよく立ちあ
がり、エクサに掴みかかった。
「ここを離れてどこへ行く! あの化け物はどこへ行くか分からな
い。あのままではエフローデ領であろうが、我がラスタ領であろう
が焼き尽くす。あの銀の悪魔でさえ食われてしまった。もう誰も止
められない。近寄ったら、焼かれるか、あれの一部になるだけ」
 シュウはエクサの胸を何度か叩くと、その場に座りこんだ。這い
ずってフォンシャンの元に辿りつくと、灰で黒く汚れた頬に触れた。
「悔しい、悔しいんだ、フォンシャン……私は何も出来なかった。
自分が生まれ育った場所さえ守れない。それに、たった一人の人で
さえも」
 シュウの黒くなった頬に水が伝った。シュウの目からこぼれた涙
だったが、それは頬を伝うにつれ灰で黒く染まってゆく。
「シュナイザー様……」
 ただ呟くように、エクサは言うだけだった。それ以外何も出来な
いようだった。
 皆静かに、悲鳴や炎の音を聞いていた。
 無気力。そう描写するのが正しいかもしれない。だが、しばらく
経ってエスカイザの声によって状況が変わった。
「何か変だ」
 エスカイザの目はまだトランザと竜の方へと向けられていた。い
や、そこから目が離せなかっただけかもしれない。
 首の一つが、狂ったように――いや、何か痛みを取り除こうと激
しく首を振っていた。そのうちに自らの首を地面に叩きつけ始めた。
 次の瞬間、その首がコントロールを失って遠くへとふっ飛んだ。
首は血と肉をまき散らしながら地面に衝突、何度か体を大きくのた
うち回らせた後、上空から飛来した銀色の光に刺されて四散した。
 エスカイザは状況を見届けると、シュウの腕を掴んだ。
「逃げるぞ。とりあえずトランザの化け物はあの死神に任せるしか
あるまい」
「ここに、いる……」
 シュウは首を力なく横に振った。
 エスカイザは困惑と焦りの表情を浮かべた。いつ方向を変えて襲っ
てくるか分からぬ状態だ、本来ならば転送兵を使って遠くに逃げて
いてもおかしくないのだ。
 エスカイザはもう一度シュウの、今度は肩を掴んで言った。
「いますぐにでもここを離れよう。その男は従者にでも運ばせれば
いいだろう」
 エスカイザはエクサを見やった。エクサは視線を受け、フォンシャ
ンの側に膝を着いた。
 エクサはフォンシャンの首に手を差し入れて上半身を起した。
ぐったりと力を失ったままのフォンシャンを、シュウは目に涙をた
めてみつめていた。その涙をこぼさぬように、シュウは少し上を向
いた。
 エクサはさらにフォンシャンの膝の裏に手を差し入れて持ち上げ
た。その瞬間、だらりと腕がこぼれ落ちた。
「完全に気を失っているようですね。少し息も弱いようですが……」
 エクサの言葉と最後に投げかけられた目線に、シュウは空を仰ぎ
見た。こぼれ落ちそうになる涙を指先で受けとめて空に散らすと、
フォンシャンの手に触れた。
「エクサ、逃げます。フォンシャンはこんなことでは死なない。彼
はアークの一員なのですから」
 シュウはそう言うと、フォンシャンの懐に手を忍びこませた。そ
して、懐から卵話を出した。
「レッドコール、レッド……」
 シュウは何も反応を起さない卵話に慌てるが、フォンシャンの手
を取って卵話に触れさせた。そのせいか卵話が反応した。と同時に
赤く光る。
「フォンシャン! 報告をしなさい。アークのほとんどは撤退しま
した。残るは貴方だけです」
 ボイスの焦ったような声が聞こえてきた。シュウは卵話を握ると、
叫んだ。
「ボイスさん!?」
「その声は、シュナイザー殿ですね。フォンシャンはどうしました?」
 シュウの声を聞き、グレンの声に緊張感が走った。
「かろうじて生きてます。けれど、その……彼から銀の髪の男が……
たぶん、神託を下す天使だと思うのですが」
 シュウはそこまで言って言葉を切った。激しい地響きと共に、ト
ランザの脇にいたもう一つの竜の首が燃えて大地に落ちた。燃えた
首はあっという間に森を火で満たした。
「今、そちらへ行きます」
 グレンはそう言って卵話を終わらせた。そして、数分も立たぬう
ちに姿を現した。
 現れたグレンは、その状況に顔をしかめて黙った。
「天使を、体に封じていたと? この男が?」
 自らの沈黙を破ったのグレンは、そう言ってフォンシャンの顔を
見つめた。
「まさか」
 グレンはそう言って、言葉を短く切った。そして手を伸ばしたか
と思うと、フォンシャンの首に触れた。
 シャツを引っ張り、首に巻かれている首輪を見つめた。首輪から
ぶら下がっていた宝石は、今や土台に破片が引っかかっている程度
にしか残っていなかった。
「首輪に触れても反応なしですか。以前は熟睡していると見えても
飛び起きたものですが」
 グレンはそう言うが否や、フォンシャンの首から首輪を引きち
ぎった。
「な、何を……」
 落ちついたグレンの行動に、シュウは動揺を見せた。
「魔女の首輪。そう呼ばれています。普通は魔物につけるもので、
力を制御するものです。それをつけたままでは、ここまで弱り切っ
たフォンシャンの体を癒すことはできない」
 グレンはそう言って、腕をまくった。
 しばらく様子を見ていたエスカイザではあったが、燃え広がる炎
についに行動を起した。
「私は避難する。シュナイザー、貴方の無事を心から祈っている」
 シュウは馬に乗り込むエスカイザを見上げた。
「貴方に私は必要ない。貴方の瞳に映っているのはその男だけだ――
では」
 エスカイザはそう言うと、馬をゆっくりと歩かせ始めた。
「エスカイザ! ……ありがとう。そしてすまない。私は」
「貴方は自分を持っている。それを最後まで貫くべきだ。私はただ
自分の権力さえ守れればいい、そんな男だ」
 エスカイザはそう言うと、微かに笑みを浮かべた。
 シュウは馬に乗って兵らと共に去ってゆくエスカイザの後姿をし
ばらく見送った後、フォンシャンに向き直った。
「体の内部が深く傷を負っているようだが、脅威的な回復力だな」
 グレンは額から汗をにじませ、言った。シュウはフォンシャンの
体に触れ、目を閉じた。そして、術を唱え始めた。囁くような声に、
黙って見ていたエクサが慌てた。
「シュナイザー様、そんなことしてはお体が持ちませぬ」
「大丈夫だ。私とていつまでも守られている立場ではいたくない。
今はただ、一刻も早く目を覚まして欲しいのだ。とても、フォンシ
ャンに会いたい。目の前にいるのに、このまま居なくなられてはい
やだ」
 シュウはそう言うと、フォンシャンの唇に指先で触れた。その指
を滑らせ、あごに添えると、軽く上を向かせた。
 次の瞬間には、シュウの唇はフォンシャンの口に重なっていた。
「しゅ、シュナイザー様っ!」
 慌てたような声をあげるエクサに、グレンは静にするようになだ
めた。
「体の内側を治すのだ、直接力を注ぎこむ方が良いだろう」
「で、ですが、そのっ」
 慌てふためくエクサに、グレンはため息をついた。



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