3 俺が悪かったのかも知れない 5



 長く唇と唇が触れ合う内に、フォンシャンの指がピクリと動いた。
その指先から細かな傷が消えていった。青白い手は徐々に生気を帯
びた淡い肌色になり、その右手はシュウの髪に絡んだ。そのうちに
何かを求めるように手はシュウの首に回り込む。
 癒しの言葉は、今は熱い吐息に変わっていた。
「フォンシャン……」
 フォンシャンから顔を離し、呟いたシュウの背後で、世界が変わった。
 カルティアを食らおうとしたトランザの額に、大鎌が突き刺さっ
た。刺さった場所から異形な竜の体は弾け飛んでいた。それだけで
はとどまらず、銀の大鎌は地面に突き刺さると同時に発光した。
 発光と同時に熱風が吹きつけた。ほんの少しだけ見えた、何もか
もが吹き飛んでゆく風景に、シュウは怯えてフォンシャンにしがみ
ついた。
 直後、体の水分全てを奪い去るような熱風に、肌がチリリと焦げた。
 だが、すぐにふんわりとした何かがシュウを包み込む。その感触
に、シュウは目を開けた。
 何かが、熱を遮っていた。その正体を知りたくて目をこらすが、
隙間から吹きこんだ熱風に、思わず顔をそむけた。そして手に絡む
布を握りしめ、顔をフォンシャンの体に埋める。
 シュウは誰かに横に倒され、抱き上げられた。
「黒い……羽根」
 シュウは自分の胸の上に落ちた一枚の羽根を拾い上げた。そして、
上を見上げた。
「……フォンシャン?」
 自分を抱きかかえている、黒髪の男。透き通るように白い肌に、
精悍な顔立ち。髪の色のせいか、はたまた口元からいつもの笑みが
ないせいか――とても凛々しく美しい男がそこにいた。
 その背中からは、四枚の白く大きな羽根が周囲を包むように広がっ
ていた。
 羽根の範囲には、エクサとグレンがいる。二人は呆然とシュウを、
と言うよりフォンシャンを見つめていた。
「まさか……」
 グレンは目を細めて呟き、その次の行動で、ひざまずいた。
「貴方も、天使だったのですか……数々の無礼、お許しください」
 顔を伏せたまま、グレンは言った。
「グレン、やめよーよ。そう言うかしこまったの。俺はグレンのお
陰で助かったようなもんだもん。あの首輪取るの忘れてたから、そ
のままぽっくり逝っちゃう所だった」
 フォンシャンはそう言って微笑み、シュウを抱き寄せた。
「エクサもグレンも、ここから逃げたほうがいい。カルティアは本
当にこの星を滅ぼすつもりだ。彼は短気だからね。止めようとは思
うが、どうなるかは分からない」
 フォンシャンは言いながらシュウの髪を撫でた。
 いつの間にか止んだ熱風に、フォンシャンは少し焦げた翼を折り
たたみ、シュウを地面に降ろした。
 シュウは目を大きく開いたまま、言葉を発せずにいた。
「大丈夫、シュウはちょっと話してから送り届けるから」
 フォンシャンはそう言ってエクサを見つめた。
 フォンシャンは空中に魔法陣を描くと、グレンとエクサを招いた。
 グレンは魔法陣へと進み、振り返って言った。
「貴方が天使とは、世も末ですね」
 いつもの皮肉を言う癖が出たようだ。グレンは小声で「すみませ
ん」と謝ると、魔法陣をくぐった。続いてエクサも「シュナイザー
様をよろしくお願いします」と言い残すと魔法陣の中に消えた。
 フォンシャンは頬を膨らませて呟いた。
「グレン、結構いい度胸してるよね。さてと、シュウ。俺が怖い?」
 突然の質問に、シュウは口を開こうとしてつぐんだ。そして黙っ
たまま首を左右に振った。
 それを見てフォンシャンは、シュウを抱き寄せた。
「愛してる」
 そう耳元で囁く。
「シュウだけじゃなくて、俺はこの星を愛してる――壊されたくない」
 フォンシャンはそう言うと、翼を広げた。白い翼は赤く燃える空
の元でさえ明るく輝いていた。
 シュウは翼を見つめて言った。
「あの国境を越えた時に見た翼は、貴方のものだったのですね」
 その言葉にフォンシャンは笑みを浮かべた。
 シュウは胸元で拳を握り、フォンシャンから一歩離れた。
「私は貴方に助けてもらうばかりで、何も……」
 言いかけたシュウの唇に、フォンシャンの人差し指が触れた。
そして、首を静かに左右に振る。
「助けるとか、助けてもらうとかは俺にとっては関係ないの。俺は
人のその気持ちがとても好きだよ。何かをしてもらったら感謝する。
それができるのは人だけだ。俺たち聖天使と呼ばれる者達もそうで
なければならないと思っている」
 フォンシャンはそう言って、空中にいるカルティアを見上げた。
 カルティアの視線は地面に刺さっている大鎌に注がれていた。
「けれど、今の彼には自分が星を支配していると言う思いがある……」
 フォンシャンの目が閉じられた。
「――だから俺は彼を俺の中に封じた」
 翼が、フォンシャンとシュウの間に割って入った。
 翼は瞬時に空間に魔法陣を出現させた。
 その魔法陣に吸いこまれそうになりながら、シュウは叫んだ。
「フォンシャン! 貴方にもう一度会えますか!」
 手を伸ばしたシュウの指先をそっと送り出し、フォンシャンは微
笑み、微かに肯いた。
「もちろん。だって、俺はシュウが好きだから」
 そう言って頷き、フォンシャンはシュウのあごに軽く手を添えた。
素早く顔を近づけ、シュウの唇を唇で濡らした。
 シュウは軽く濡れた唇に触れた瞬間、その体は魔方陣の中に消えた。
 後に一人残ったフォンシャンは空を見上げた。そこには今にも降
り出しそうな灰色の雲が立ち込めるだけで、カルティアの姿は見受
けられなかった。
 先ほどの一撃で、トランザと竜を片付けてしまったのだろうか。
今は森を焼く音だけが耳に届く。
「何を言っても、滅ぼすつもりなのか?」
 フォンシャンはそう呟くと、大きく翼を広げた。そして風を巻き
起こすようにして翼を叩きつけるようにして羽ばたいた。
 フォンシャンの体は一瞬にして風に乗り、空を突き抜けるように
して上空へと舞い上がる。
 灰色の雲に入る手前で眼下を見ると、そこには四肢しか残ってい
ない竜の死骸があった。亡骸は白く焼け、表面が風が吹くたびに地
面に広がっていった。
 フォンシャンは顔色を曇らせると、再び翼を羽ばたかせて灰色の
雲を突き抜けた。
 雲を突き抜けると、フォンシャンは周囲に軽く目を走らせた。
「雲が……邪魔」
 フォンシャンは呟くと、手を開いた。そして、どこからともなく
ナイフを取り出した。そのナイフの先で手のひらを軽くなでた。見
る間に手のひらに赤い玉ができ、それが徐々に線になる。溢れ出し
た血はそのまま空中から重力に従って落下して行った。
 すると、見る間に雲が道を広げていった。そして、地上に到達し
たであろう血は、周囲の焼け焦げた大地を見る間に緑に変えた。
 フォンシャンは一瞬だけその様子を見守ると、再び視界を周囲に
向けた。やがて何かを見つけたのか、何もない空中を蹴って跳躍した。



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