1 プロローグ 3


 しばらくすると、城の内部にポツポツと火が灯るのが見え始めた。
 内部へと進む門の手前にある詰め所の窓からも、火の光と、その
中で動く人影が見られる。
「外側から内部の方に入るのが、まためんどくさいんだよなぁー。
それに……早く行かないとマズイ、マズイよねぇ、俺の奥さーん。
やっぱりゴージャスな夕食の後は、まったりと行きたいもんだから
ねぇ」
 フォンシャンはそう言うが早いか、詰め所の裏方にある木の中へ
と飛び込んだ。
ガサリ、という音に、詰め所の中にいた兵士の一人が顔をのぞかせ、
すぐに顔を引っ込めた。
その隙に、フォンシャンは詰め所の屋根へと飛び乗った。その次の
瞬間に、先ほどの兵士が明かりを持って現れた。そして、木の辺り
を照らし出す。フォンシャンは慌てて身を伏せる。
 すると、頭の上にいた聖鳥シグルが大きな音を立てて飛び立った。
「……なんだ、鳥か」
 聖鳥シグルの姿が、兵士が照らし出した空間に映し出される。
 兵士が詰め所の中に入って行くのを確認すると、フォンシャンは
すぐに内部へともぐりこんだ。
 城からほんの少し離れたところにある茂みから、中をうかがうフ
ォンシャン。その頭の上に、静かに聖鳥シグルが降り立った。
「さっきはサンキュ。さてと、問題はこれからどから入ったら地下
牢にたどり着けるかが問題なんだが……まさか聞くわけにもいかな
いからなぁ」
 フォンシャンはそう言いながら、鼻をヒクつかせた。
 なにやら先ほどから微かに良い匂いが漂ってくる方向がある。
「厨房か? 兵士用の食堂は外庭だろうし……となると」
 フォンシャンの考えていたことは、ある程度当たっていたようだ。
 城から少しはみ出すようにして設置されている部屋の中をのぞき
込むと、そこは厨房だった。
 その厨房は、どうやら使用人のための料理が作られる所らしく、
少し汚れたエプロンをした年配の女性使用人――つまりはおばさん
の何人かしゃべりながら料理を作っていた。
 聞き耳を立てると、こんな話が聞こえてきた。
「アンタさぁ、今度お城勤めに入ってきた若い兵士、見たかねー」
「見たわよぉ、なかなかかわいい子じゃないの!」
「そうそう。なんかうちの息子そっくりでさぁ、ついつい気になっ
ちゃうのよねぇ!」
 そう言って、豪快に笑うオバサンたち。その中の一人が言った。
「そう言えば、今日は一人分追加だよ! 何でも地下牢に一匹増え
たからね!」
 フォンシャンも、夕食時の一番いい時に居合わせたらしい。
「どうせ悪人だぁ、残りもんで済ませちまいな」
 少し厳しい声がし、更にこんな声も聞こえてきた。
「それにしても、誰が運ぶんだろうね! あそこには若いメイドは
暗いだの、気持ち悪いだの言って行きたがらないし、アタシたちだ
ってごめんだよ」
 その言葉をきっかけとして、その場にいた全員が行きたくないと
言い出す。
「その辺にいる兵に持っていかせればいいさ」
「それなら、俺が持っていってあげるよー」
 フォンシャンはそう言って、窓から中へと入り込んだ。そして、
お皿にあったものをつまみ食いする。
「なんだい、行儀の悪い!」
 オバサン連中の一人が目くじらを立てて、フォンシャンの前から
料理をどかした。
「俺が行ってきてあげるから、代わりと言っちゃあなんだけど、な
にかおいしいもの一つ分けてくれよー」
 フォンシャンはニコニコと微笑みながら、次の料理をつまみ食い
する。
「コラコラコラ! パン一個あげるから、さっさと地下牢に食事を
運んでやって!」
 オバサンは、フォンシャンに粗末な料理をトレーに乗せて渡す。
そして、フォンシャンの口にロールパンを一つ突っ込むと、部屋か
ら追い出そうとする。
 部屋から追い出され際に、フォンシャンはたずねた。
「そういや、地下牢って、どこ?」
「左へ行って三つ目の角を右! 突き当たりの薄汚いドアの向こう
側だわよ。ドアを開けてすぐが下り階段だから気をつけんのよ!」
 そう言って右手でフォンシャンを追い払う仕草をするオバサン。
フォンシャンは「へーい」と返事をすると、ゆっくりと歩き出した。
その背後から、「近頃の若い子はダラダラしちゃって!」と言う声
が聞こえてきたが、フォンシャンは振り返ることをしなかった。
 オバサンに聞いた地下牢への道順の、一番最初の角を曲がると、
フォンシャンの足取りが軽くなった。
「楽勝♪」
 フォンシャンはそう言いながら、そんなに多くはない料理をつま
み食いしながら歩く。廊下を進むと、段々薄暗く汚れた感じになっ
てきた。
「まぁ、若いおねーちゃんたちがここに来たくないのもわからなく
はないかもね」
 フォンシャンはそう言うと、片手でトレーを持ち、空いている手
で突き当たりにある扉を開けた。
 同時に、かび臭さの混じった生ぬるい風がゆっくりとフォンシャ
ンの横を抜けていった。
「古い鉄錆びの匂い……でも血の流れた感じはないね」
 カーペットなどの、なんの装飾品が施されていない石階段を十数
段下りると、周りを石積みの壁で覆われた廊下へと出た。一定の間
隔で火が壁にすえつけられている。その微かな明るさで、一番奥に
重たそうな鉄製のドアが見える。その脇に小さな鉄製のデスクと、
椅子がある。椅子には兵士が一人座り、デスクの上に置かれたラン
プの明かりで本を読んでいる。
 フォンシャンがドアの前に立っても、その兵士は横目で一瞬見た
だけで、何も言わなかった。フォンシャンが持っている食事に気づ
いたからだろう。
 フォンシャンがドアノブに手をかけ、中に入ろうとしたときに、
兵士はやっと声を発した。
「おい」
「なんだよ」
 フォンシャンはいかにもめんどくさそうに答えた。
「俺、飯食いに行って来るから、それを置いてきたら変わってくれ
ねぇか?」
「一時間ならいいぞ。それ以上の場合は、ほっといて行っちまうか
らな」
「わかった。すぐに戻ってくる」
 兵士はそう言って素早く立ち上がるとさっさと持ち場を離れた。
「なんか、今回はあっさりことが進むなぁ。やっぱ運命ってやつか
なー」
 フォンシャンはニヤニヤとしながら鉄製の重たいドアを閉じた。
 ぼんやりと薄暗い中に、いくつかの鉄格子が浮かび上がっている。
 フォンシャンは真っ直ぐ奥の方へと歩いて行く。時々うめき声と
何か罵るような声が聞こえてくる。
「こんなところに閉じ込められて、変なこと覚えなきゃいいけど」
 フォンシャンはゆっくりと歩いていたが、ふととまって鼻で軽く
息を吸った。
「女の子の匂い〜」
 フォンシャンはそう言ったかと思うと、左に直角に向きを変えた。
そして、小声で言った。
「シュナイザー?」
 返答はなかった。
「シュウ」
 フォンシャンがそう呼びかけると、中で何かが動く気配がした。
そして、微かな声で答えた。
「誰だ……」
 辺りを警戒しているかのような、かすれた声。
「ちょっとしたお使いにきた者です」
 もうちょっと言い方というものがあったと思うのだが……
「あのさ、ちょっと飯でも食べて俺とお話しよう」
 少しナンパめいたことを言い始めるフォンシャン。鉄格子の隙間
からかなり量の減った食事を差し出す。
「俺が毒味しているから、食べても平気だよん。意外とおいしかっ
た」
「それで量が減っているわけだな」
 またもやかすれた声が返ってきた。フォンシャンはその声を聞い
て、ため息を短くすると、声をひそめて言った。
「俺は、キミがおねーさんってことは知ってるよ。地声でもない限
り、その声は喉を痛めるからやめたほうがいいぞぉ」
 フォンシャンが思ったとおり、返答はなかった。
「とりあえず、逃げまひょか、おじょーさん」
「断る。信頼の置けないものに命を預けるわけには行かない」
「そうは言われてもねぇ、こっちも商売なんだよね。俺の命がか
かってるの」
 フォンシャンは牢屋の鍵穴を覗き込んだ。
「かなり昔のカギだから、解除魔法が反発しないとは思うけど……
念のため奥のほうに引っ込んでてね」
 フォンシャンはそう言って、右手を鍵穴に押し当てた。その途端
に、カチャリと小さな音がして、牢屋が開いた。
 フォンシャンが牢屋の中に顔を突っ込むと、声が聞こえてきた。
「おまえ……父上が頼んでいる組織の者か?」
「なんだ、バレてるんじゃん」
「いつも父上の依頼を拒否している組織だと思っていたのだが、違っ
たようだな」
 今度は、小声ながらも女性らしい音域だった。
「その声で、今度は違うことをささやいて欲しいもんだねぇ……」
 フォンシャンは、ポツリと呟いた。が、慌てて首を左右に振ると、
言った。
「たぶん、依頼の内容が悪かったんだと思うよ。戦いに手を貸すこ
とは、していないから。俺たちは傭兵などではないし。それにして
も、いい匂い……」
 フォンシャンはスッと手を伸ばし、シュウのアゴから頬骨にかけ
て手を這わせた。
「何をする」
 焦ったようなシュウの声に、ジャラリと言う重たい金属音が聞こ
えた。
「つながれてる?」
「いや、手錠だけだ」
「じゃ、速攻逃げるに限る!」
 フォンシャンはそう言うが早いか、シュウの腰に手を回し、持ち
上げると肩に担いだ。
「あ、歩けるんだけど……」
「そう? でも、前にいられても後ろにいられても守りにくいから、
とりあえずこれで我慢して」
 フォンシャンはシュウを適当に言いくるめ、とっとこ地下牢を後
にしようとした……が。



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