2

 「うわっ」
 ガツ、と派手な音がした。
 と言うのも、フォンシャンが円の中に入ってから数歩進んだ目の
前に、壁が存在していたからだ。
 フォンシャンが先ほど書いた円は、“空間移動”をするためのマ
ジックサークル。あらかじめ方位・距離等を設定してから入るもの
なのだが……どうやらフォンシャンはその必要な計算をしなかった
――もしくはできなかったのか、そのままサークル内に侵入したら
しい。
 そのため、顔面を壁に強打すると言う結果になってしまったよう
だ。
 そんな失態を見せたフォンシャンをあざ笑うかのように、頭上で
鳥が鳴いた。
「あ……さっきの鳥かぁーって! 笑うな!」
 頭の上の鳥に怒鳴るフォンシャン。その頭の上に、鳥は舞い降り
てきた。
 フォンシャンが頭の上に手をやって追い払おうとすると、鳥はそ
の手の上に飛び乗チた。
「んぁ? もしかして魔鳥か?」
 フォンシャンが手を目の前にもってゆくと、鳥は「キュルルルッ」
と涼やかな声で鳴いた。大きさはフォンシャンの手より少し大きい
くらい。鳥としては大きく、フォンシャンが言った魔鳥としては小
さめである。
 鳥の体は白い羽毛で覆われており、胸元が三日月を横にしたかの
ような黄緑の羽毛に染まっている。なによりも、頭の真上から後ろ
にかけて流れる、ピンクと黄緑の二色使いの長い羽が美しい。
「おまえ、綺麗なのにしつこいんなー。ついでに性格も悪そう、と
きてる」
 フォンシャンが言うと、鳥の眼光が鋭くなり――フォンシャンの
手の甲の皮をくちばしてつまんだ。
「い、イテテテテテ! おまえは人の言っていることがわかるんか
い! 魔鳥だから、ありえないこともないか。それにしても、随分
と大人しい魔鳥だねぇ」
 フォンシャンは、鳥の耳の後ろ辺りを掻いてやろうと、空いてい
るもう片方の手を伸ばす。
 鳥は、指から身を遠ざけるように頭を動かしたが、それよりも早
くフォンシャンは鳥のツボをついていた。
 フォンシャンの指先は、狙った場所――耳の後ろ辺りを軽く掻い
ており、鳥は気持ちよさそうに目を閉じた。
「いやはや、案外素直でないの。あ、もしかして魔鳥じゃなくて、
聖鳥の方かな? この辺の聖鳥の名前は確かシグル」
 フォンシャンが言うと、鳥は小さく「クルル……」と鳴いた。
 聖鳥シグルは、トランザ伯の城から数キロ離れた深い森の中に住
む鳥で、森を荒らす輩が現れると、怒りで巨大化して攻撃してくる、
といわれている魔鳥の一種である。
 実際には自分の住家が荒らされているから怒って攻撃してくるの
だろうが、結果的に森を守っていることから、魔鳥ではなく、聖鳥
としてランク付けされている。
「そりゃ、あれだけ派手に木に落ちてきたら、寝床にしていたおま
えが怒るのも当然だな。悪かったな。聖鳥の羽や肉は高く売れるか
ら、早く逃げな。それでなくても、この領内は戦争が近くなってき
て物騒な連中が多いから」
 フォンシャンは聖鳥シグルを両手で優しく持つと、空へ向けて離
した。
 一度は飛び立った聖鳥シグルだったが、二、三度旋回すると、
フォンシャンの頭の上に降りた。
「かまっている暇、ないんだけどなー。俺の未来の奥さんが、大変
なのよー」
 フォンシャンは言いながら走り出そうとして、はたと動きを止め
た。
「んーココってどこだ? ガーン、俺ってば微妙にまいごー」
 フォンシャンはキョロキョロと辺りを見回す。裏路地らしく、人
どころか猫などもいない。
「参ったねー、コリャ。城の影でも見えないかな。こんな街中で飛
んだら後々面が割れてしまうし、町の連中に城の場所を聞いても同
じ事……聖鳥シグルちゃんさ、知らない?」
 フォンシャンはそう言いながら頭の上の聖鳥シグルを捕まえ、問
いたずねた。
 聖鳥シグルは、小首をかしげるだけだった。
 フォンシャンも同じように首をかしげる。
「メイス・トランザ伯爵の、大きなお城なんだけど、この付近にあ
るはずなんだ。そこに早く行かないと、大変なことになってしまう
んだ」
 フォンシャンが、いつになく真面目な表情で言った。口元のニヤ
ついた笑いがないだけで、フォンシャンの顔が凛々しく見える。
 聖鳥シグルが、かわいらしく「チチチッ」と鳴いた。そして、
フォンシャンから飛び立つ。一度旋回してから、フォンシャンの背面
で羽ばたく。
「とりあえず、役に立ってもらうかな。シグルくーん、見えるとこ
ろから一番背の高い建物への案内よろしくぅ!」
 フォンシャンの言葉が理解できるのか、聖鳥シグルは「クルルー」
と鳴いてフォンシャンの後方へと飛行を始めた。
「あれま、逆方向? 俺ってば、行き過ぎたわけ?」
 フォンシャンは自らの言動に呆れたのか、ため息をつくと、聖鳥
シグルの後を追い始めた。
 たかが一匹の鳥の行動を信じて動いてしまうフォンシャン。よっ
ぽど友人が少ないと見える。まぁ、首に派手な宝石のついた首輪な
んぞしていたら、友達どころか仕事仲間でさえ近づきにくいであろ
うが。
 ところが、そのフォンシャンの妙な感が当たっていたのか、それ
とも聖鳥シグルが賢かったのか、目的の場所をしっかりと目に捕ら
えることができた。聖鳥シグルは、壁といくつかの建物にさえぎら
れているものの、ちょうど人目につきにくい場所に、案内してくれ
たようだ。
 どうでもいい話、そんなに小さな目標物ではないのだから、真逆
にさえ歩いていなければ必ず視界に入ってくるものだが。フォンシャ
ン、相当距離感と言うものが薄いらしい……
 フォンシャンは聖鳥シグルを呼び寄せて言った。
「おまえ、なかなか賢いなー。もういいから早く森へ戻りな。ちょ
っと遠いかも知れないけれど、戻れない距離でもないだろう」
 フォンシャンは聖鳥シグルの耳の後ろを掻いてやる。気持ち良さ
そうな表情の聖鳥シグルの頭を数度撫でると、離そうとするが。
 聖鳥シグルは、フォンシャンの手から腕を伝い、肩から頭の上に
陣取る。
「なんだか自分のマヌケな姿が想像できて悲しい……」
 フォンシャンは、小さく呟いた。また、友達ができなくなる要素
ができたかも知れない。
「せめて肩に乗ってくれりゃあ格好もつくのにさぁ」
 フォンシャンはぼやきながら、周りに人がいないことを確認する。
高さおよそ3メートルを、少しの助走で壁をかけ上げるようにして
体を持ち上げ、両手で壁の天辺を掴むと、ゆっくりと内部を覗き込
む。格好的には懸垂をしているかのようにも見える。
 人影が見当たらないことと、近くに木があるのを見つけると、
フォンシャンは一気に壁を乗り越えた。
着地するのと同時に、近くの木の陰に滑り込む。
「なんかあっさり。城なんだから、もうちょっと警備が厳しくても
良さそうなものだけど。どこかに監視水晶球でもあるのかねー。って
か、この様子だと城の外庭あたりかぁ」
 フォンシャンは、大きな目を細めて、辺りに気を配る。見たと
ころ、水晶球が浮いている気配はない。監視水晶球は、あると厄介
な代物だ。一つの水晶球につき上下左右360度監視できるし、使
用者と一定以上の距離を越えなければ目標を追跡することもできる
物だ。
 監視水晶球は、ある程度気配があるため、気づくこともできる。
「気配、ないなぁ。確かにあれは維持に体力使うから、出兵が多い
この時期にはなくてもいいんだけど……無用心過ぎ」
 フォンシャンは言いながら、気の影から堂々と外庭らしき場所を
突っ切る。首の首輪は、ボロっちいマントを羽織って隠す。そうす
れば、戦地より戻った下級兵士ぐらいには見える。もう日が落ちて
あたりは暗くなっているのだから、なおさらだ。数人の半分ゴロツ
キではないかと思われる傭兵とすれ違ったものの、特に何も言われ
なかった。



TOP/ NOVELTOP/ HOME/ NEXT/


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース