4.聖人_7

     *     *
 バドは、闇の中に立ち尽くしていた。だが、どうしてそこにいるの
かが分からなかった。
「確か、クロスソードの光りに包まれて」
 闇の中に、ぼうっと椅子が浮かび上がった。そこには、見慣れた人
物が座っていた。
「カヲル! いや、アキラさんの方だ」
 アキラは肘掛にひじを突き、頬杖をついていた。
「そう、俺だ。悪かったな、押しつけて」
 バドは首を横に振った。
「それよりも。化けていらっしゃったんですね。何から何まで」
 バドの言葉に、金髪に金色の瞳のカヲルとは似ても似つかぬ姿にな
ったアキラが現れた。
「彼女は母親似でね。あまり似ていないとカヲルが寂しがると思って
ね。カヲルは人の子だ。それは俺にはどうしようもなかった。ヴァン
パイアになることを、あまり好んでいなかったようだし」
 アキラはそう言って立ちあがった。コツコツと音を立ててバドに近
寄る。バドの髪をクシャリと撫でた。
「それよりも、悪かったな。押しつけてしまって。おまえなら、人間
でもヴァンパイアでも、そして獣人でもある。全ての者の気持ちが分
かると思ってな――もう理解してくれているようだが」
 バドは軽く目を閉じ、答えた。
「ええ……まだ力不足ですが、がんばりますよ。ところで、ルフィノ
ス公爵様はどのくらいの時を?」
 アキラは優しげな笑みを浮かべた。
「ばれたか。ま、公爵なんてそんなにいないし、ルフィと言う名前で
いずればれるとは思っていたがね。まぁ、大体二十世紀は生きている
かな。それにしても、ワイザー伯爵殿はかわいい顔をしているな」
 アキラはごまかそうとしたようだが、バドはそれを聞き逃さなかっ
た。
「二十世紀って! そんな……あっ、何を」
 バドは、アキラに押し倒されていた。その顔は、カヲルになってい
た。
 アキラはバドの額に触れ、次いで頬に触れたかと思うと――バドの
ワイシャツの前を引きちぎり、胸を露にさせた。
「うーん、これが女だったら良かったのに。じっとしてろよ、治りに
くい傷を治してやるんだから」
「いっ、いいです!」
 バドはそう言って胸元を掻き合わせた。
「なんで」
 単刀直入に聞かれて、バドは答えに詰まった。胸には、カヲルに何
度も押しつけられた十字架の跡がある。 「いいんです」
 そう答えて顔を赤らめるバド。
「うっわぁ、変態だー。ま、消えかかったらちょと悪さすればすぐに
つけてもらえるだろ」
「いいえ。アキラさんに馬乗りにされてこんなことされているのが嫌
なだけです」
「あぅ、お父さん傷ついちゃう」
「だ、だれがっ」
「さてと、帰るか」
 アキラは適当に流すと、バドの額に触れた。今度は光りが広がった。

        *       *

 バドは目を開けて、辺りを見まわした。辺りはもう日が落ちかけて
いた。居るのは路地裏。遠くでパトカーのサイレンの音が響いてきて
いる。すぐ近くに、カヲルの顔があった。遠くにはアキラとハイネの
姿がある。
 睨みつけるようなカヲルの目線に、バドは困ったように言った。
「えと」
「やっと目を覚ましたか、このバカが。心配したじゃないか」
 カヲルはそう言ってバドを抱きしめた。
「すみません……そう言えば、リグロード公は消滅を?」
 カヲルはうなずいた。アキラが答えた。
「良くできました、聖人様」
 アキラはバドの背を叩いた。バドはむせながら笑う。
「どうも」
「と、言うわけで、今日からカヲル、おまえがバドの助手な」
 アキラに急に話しを振られ、カヲルは目を大きくして突っかかった。
「俺が!?」
「他に、誰が居る?」
 アキラにそう切り返され、カヲルは黙りこんでしまった。
 アキラは、バドに向かって言った。
「バド、好きなように使うといいぞ。あんなこと、こんなこと、むふ
ふふ……お父さんが許す! 今日からヤリたい放題、解禁だー」
 ハイネが呆れたようにため息をつくと、アキラの耳を引っ張った。
「いい加減にしてください、アキラ様。あまり人の道を外さないよう
に」
「えーつまんなーい」
 アキラはそう言って、ぎょっとした。
「死ね!」
 カヲルの正拳が、アキラの顔面を直撃した。
「どうでもいいが、俺にクロスソードの片割れをよこせ!」
 アキラは滴り落ちる鼻血を見つめながら呟いた。
「それが父親に対する態度かよ……」
 アキラはため息をついて手首を切った。血がこぼれ落ち、十字架の
形を取った。
「俺には用済みだ。と言うか、あんまり持っていたくない――これで
全て俺の手を離れたな。じゃ、行こうか、ハイネ」
 アキラは腕をハイネに向けた。ハイネはアキラの腕に手を絡ませる。
そのまま二人は路地から出て行く。
「どこへ行くんだ? もう、帰ってこないのか……」
 カヲルの問いかけに、アキラは振りかえりもせずに答えた。
「いつかまた会えるよ」
 そして手を振り、人ごみへとまぎれた。
 後ろ姿を見送った後、バドが言った。
「僕たちも帰ろうか。それにしても……どうしましょう、この騒ぎ」
「アキラの話しだと、人の記憶を消したそうだ。だから、おまえの姿
や、リグロードの姿は誰も覚えていない。後の処理方法はアルカート
に任せるしかないだろ」
 そう言って空を見上げると、そこには月が出ていた。
「綺麗だ……」
 月に照らしだされ、バドの姿がやんわりと光りを帯びる。
 カヲルの呟きは、満月に向けられたものと思い、バドは何も言わず
に空を見上げていた。
「月と太陽に祝福されし者、か。そして闇にも愛される者……そんな
昔話があったな」
「何か言いました? カヲル」
「いや、何も――それより、この肩の手はなんだ?]
 バドは慌てて手を離した。
「だ、ダメですか?」
 ビクビクしながらたずねるバドに、カヲルはため息をついた。そし
て先だって路地を出る。
 路地を出たところで、パトカーが止まった。中からアルが顔を見せる。
「カヲルさーん、探しましたよ。取りあえずガス爆発と言うことで、
この辺一体は済ませておきました。後で報酬はお支払いしますが、今
回壊しすぎですよ……」
「苦情は受けつけていない」
 カヲルは一言でアルの言葉を流すと、大股に歩き出した。
 その後ろ姿を見守りつつ、アルはため息をついた。
「勘弁してくださいよー」
 バドはアルの肩を軽く叩いていった。
「いつものことで、すみません」
「うう、いいですよ、いいですとも。バドさんさえ謝ってくれればそ
れでもういいですよ」
 くすんくすんと鼻を鳴らすアル。
「男二人で肩抱きあって何してやがる。気持ち悪い」
 ショックで固まるバドの肩を、今度はアルが軽く叩いた。



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