4.聖人_5

 バドはリグロード公を睨みつけた。反してリグロード公は無表情
で手を前へと構えた。
 リグロード公の手が、うごめいた。異形に変化を始める。ボコボ
コと音を立てて、手が肉の刃となった。それと共に、何か肉の腐っ
たような匂いが漂う。
 リグロード公はその肉の刃でバドに切りかかった。バドはクロス
ソードで防ごうとしたが――
 グチュッ……
 クロスソードがバドの手と共に肉の固まりに包まれた。バドはそ
れを切り払おうとするが、それよりも早く肉がうごめいてクロスソ
ードを奪い去った。
 バドは歯を噛み絞めた。手に目線を移すと、焼けただれていた。
皮膚組織が音を立てて崩れてゆく。
「ちっ、酸みたいな物か。痛いなーって言うよりも、武器……」
 バドは困ったように辺りを見渡した。
「なくても平気だ。あいつならおまえの中にある。貧血気味にはな
るけどな」
 アキラは小さくそう言った。
「血の中、ですか?」
 バドは少し考えを巡らせた後、手首に牙を当てた。
「取りあえず流血っと」
 バドは手首から血を滴らせる。血は床に届く前に揺らめき、バド
の手の中にクロスソードと言う形で戻った。
「へー。これなら何度奪われても、遠くにあってもすぐ取り戻せる」
 バドは関心したように言った。
「それにしても、公爵様の体は、なぜあんなに……」
「それはだな、さっきも言った通り、奴はヴァンパイアの理を犯し
て長く生き過ぎたからだ。きっと、禁忌となる魔術を施し続けたん
だろう。ちなみに、おまえも永く生きなくてはならない。ヴァンパ
イアとしてではないが」
「へ? アキラさん、言っていることが良くわからな……」
「ほれ、よそ見しない」
 アキラに言われ、バドは公爵の方を向いた。
「きゃーーーっ」
 向かってきた公爵に、バドは女顔負けの甲高い悲鳴をあげた。そ
れを聞いて、ハイネは頭を抱えてため息をついた。
「きゃ〜じゃないわよ。恥ずかしい子ね」
「そんなこと言ったって姉さん! あれ気持ち悪い」
 バドは指をさして文句を言う。アキラは面白そうに言った。
「どーでもいいけどねぇ、バドくん。早くしないとお姫様、辛そう
だよ? 何せ、人はあの格好が一番辛い。手が自分の重みに耐えき
れないし、その分縄が食い込む」
 バドがカヲルに目をやると、熱くもない部屋で額に汗をにじませ
ていた。バドは顔を青くし、次いで真剣なまなざしに変えた。カヲ
ルの前には、常に公爵が立ち塞がるようにしている。バドは、クロ
スソードを横に構えると、そのままないだ。公爵の肉片が、切っ先
に合わせて飛び散った。
「クッ」
 公爵は小さくうめくと、手であった部分を床に打ちつけた。それ
は鞭のようにしなり、床をめくりあげた。実際には、打ちつけた衝
撃で床がめくれ上がったのだ。床の破片が、バドに向かって降り注
ぐ。
 バドはクロスソードを盾にしてそれを防ぎ、天井に張りついた。
次の瞬間には、公爵を正面に捕らえ、天井を蹴って突っ込んだ。
 バドは公爵を、窓の外へとふっ飛ばしていた。
「なぜ貴様ごときに!」
 落下に身を巻かせながら、公爵がそう怒鳴った。バドは後を追お
うとして、立ち止まった。
「カヲル!」
 バドは縄を切り、カヲルを抱き抱えた。それを見ていたアキラが、
口元を少し歪めて言った。
「あーあ、伯爵殿は俺の娘のことを呼び捨てですか」
「やぁねぇ、アキラ様ったら子離れができていないんですの?」
 何かどうでもいいような会話を耳にしながら、バドは泣きたくなっ
た。もしかすると、どこかで選択を誤ったのかも知れない、と思いつ
つ。
「妙なちゃち入れないでください! カヲルさん、大丈夫?」
 カヲルは苦しそうにつぶっていた目を開けて答えた。
「平気だが――血が、欲しい」
 カヲルは血がにじむ手首をさすりながら言った。
「えと……僕のでよろしかったら、どうぞ」
 バドはおずおずと手を差し出す。
「飲めるかバカ! 俺はまだヴァンパイアじゃない! と思う……だ
けどおまえの首筋に妙にそそられる」
 カヲルはバドを押し倒す。
「あ、あー」
「バカかおまえは! 冗談に決まってるだろうが! さっさと追え、
ばか者!」
 カヲルはバドの首根っこをつかんで窓際まで引きずっていく。
「さっさとどうにかしろ」
 カヲルはそう言って。
「んくっ」
 バドは何か言おうとして、口を塞がれた。カヲルは、バドを突き
落とした。
「あーやっぱりされると思ったー」
 バドはそう言いながら落下して行った。
 カヲルは窓辺から身を乗りだし、言った。
「バカ親父と名乗る奴から詳細を聞きだしてから後追おう。おまえ
の気配なら、いつでも感じ取れるから、すぐに追いつける」
 カヲルは、向きを変えると、アキラを睨みつけた。アキラは窓の
外を見ながら言った。
「あー顔を赤くしながら男を突き落とすとは。我が子ながら――こ
わっ」
 カヲルは目を細め、怒りを含んだ低い声で言った。
「そこのところ、説明してもらおう。俺が納得行くまで」
 カヲルはアキラの首を絞める。
「い、いやぁね、カヲルは……俺と誰の子だったかな?」
「死ね」
 カヲルはそう言って、本気で手に力を入れた。
「ギブギブっ! しょうがないじゃんか! 俺だって好きで聖人や
ってたわけじゃないし、そりゃ何年も生きてたら段々分からなくな
っていくもんなんだってば! そもそも聖人だって元はヴァンパイ
アだ。それに後継ぎを作らないと俺も引退できないし……それに女
しか産まれないから、それなりに切羽詰まってだね」
 アキラはそう言って、真面目な顔をした。
「でも、気づいた。ヴァンパイアは血を入れかえることができる。
ならば同じヴァンパイアで同じ意思を持つ者に引き継がせようとね。
それがバドくんだよ。彼はとても優しい。人間であるおまえを好き
になってくれたし、大事にもしてくれている。人間でも、あそこま
でイイ男はいないと思うぞ。おまえは……人間でありたいと思うの
ならば、命が続く限りあいつの側にいてやれ」
 アキラはそう言って、優しい笑みを浮かべてカヲルを抱きしめた。
カヲルはしばらく父の温もりに抱かれていたが、ふと手をアキラの
胸倉に持っていった。
「他に、子供作ってないだろうな!」
「え?」
 アキラの目線が泳いだ。
「そ、それはないと……思う。許可さえ降りればこれから作ろうと
は思ってるけど」
「誰と」
 カヲルが問い詰めると、アキラはへらへらと笑うと後退し、窓か
ら逃げだした。
「ハイネ!」
 後を追おうとするハイネの服をつかんで、カヲルが止めた。
「アキラのこと、頼むな。それと、済まないが俺を下まで頼む。俺
の足じゃどうしても追いつけない」
 ハイネはにこやかに微笑むと、カヲルをお姫様のように抱き上げ
た。
「わかりましたわ……あら、柔らかい。バドもさぞ抱き心地がよろ
しかったことでしょう」
 カヲルの顔が、一気に真っ赤になった。
「は、ハイネ……俺って、女でもおかしくないのか?」
「ええ。美味しそうな唇してますわよ」
「そうか……ハイネ、おまえも近くで見ると、凄く綺麗だな。流石
ヴァンパイアだけある」
 ハイネは照れたように笑うと、窓から飛び降りた。
「お誉めいただき、嬉しいですわ。そう言えば、下にだけじゃなく
て、一緒に追いませんこと? あの二人、足が早いようで」
 ハイネの言葉に、しばらく考え込んでいたカヲルだが、うなずい
た。
 しばらく後を追うようにビルの屋上を飛んでいたハイネだったが、
ふと足を止めた。
「どうやら、私にはあの二人に追いつくのは無理なようですわ。ア
キラ様も公爵家の者であるのならば、そう言ってくださればよかっ
たのに」
 少し悲しそうに言うハイネ。
「どうでもいいがハイネ、降ろしてくれないか。誰も見ていないと
はいえ、恥ずかしい」
 ハイネは小さく笑うと、カヲルを地面に降ろした。カヲルは屋上
で、遠くを見つめながらウロウロとしていた。遠くで時折土煙が上
がっている。公爵の肉の刃と、クロスソードとが混じり、辺りに被
害を及ぼしているのだろう。それを見て、カヲルは落ちつかない様
子でため息をつく。ハイネはそれを見ていて、カヲルの肩に手を置
いた。
「カヲル様、いい事をして差し上げましょうか。あ、別に変なこと
ではございませんのよ。私とバドは、異母とは言え、父が同じ。そ
の血を辿って居所を調べることができますの。そう遠い所ではない
ですから、意識を飛ばして差し上げますわ」
 ハイネはそう言ってニコリと笑う。カヲルはうなずいた。
「頼む」
 一言だけ言った。ハイネはカヲルの額に自分の額をつけて目をつ
ぶった。
「嬉しいですわ。あのバカな弟のことを、気にかけてくださって」
 カヲルは目を見開き、目の前のハイネの美しい顔に頬を染める。
そして、軽く目をつぶった。


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