4.聖人_4

     *     *
――来た、カ? 私のタメニ。私のチカラのタメニ。
 部屋の中に、影が浮かんでいた。そのほかにもう一つ影が。それ
は両手を縛りあげられ、十字架に吊るし上げられたカヲル。それを
見上げるように影はワイングラスを握っていた。血とも、ワインと
も思われる液体がグラスを満たしている。
――起キロ
 カヲルは頭に突き刺さるような声にうめき、目を軽く開けた。
「くっ……」
 腕の痺れを感じ、手首が引き連れたように居たかった。カヲルの
目の前には、椅子があり、背もたれが見える。かろうじて分かるの
は、ワイングラスをもっている手だけだ。
 頭を突き抜けていた声が、今度は肉声でカヲルの耳に入ってきた。
「お前はアイツの何だ?」
 誰のことを行っているのか分からない質問に、カヲルは怒りを込
めて聞き返した。
「あいつって、誰のことだ」
「あいつはアイツだ。この私をずっと封じ込めようとして来た物だ」
「何を言っているかさっぱり分からない。俺を離せ! 俺を難だと
思っている!!」
 カヲルは擦り切れる手首を気にもせずもがき、暴れる。声の主は
そんなカヲルに目もくれず問いかける。
「裏切り者どもを引き連れ、私を滅ぼすために来たのだろう?」
「おまえかっ! この街の連中を食い荒らしているのは!」
 カヲルは怒鳴りながらなんとか縄を解こうと暴れる。声の主はグ
ラスの中身を飲み干すと、そのグラスを握り潰した。手から、体液
が流れ落ちる。
「飲むか? ヴァンパイアに血を与え、自らもヴァンパイアである
おまえ――そろそろ渇きを感じる頃だろう?」
「普通の人間だって喉くらい乾くわっ! 確かに俺はバドに血を与
えているが、俺はヴァンパイアじゃない!」
 カヲルは思わず身を乗りだして手首を絞める結果になり、顔を歪
めた。
「そもそもっ! 俺はヴァンパイアの存在を抹殺しようとなんて思
っていない。人を殺めようとしたときだけ守るために……俺の兄と
て同じだ!」
「良く言う。一つ誤解を解いてあげよう。この街は私の物。ここの
やつらは全て私の糧。そのためにこの街を造った。ここは私の畑だ。
貴様らに荒らされてたまるものか」
「貴様! そのためにこの街を作ったとでも言うのか!」
 カヲルは『街を造った』との言葉に怪訝そうな顔をした。
「答える義務はない。おまえも私の糧となるのだ。そろそろ血をも
つ者がやってくる」
 椅子に座った声の主はゆっくりと向きを変えた。
 カヲルは唖然とした。
 身長はカヲルの半分ほどしかなく、その顔はあどけない。しかし、
その瞳は冷たく金色の光りを放っていた。
 カヲルは小さく息を飲み、緊張感を走らせた。
「子供、だと。そんな、まさか……弱いと言っておきながら、バド
の奴」
「ヴァンパイアの子供がそんなに珍しいか」
 子供はそう言ってカヲルの元へと音もなく飛んできた。そして、
カヲルの首筋に爪を立てた。プツリと音がして、小さな血の球がで
きる。そこから血が溢れて、首筋を伝った。
「処女でもないのにこの甘い香り。一人の男しか知らぬようだな。
いい獲物だ。ふっ、印一つ付けられておらぬとは――間抜けなヴァ
ンパイアがいたものだ」
 カヲルにとって爆弾発言とも思える言葉を聞いて顔を真っ赤にし
た。
「ばっ、バカっ! やめろ変態! 触るな!」
「いいことをしてやる」
 子供はそう言ってカヲルの胸元に手を滑らせた。
「やめろ! 気持ち悪い!」
 ギリリと歯を食いしばり、カヲルは叫んだ。
 バタン、と大きな音を立てて、扉が開け放たれた。
「カヲルさんっ!」
「バド……」
 子供は舌打ちをした。
「またおまえか。よく消滅せずに――しかし、その血の匂いは!」
 バドは小さな子供に、困ったように頬を掻いた。
「えと……取りあえずカヲルさんを返してください――って、子
供ぉ!?」
 いささか反応が鈍かった。
「ふっ、子供はおまえの方だ。伯爵ごときがこの私に勝てると思っ
ているのか? リグロードに盾をつくとは」
 それを聞いた、バドの表情が固まった。
「げっ、公爵様!? 勝てる勝てないの問題じゃなくて――地位の
問題上、上の人には逆らえないんだよね……」
 バドは泣きそうな目をカヲルに向けた。カヲルの額に、青筋が一
つ浮かぶ。
「貴様……なにをバカなことを言っている! おまえなんかに地位
も名誉もあると思ってるのか! この腐れどあほぅ! 早くなんと
かしろっ」
 カヲルの怒鳴り散らす声に数歩身を引くバド。
「ごっ、ごめんなさい! 地位によって力量も違ってくるし、他の
お家とのいざこざも……」
「ほーおまえはコイツよりも弱いのか」
「あぁっ、その見下した目が辛い」
 バドは半分泣いていた。今縄を解いたらカヲルにタコ殴りにされ
ると思うと、泣かずにはいられぬようだ。
「っと、そんなことを言っている場合ではないですね。ま、公爵様
が落ちぶれた伯爵家の言うことなんて聞いてくれないでしょうし。
仕方ないので力技で」
 バドはクロスソードを構えた。かなりムスッとしているリグロー
ド公がいた。それを見てバドは腰が引けた。
「あ、やっぱり怒ってらっしゃる。いいよね、カヲル」
 バドはそう言ってカヲルの顔色をうかがう。
「許す! しかしなんなんだ、その真っ黒いクロスソードは!」
 カヲルがそう言った途端、窓ガラスが割れた。そこからアキラと
ハイネが姿を現した。
「それについては俺が後で教えてやる」
 アキラはそう言って、タバコを吐き出した。
「取りあえず、公爵さんをなんとかしてくれ。カヲルからお許しが
出たんだろ? それに――公爵さんもずいぶん長く生きただろ。も
う身を引けよ」
「充分だと? まだ足りぬ! 私の為に世界が有るのだ!」
 そう言うリグロード公に、アキラはため息をついた。
「そこまで腐られると後がないねぇ、リグロード公」
「ルフィ、と今は名乗っておるのか。知っておるぞ。私と同じ地位
に有りながら何故私を追い詰める!」
「追い詰めてないさ。ただおまえがこの世の理を見だすからだ。お
まえは連鎖の頂点としてしてはならない事ばかりしている。考えを
改めることがないのなら、死をもって償ってもらおう――それと、
俺の子を返してもらおう」
「「「子ぉ!?」」」
 アキラの言葉に、バド、ハイネそしてカヲルが同時に叫んだ。カ
ヲルはジタバタと暴れまくり、怒鳴る。
「誰がテメェの子だっ!」
「あ、やば。今の聞いてた?」
「あんだけ大声で言えば聞こえるわっ!」
 アキラは「はははは……」と乾いた笑いを発すると、言った。
「ま、それについては後でお父さんと話そうか」
「いまさら父親面してんじゃねぇ!!」
 発狂寸前でカヲルが怒鳴り散らした。
「どうでもいいけど、その手首、痛くねぇの?」
 アキラの言葉に、カヲルは黙りこんでしまった。
「さっさと助けてやれよ、バド。お姫様が待ってるぞ」
「は、はぁ……」
 バドは少し理解できないような表情でクロスソードを構えなおす。
リグロード公もかなり頭に来ている様子で体を浮き上がらせた。
 ハイネがリグロード公を見ながら独り言を言った。
「公爵……だからあんなに威圧感が。そんなのにバドが勝てるんで
すの?」
「さぁねぇ。でも勝ってもらわないと困っちゃうんだよねぇ。俺が
安心して引退できない」
 アキラはそう言ってハイネの肩を抱く。ハイネはふと思いだした
ように言った。
「そう言えば、アキラ様は一体今おいくつ? カヲルのお父様なの
でしょう?」
「あっはっはー。バドくんがやる気になってるなぁ」
 アキラは適当に話しを反らした。



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