4.聖人_2

「なんてこったい。生きてるか、バド」
 アキラは、太陽が差し込みかけている部屋で、床を見下ろしてそ
う呟いた。
 床には、腹部をクロスソードで刺し貫かれ、血溜まりに倒れてい
るバドがいる。
「目ぇ覚ませって」
 アキラはそう言って、靴でバドの肩を踏みつけた。
「ちょっ、アキラ様! いくらなんでも酷すぎません? バドが殺
しても死なない混合血液バカであっても――今治すからね、バド」
 ハイネはそう言ってバドに手を伸ばす。しかし、アキラがその手
を静止した。ハイネは驚いたようにアキラを見つめる。
「アキラ様? このままではバドが消滅……」
「俺がやる。調度いい機会だからな。少し我慢しろ、剣を抜いてや
るから」
 アキラはそう言ってクロスソードに手をかける。
 が江戸は大きく目を見開き、うめいた。
「あぐぅっ! アキラ、さん? カヲルさんがっ」
「黙ってろ、今抜ける」
「がはっ」
 バドは、クロスソードが抜けると同時に血を吐き出した。
 抜けたクロスソードの刃は、真っ黒に染まっていた。アキラはそ
れを見てため息をついた。
「あーあ、血がもったいねぇの。それに神聖なるクロスソードがま
っくろ。感謝しろよ、コイツとカヲルがまだ無事だから消滅せずに
済んだんだ」
 本来ヴァンパイアを滅ぼす為のクロスソードが消滅を防いだとは
いささか考えにくいが……
「どう言う、事ですか」
 無理やり身を起そうとするバドを静止し、アキラは言った。
「しゃべんなって。おまえ、今よりもっと強くなりたいよなぁ?」
 アキラはニヤリと笑い、バドは痛みに目を潤ませながら何度もう
なずいた。それを確認するようにアキラはうなずくと、バドの脇腹
の血が溢れ出る場所に手を当てた。
「おまえの血は俺がもらうよ。その代わり俺の血がおまえの中に流
れ込む。聖人の血だ。少々苦しいかもしれないが、耐えろ。生き続
けたければな」
 血が流れ出るのが止まり、周囲に立ちこめていた血の臭気が無く
なったように感じられる。
 アキラはしばらく目を閉じていたが、何か呟くと自分の左手首を
食いちぎった。
 ハイネが思わず悲鳴をあげる。
「アキラ様っ!?」
「慌てるな。これでも俺は『聖人』様だよ」
 アキラは血の滴る手首を、バドの唇の上に持って行った。アキラ
の血がバドの唇を濡らす。その血を舌で舐めとった瞬間、バドはま
るで毒でも飲んだかのようにのたうち回った。
 微量に含んでしまった血を吐きだそうと何度も咳込む。苦く、ノ
ドを通っていかない。それどころか逆流し、胃の中あるものでさえ
吐き出しそうだった。
「吐きだすな。ちゃんと飲み干せよ」
 アキラはそう言って、バドの唇に無理やり手首を押しつけた。そ
れを見ていて、ハイネがポツリとたずねた。
「どうして手首なのです?」
 アキラはハイネを見て、空いている手をヒラヒラと振って答えた。
「だって、男なんかに首筋に牙たてられたくないもん」
 ハイネはそれに妙に納得した。
「それは確かに。バド、さっさと飲み終えて離れなさいな。私のア
キラ様よ!」
 バドはそれを聞くと、身震いをして起き上がった。
「ご、ごめんなさい」
 そうしてハイネに深く頭を下げる。
「なんで謝るのよ。っとぉ。あんた全然飲んでないじゃない! ア
キラ様、もう少しあのバカに血をあげてくださいませんこと?」
 アキラが答えるよりも前に、バドは何度も首を横に振った。
「いっ、いい……」
 バドはそう言いながら後退し、まだ体に力が戻らないのか、ヘタ
リと尻もちをついた。
「それ見なさい。姉の言う事は素直に聞くもんです」
 ハイネはバドを叱り飛ばす。その背後で、アキラが申し訳なさそ
うに言った。
「はーやくしないと、血がもったいないんだけどな〜。俺だって善
意であげられる量が決まってる」
「いただきます……」
 バドは嫌いな物を食べさせられるかのような顔をして、アキラの
手首に舌を這わせた。
 ぴちゃぴちゃと音を立てて流れ落ちる血を舐めとる。
 そんなバドの様子を見ていたアキラが言った。
「くすぐってぇ。おまえ、俺の性欲刺激するなよ。妙に気持ちいい」
「へ? えぇっ!?」
 バドは、奇妙な声をあげて飛び退いた。
「やらしい奴だな。知らないでやってたのか。このムッツリスケベ。
ってか獣人の血も混じってるからか? 獣人に多いもんな、えっちぃ
奴。ま、とりあえず儀式終了てな。せっかく血流してるんだ、ハイ
ネも飲むか?」
 アキラは真っ赤になって唸るバドを無視して、ハイネの前に腕を
持って行った。
「いただきますわ!」
 ハイネは嬉しそうに言ってアキラの手首に唇を当てた。
「姉さん、どうしてそんな苦い血を……」
「苦い? 美味しいじゃない。甘くっていくらでも喉を通っていく
わよ?」
 姉と弟とで、血の味が違うようだ。アキラはハイネの髪を撫でつ
けながら言った。
「確かに俺の血はまずいよ。何せ、吸血鬼が嫌いな聖人だからなぁ」
 ハイネはそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
「私、味音痴なのかしら?」
「違うよ。ハイネにあげている血は特別だから」
 アキラはそう答えて、笑顔を作った。その頬はいささか赤らんで
いる。と、アキラは腕をハイネに預けたまま、床に座りこんだ。
「ハイネ、飲みすぎだよ……」
「ああっ……申し訳無いですわ。その、美味しいさに負けてしまい
ましたわ」
 ハイネはそう言って、すぐにアキラの手を離した。アキラは頭を
抱えながらバドに言った。
「俺、貧血だから。後から追いつくつもりだが――とりあえずカヲ
ルを先に追っていてくれ」
 アキラはそう言ってハイネに倒れこんだ。バドは辺りをきょろき
ょろと見まわして自分のカバンを漁ると、小ビンをもってきた。
「えっと、月並みなことしか言えませんが、鉄分を多くとってくだ
さい。これ、簡易栄養剤ですから」
 そう言ってビンを渡す。それからバドは窓際に立った。割れたガ
ラスが踏まれて、パリパリと音を立てる。
 バドの背中に、アキラが言った。
「忘れもんだ」 
 そして投げつけたのはクロスソード。
「あ、カヲルさんの……」
「いや、正確にはもうおまえのだ。その剣はおまえの血を吸った。
おまえの一部であり、おまえはすでにその剣の一部だ――分かった
ら、いや分からなくても行って来い!」
 アキラはそう言って、邪魔だと言わんばかりに手でバドを追い払
う。ハイネはしばらくバドを見つめていたが、手を打ち、バドに近
づいた。
「バド、忘れ物」
「まだ、何かあったっけ?」
 そう聞き返したバドの肩に、何かが広がった。それは黒いマント。
「プレゼントよ。前々から渡そうとは思っていたんだけどね」
 ハイネはバドの姿を見て満足そうに微笑んだ。そして、頭を撫で
る。
「姉さん……やっぱり僕のこと、バカにしてる?」
「まあね。アキラ様を発情させておいて! なんてね。冗談よ。貴
方は童顔なんだから、少しは格好で大人に見せないと。他の連中に
舐められっぱなしよ」
「姉さんだって」
 ハイネはバドの減らず口を引っ張って、言った。
「この顔は若いって言うのよ。はい、いってらっしゃい」
 ハイネはそう言うと、バドを蹴り落とした。
「酷いねぇ」
 アキラは窓から落下してゆくバドの姿を身ながら言った。飛行能
力がある吸血鬼にとっては特に問題はない筈だが。
「平気ですわよ」
 ハイネは仁王立ちで自信ありげに言った。
「獅子落しですか。俺ももう少しちゃんと育てるんだったなぁ」
 アキラはそう言ってため息をついた。
「誰をです? まさか、妹のカヲル様を?」
 アキラとハイネは互いに見つめあった。なぜかハイネは顔を赤ら
めて目線を反らした。
「いま、何かいかがわしい事想像しなかった? 言っとくけど、カ
ヲルは妹じゃない。腹違いでもないけど」
 ハイネはいまいち納得が行かない様子だった。
「まったく血が繋がっていないんですの?」
 迫るハイネに、アキラは微笑んで答えた。
「ヒミツ。さてと、二代目の活躍を見に行きますか」
 アキラはまっすぐ立って伸びをした。
「貧血はもうよろしいの?」
「あ、あれ? そんなのウソに決まってるじゃん」
 アキラはそう言って笑った。
「なんでウソなんか……それに二代目って?」
「あはははは、行こ」
 アキラはハイネの手を引っ張って部屋を出た。



next
top
novelmenutop
HPtop

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース