3.一千年の悪夢_11


カヲルは自分の胸の上にある、重たいもので目を覚ました。
 重たいものは男の腕。その主を探って細く眠たげな目を横に向け
ると、気持ちよさそうに眠っているバドの顔があった。
「バド、腕邪魔だ、どかせろ……」
「ん……? あ、ごめんなさ……」
 あくび交じりで言ったバドの口が、止まった。
「とりあえず、俺と貴様がなぜ裸なのかを教えてもらおうか」
 そんな質問をされても、バドの口からは言葉が返せない。カヲル
はシーツを体のまわりに巻き、手を伸ばしてワイシャツをとる。背
をむけ、ワイシャツを身にまとうカヲルの横で、バドは眉間にシワ
を寄せ、泣きそうな顔をする。
「冗談だ、バド。いくら酔っていたとはいえ、自分が仕掛けたこと
ぐらい覚えている」
 冷や汗をたらしかけていたバドが、カヲルの背を恨めしそうな表
情で見る。
「仕掛けたって……いつからワナ張っちゃうような女のヒトに…
…」
「どうでもいいがな、バド」
「なんでしょう」
「なんでそんなに手馴れてるんだ」
 バドは「うっ」と言葉を詰まらせた。しばしバドは背を向けたま
まのカヲルに何か言おうとし、その言葉が見つからないのかジタバ
タと暴れる。
「まぁ、四百年も生きてきて、何もなかったと言う方がおかしいん
だが」
 カヲルは冷たく言い放ち、しっかりと服を着た姿でバドの前に立
つ。そうして、全裸なバドをしばし見つめた。
「四百年、なぁ……今が一番いい時期なのか?」
「え、ええ、まぁ、一般的にはそうなのかも知れませんね。もうち
ょっと顔つきとかもしまってる方も多いんですが……」
 バドは情けなさそうに自分の顔をなでると、あぐらをかいてベッ
ドの上に座った。
「顔はどうだか知らないが、体は普通と変わらんからいいんじゃな
いのか。さっさと服を着ろ」
 バドに服を投げ渡すカヲル。バドはカヲルを疑わしそうに見つめ
る。
「カヲルさん、それって僕とダレを比較してるんです?」
「誰、って……そりゃアキラぐらいしかいねぇだろう」
 カヲルはぶっきらぼうに答えて、真っ赤になった。
「いつ、の話です、それって……」
「覚えてない、そんなこと。早く着ろってば……それにしても、ア
キラのヤツ、どこにいるんだ」
 カヲルは大きなアクビをしながら、窓へと近寄った。ステイショ
ンビルの周りには、人影ひとつ見られない。きれいに並んだ街頭が
ぼんやりと光っている。ほかのビルにほとんど明かりが見られない
のを見て、カヲルは今日が休日であったということを思い出した。
「行くか……」
「え?」
「見回りだよ、見回り」
 カヲルは上にジャケットを羽織ると、クロスソードをベッドの下
から引きずり出して部屋を飛び出していった。
「ちょっ、カヲルさん!」
 バドは大慌てで服を着込むと、カヲルのあとを追った。
 ホテルから出て、すぐ目につくのがA地区とB地区の間を通る道。
そこをカヲルとバドは歩いていた。休日の夜とあって、ほとんど人
はいない。ショッピング街を通り抜けると、徐々にいかがわしい雰
囲気の通りへと変貌する。酔っ払いが暗い路地に入ってゆき、壁に
手を当てて嘔吐物を地面に落としている。また、他方に目をやると、
この時間帯になっても客の取れなかった身売りたちが道路脇に立っ
ている。その数名の派手な格好をした女性二、三人にバドが持って
いかれている。カヲルは、しばらくあせったように断り続けるバド
の行方を面白そうに見ていたが、そのうち飽きたのか「まぁ、たま
には遊んで来い」と一言言い残すとサクサクと歩き始めた。
「ちょっと、カヲルさ〜ん、助けてくれたっていいじゃないですか! 
これは俺のもんだからって……」
「自分で言ってて恥ずかしいだろう」
「ですね」
 頬を染めるバドを見て、カヲルはフッと笑いをこぼすと、再び歩
き始めた。
 そうして歩き始めて数分後、カヲルは何かを思い出したかのよう
に足を止めた。バドの方を振り返りもせずにカヲルが言った。
「なぁ、バド。このジェグシティはどうしてこんなに丸くきれいに
整備されているんだ?」
「そりゃ、モデル都市とまでされたからじゃないですか?」
「だったら、四角く区切ればいいんじゃないか? 何もわざわざ整
理しにくい円形にしなくても……扇状ならわかるが」
 カヲルは、街の地図を見ながらそう言った。バドもカヲルの持っ
ている地図をのぞきこむ。
「扇状……それは今まで作られた都市がそうだっただけじゃないん
ですか?」
「いや、この都市が栄えていること自体がおかしい。近くに港もな
ければ、アミューズメントパークが作られるような場所も計画もな
い。モデル都市とするのならば、まずそう言った人が集まるような
ものが最初に建つはずなんだが……」
「そういえばそうですねぇ。この地域まで鉄道引っ張ってくるのも、
大変だったでしょうし……」
 バドは遠くに見えるスティションビル群を見上げた。そうして、
ふと気づいた。
「そういえば、ジェグシティの周りはすべて森。唯一の路線も、行
き来は激しいものの、脱出口はその一つ。隣の市の駅までは一時間
も……」
「なぜハイウェイがないんだ?」
 カヲルにそう質問され、バドはキョロキョロとあたりを見回した。
近くにあったしょぼい旅行案内店を見つけ、“ご自由におとりくださ
い”と書かれたラックから、ジェグシティの案内図をとる。
「案内には、『森林保護のため、外部からの進入は排気の少ない電車
のみとなっており、ジェグシティ内部の移動手段はバスないし自転
車が推薦されています』とか書いてありますが」
「ふむ……何か、感じないか、バド」
「このジェグシティを取り囲む森のことですか?」
「それもあるんだが……ジェグシティ自体がおかしい。ところで、
この間報告にあった事件はD地区だったよな」
 カヲルは空を見上げて言った。
「その前はどこだった」
「えと、確かB地区のベッドタウンがあるあたり。その前がE地区
の……」
「Eの前は。記憶テストだ、覚えていることを吐け」
「なんで尋問形式なんですか。ちゃんと覚えてますよ。新聞も読み
直しましたし、アルのくれた資料も地道に頭に叩き込んでおきまし
たからね……まずCをはじめとしてE、B、そしてこの間のD地区
で事件が起こってます、肉片の事件だけを言うとね」
 カヲルは、一瞬目を細めた後、バドの頭をなでた。
「えらいな。よくその古ぼけた脳みそに記憶することができたな。
で、その事件現場をつないでいくとどうなる」
 バドは丸い地図の上に、A〜Dまでアルファベッドを書き込んだ。
「最後にAで殺されれば、五芳星、ですね。もしや、魔方陣……」
「誰がジェグシティの創立者かわからないが……もしも魔方陣を描
くための場所だとしたらどうする」
「黒魔術師がいると? 今回はヴァンパイアがらみではないと?」
「ヴァンパイアが相手でないなら、アキラはあそこまでムキになら
ないだろ」
 カヲルの言葉に、バドは小首をかしげた。
「ムキになってたんですか、どこが?」
「まじめな顔つきをしているときが、一番ムキになってるんだよ。
顔を真っ赤にして怒るとかできない家系でね。血の気が薄いという
か。人と違った表情の作り方はするな、と人に言っておきながら自
分は笑顔のポーカーフェイスで済まそうなんて、ずるいと思わない
か?」
 カヲルは突然そう言い始め、バドをにらんだ。
「そう言われましても……でも、アキラさんがなに考えているかカ
ヲルさんにはわかっているんだから、それでいいんじゃないでしょ
うか。何か、アキラさんのためになるかと思って動いてることも、
伝わると思いますよ……」
 バドはカヲルの頭にそっと触れた。うつむき加減だったカヲルが
少し顔をあげる。
「わかるのかな、やっぱ。あれでも結構俺よりは生きてるから……」
「……もしかするとアキラさんたちに会えるかも知れませんから、
散歩がてらにふらつきますか?」
 バドはカヲルの腕を取り、歩き始める。
「んーあー……バド、手……」
「それぐらい慣れてください。そういえば、もう女装はしないんで
すか? 僕を捕まえた時しか見たことない」
 カヲルはバドを鋭くにらみつけた。
「それは貴様が女好きのヴァンパイアと知ったからだ」
「ええ?」
 バドの目が大きくなった。カヲルはしばらく暗い星も見えぬ空を
見上げていたが、視線を普通に戻すと言った。
「お前、過去の記録見たら、若い女ばっかり食ってたから」
「……否定はしません。子供に手を出すのは嫌でしたし、男性なん
てもってのほか。かといって人妻に手を出すのもどうかと」
「そりゃそうだな……で、お前の最初の血の提供者は?」
「きれいなブロンドの女の子で、かわいい顔の割りに積極的で」
 バドは昔を思い出すかのように空を見上げていたが、突然のその
顔を凍りつかせた。ゆっくりとカヲルに目線を落としつつ叫んだ。
「あぁっ!」
 カヲルのごく細い冷たい目線がバドに向けられていた。
「どうせ俺はかわいくないよ」
 カヲルはそう言うやいなや、バドに背を向けてさっさと歩き始め
た。
「違うんです! 彼女は僕の父親から与えられた人間で!」
「ほうほう、それでは親も認める仲と言うやつじゃないのか? 親
とてお前の好みを知らなかったわけじゃないだろう。今とずいぶん
好みが違うんじゃないのか?」
 ぶっきらぼうに、半ばやけくそ気味でカヲルは足を踏み鳴らして
通りを歩く。
「違いますってば! そんな親なんて見かけがいいのを与えときゃ
いいって思ってたに違いないんですから! それに彼女はただの人
形ですよ〜」
「小さいころから大人の遊びか、うらやましいやら、贅沢なやつめ」
「だから〜! 大昔の話ですよぅ、今の僕を信じてくださいよぅ」
 小走りでカヲルのあとを追いかけるバド。カヲルは、肩に触れら
れたバドの手を振り払った。
「何を信じろっていうんだ。そのいやらしい手で触るな!」
「いやらしいってトコは否定しませ〜ん」
「否定しろっ!」
 バドはカヲルの背後から覆い被さった。
「やめろ、離さんか!」
 バドはカヲルをしっかりと抱きしめて言う。
「やめませ〜ん、離しませ〜ん」
「貴様! 今すぐ離さないと……」
「や〜ですぅ〜。どうであとで痛い目会うんだから、最後まで離し
ません」
 カヲルは前にくの字になってバドを引きずるようにして歩く。案
外重たいバドに、歩くのは苦難の技である。つぶれそうになりなが
ら三歩歩いたところで、カヲルは溜め息混じりに言った。
「許してやるから離せ」
「ヤですよ〜」
 バドは一層強くカヲルを抱きしめた。
「俺を殺すつもりか!」
 暴れるカヲルを押さえ込み、耳元で小さく呟いた。
「アキラさんに大事なことだけ伝えたら、早く帰りましょう」
「どうした、バド」
「早く、帰りたい……僕がご飯作って、カヲルさんがデスクに座っ
てて」
 カヲルはおとなしくなり、背後から回されたバドの腕を抱きしめ
た。
「そうだな、他人に任せたほうがいいこともあるかも知れない。情
報料として、アキラからは報酬分けてもらうとして。その間にかか
った時間は寝てすごす!」
 カヲルはぎゅっとこぶしを握ると、バドの方に振り返った。
 そのカヲルとバドの前を、小さな影が通り過ぎ、ついで大きな影
が通り過ぎようとした。
「っとぉ、カヲルなんでこんなところで……バドと抱き合っている
んだ?」
 大きい影の方は、通り過ぎる前にこんなことを言って止まった。
声から察するにアキラ。カヲルが怪訝そうに人影を見つめると、光
の下に入ってようやくアキラの姿が確認できた。
「貴様こそ何をしている。その、ハイネを抱えたままで」
「あ、ああ。ハイネがちょっと歩けなくなってたもんだから」
 アキラはにこりと笑った。
「しかし、夜中に街頭で抱き合うなんてずいぶんと進展した仲にな
ったもんだねぇ、バドくん」
 アキラの言葉に、バドはカヲルからすばやく離れた。
「それでアキラ。さっきの影がそうなのか?」
「そうだと踏んでいる」
 アキラはあいまいに答え、完全に見失ったと感じたのか、ハイネ
を地面に降ろした。カヲルは、肉片殺人の起こっている順が五芳星
を描いていることを伝えた。
「儀式、だな」
 カヲルの魔方陣と五芳星説を聞いて、アキラはそう一言漏らした。
「やはりその可能性ありか。誰かが操られているのか……」
「市長とか面通りしておいたほうがいいでしょうかねぇ」
 バドののんきそうな声に、アキラものんきに笑いながら答えを返
した。
「ああ、それもありだねぇ。でも、俺がさっき追っていた影を見て
もわかるとおり、小さいんだよねぇ……」
 しばし、沈黙が流れた。バドが、こそこそと案内状を見ながらい
った。
「長身ですよ、リスティル・ロックさん……」
 再び沈黙があった。
「ロックねぇ……どおりでヤツがまだ三十路を前に署長なんかにな
れたわけがわかったよ」
 カヲルは少し嫌気がさしたような顔をしながら言った。
「まさか、親父のコネで街の連中食ってないだろうな」
「いや、まさかそんな。だって、被害者の中には男性のものと思わ
れる遺留品や血液情報が残ってましたし……底なしの女好きさんが
男性を襲うとも、まだなりたてのヴァンパイアもどきですし。治し
てほしいとかの要求もなかったどころか、何気に喜んでいたと思う
んですが……」
 バドは恐る恐る言った。それまで黙っていたハイネが、口を開い
た。
「警備と偽って、夜中でも堂々と徘徊できますしね。でも、彼から
は血のにおいがしませんでしたわ。それに、使い魔なんかも使いこ
なせそうにないですわ。使いこなせたとしても、人の眠らぬ街です
し、人目につかないことなんて絶対無い。そもそも、親に市長とい
う政治権力を持つ人間がいれば、病院関係者から血の横流しをして
もらっえないこともないですわ……そう言えばバド、あなた病院経
由腕ヴァンパイアに血を提供する経路を作るみたいだけれど、どう
なの?」
「う、え、あ?」
 バド、目が泳ぎ、うろたえた。カヲルは、にこりと笑顔を作って
言った。
「あとで詳しいことを聞かせてもらう、ゆっくりとな。それと今は
アルの所へと行くべきだな。アキラは、見失ってしまったと思うが、
追ってくれ。必ずA地区で動くはずだ。張っててくれ。アルはしば
らく警察署に寝泊りすると言っていた。そこにヤツがいなければ…
…そうでないことを願おう」
 カヲルはアキラの腰を軽くどつくと、来た道を戻り始めた。ジェ
グシティ警察署はステイションビルの一つに入っている。無論のこ
と、二十四時間動いているはずだ。職務怠慢を絵に描いたような職
場でなければ。
 カヲルの心配をよそに、ジェグシティ警察署長と、親のコネでな
りあがったアルはいた。ただ、コネで成り上がったといわれても仕
方のないようなことをしていた。全面ガラス張りの個室に、ブライ
ンドがすべて降りている。カヲルはノックもせずにガラスのドアを
静かにあけた。
 中では、一人で座るには十分広いが……二人で座ると狭いであろ
う革張りの椅子の上に、アルともう一人座っていた。絡みつくよう
にして体と顔を寄せ合っている。
「アル」
 カヲルはそう呼んで明かりをつけた。
「なんです、夜はノックをして……って、カヲルさん」
 アルは乱れた長い金髪の合間から顔を出し、無表情になった。
「今、ちょっとプライベートなんですが」
 アルは金髪の女性の頭をやさしく撫で、髪の乱れを直した。その
首筋からは赤いものが滴り落ちている。
「貴様!!」
 カヲルの顔から血の気が引いてゆき、手がクロス・ソードにかか
ると共に切りかかった。
「やめてくださいな」
 そう止めたのは思いのほか金髪の女性のほうだった。
「私のダンナ様を切らないでね、カヲルちゃん。あなたがカヲルち
ゃんでしょう、アル署長からよく聞いてるわ」
「だん、な? いつ結婚を」
「まだしてないよ。この間まで別の、親の用意した婚約者がいたん
だが、破棄されてね。ヴァンパイアはお好みじゃなかったらしい。
元々気の弱そうなお嬢様で、僕とは合わないと思っていたんだけど、
案の定。悲鳴あげられて後ずさり」
 アルは乾いた笑いをして目に手をやった。そのアルのひざの上に
金髪の美女が座った。
「こちらは僕が親に内緒で決めた新しい婚約者のジェシーさん。ど
うにも気が強くて、男勝りな、というより攻撃的な女性がタイプら
しくてね。浮気性な僕にはもったいないくらいだよ」
「あら、もう浮気? キミの血以外吸ったりしないよ、って言うの
はウソ?」
 ジェシーはアルのアゴを撫で、次いでつねった。
「いたひ。それで、どんな用なんです、カヲルさん」
「おまえが連続肉片殺人事件兼ヴァンパイア騒動の張本人かと思っ
た」
 カヲルの言葉に、アルはタレていた目を大きく見開いた。
「それもアリかも知れませんねぇ。ジェグシティは人間豊富ですし
ねぇ。犯罪もごまんとある。そのうちのいくつかを失敬したり、犯
罪そのものをしでかしたところで、問題ありませんよねぇ」
「大有りだと思いますよ、そればっかりは」
 簡単に言ってのけるアルに、バドはあきれたようにため息をつい
た。
「ともかく、アルさんがここにいてくれてよかった。もしそうでな
ければ、殺すところでしたよ」
 バドはゴキリと指の関節を鳴らすと、アルの首に手をかけた。首
筋に指を当てて、昔つけた噛みあとをなぞった。親指のツメほどの
大きさで、淡いピンクに肉が盛り上がっている。バドはしばらくア
ルの首筋を触っていたが、ふと手を止めた。
「……完全に同化していますね、印。普通、そう普通ならば拒否反
応が出てなかなか同化しないもんなんですが。後天性のヴァンパイ
アがどこまで太陽や諸アレルギーに反応するか知りたいので、後で
採血させてくださいね。お返しに血液ワンパックあげますから」
 バドは懐から革張りの名刺ケースを取り出すと、名刺を一枚取り
出してアルに渡した。アルはそれに目を通し、言った。
「職権乱用してるのはどっちでしょうかね、まったく。まぁ、血液
ワンパックはおいしいですねぇ。次世代に何かいいものが残せると
いいですね」
 アルは名刺をジェシーに渡すと、「キミも調べてもらう?」と問い
たずねた。一瞬不安げな表情を見せるジェシーに、バドから言った。
「たぶん、アルさんはほかの人間をヴァンパイアにする方法、知ら
ないと思いますよ。第一遺伝子情報を結晶化することなんて……」
 アルは小さく口を開き、舌の上にとても小さな赤く光るものをバ
ドに見せた。
「これの事かい? これが遺伝子情報の結晶なのか?」
「どうやって作ったんです、それ……その結晶を相手の体内で徐々
に溶かすことによって、相手の遺伝子と自分の遺伝子をすり替るん
です。ただ、それを本人の受け入れなく行うと、結晶は体内で消え
るかそこから肉体が腐る、結晶を埋め込む際に血を大量に吸えば、
相手の意識を失わせるのと同時に急速に意識と遺伝子を入れ替え、
体をのっとることも可能な代物なんですが」
「えと、どういうことなのかしら?」
 ジェシーがバドの言っていることがあまり理解できないのか、不
安なのかはわからないが、詳しいことを知りたがっている様子を見
せる。
「その結晶が病原菌なんだろうよ。どうやらヴァンパイアは二種類
の種の保存方法があるようだな。長らく生きていると、確実に性交
渉で子孫を反映する力は衰えていくだろう。それに付け加え重度の
太陽アレルギーなどの障害がある。いくら力が強くても、種の保存
という形では適していないのだろう。そのための苦肉の策が他人の
体を、体の基礎の部分からのっとり、同族に仕立て上げることなん
だろう……大体こんなもんだろ?」
 カヲルはジェシーに言った後、バドに振り返った。バドは半分な
きながら頷いた。
「そーです、そーですとも。なんだってこんなに説明ヘタクソなん
でしょう」
「いや、お前の研究論文盗み見てた。どうでもいい話、お前ホント
文章書くのヘタクソだな」
 カヲルは近くにあるコーヒーメーカーに入っているコーヒーを勝
手に注ぎながら言った。
「グッ……いいんですよ、いーんですよぉーだ。どーせ世間には公
表できない論文ですからー。この間単位取れないぞーとか脅されま
したしー」
「そりゃお前が俺の仕事にばかりついてきて大学行かないからだろ」
 カヲルは、バドの目の前にコーヒーをちらつかせた。コーヒーを
受け取り、壁に寄りかかるバド。
 すっかりくつろぎ始めるカヲルとバドの二人に、アルが言った。
「あの、プライベートなんですがね、場所は公共の場ではあります
が。採取した血は後日送りますから、仕事をしていただけませんか
ね」
 一瞬、カヲルの動きが止まった。
「あの仕事は、正式にアキラに引き継がせた。俺は今日か明日まで
には帰るさ。ちょっと買い物してからな」
「それならば、ステイションビルではなく、D地区のショッピング
街へ行ったほうが安いですよ」
 アルは言いながらカヲルとバドを部屋の外へと押し出した。目の
前でドアを閉められ、カヲルは口ぱくで「公私混同すんな、バカ」
と言っていた。ついでガラスに蹴りを入れようとするカヲルを、バ
ドが慌てて引きずってその場から離した。
 ホテルの部屋まで戻りながらバドは壁にかけられていた時計を見
上げた。夜中の三時を少し過ぎたところで、ホテルのボーイが受付
の男性と奥の休憩室で、あくび交じりにテレビなんぞを見ている。
「今の時間から寝れますかねぇ」
 バドがポツリとつぶやき、カヲルが答えた。
「あの暇そうなボーイに仕事を与えてやろうじゃないか。アキラの
名前でルームサービスとってやれ」
 少し意地悪そうな表情を浮かべ、カヲルはエレベーターに乗った。
「ああ……置いていかれた」
 切なげなバドの声がホテルの玄関ホールに小さく響いた。



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