アシューは、自分のすぐ横にある気配で目を覚ました。開けているかいないのかわからないような細さで、片目を開け、ぼんやりとした小さな人形のようなものを見つめた。
「ラグ……?」
「そそ。起きろってば。ガキのくせしてこんな遅くまで寝てちゃいけないぜ?」
 マクラのすぐ横で、ラグがあぐらをかいて座っていた。かと思うと、掛け布団の端を持って、思いっきりめくり上げた。
「寒い」
 アシューは、まだまくられていない場所へと潜り込む。
「アンタは本当にガキか!」
「今はそうですね」
 アシューは布団をラグから奪い返した。
「こんの……ダメ賢者!」
「元ですから、別にダメでもいいです……」
 ゴロリとベッドの上で転がり、布団を体に巻き取るアシュー。
 キルト地にまかれ、ベッドの上にカラフルな蓑虫が一つできあがった。カラフル蓑虫アシューは、腕を一本出すと、枕を引き寄せて再び目をつぶった。
「本当にダメ賢者だな。せっかく俺が元の賢者に戻れるように協力してやろうと思ったのによ!」
 ラグの言葉に、アシューは片目を開けた。
「……どうやって」
「それは今から考える!」
 胸を張って言うラグに、一瞬何か言うそぶりを見せたアシューだが、そのまま枕に顔をうずめた。
「今、馬鹿って言っただろ!」
「驚いたな、読唇術ができるのか。さすがは妖精だ」
 枕に顔をうずめたままのアシューの頭を、ラグは蹴った。アシューの髪の一筋を引っ張り、耳元で怒鳴った。
「馬鹿にすんなっ!!」
 派手に鼓膜が震えた。キーンとする耳を押さえながらアシューは布団から這い出た。
「わかった、朝食がほしいんだな、今作ってやるから」
「そうそう、妖精も人間と同じ、お腹が空くと怒りっぽくなるんだな……って違う!」
 のそのそと起きだすアシューの髪を引っ張り、再びラグが怒鳴った。アシューは、髪にラグを絡ませたままキッチンへと向かった。
 キッチンの小さな食器戸棚から半分残っている食パンを取り出してナイフで切り始めた。食パンを三枚切ると、ケルトを暖炉の前に持っていく。その間、ラグを頭に乗せたままだった。ラグのしつこさにあきれたのか、アシューは言葉を返した。
「うるさいな、元に戻れるくらいなら……とっくに戻っている。だが、失ったものは元に戻らないのだよ。時も、命も」
 アシューは、つぶやくように言うと、食パンにマーマレードをぬりつけた。アシューの生意気そうな顔が、暗く沈んだものに変わったのを見て、ラグはしばらく黙り込んでしまった。その間にアシューは暖炉に薪を三本くべ、キッチンから網から四つ足の生えた台を持ってきた。その網を暖炉の前に置くと、その上にフライパンを乗せ、ラグに言った。
「たぶん、外に卵と牛乳の入ったカゴが置いてあると思うんです、それを持ってきてください」
 ラグは、アシューの表情が元に戻ったのを知ると、「わかった!」 と威勢良く言って玄関の扉まで行って、妖精にとっては重たい扉を開けた。
 扉の脇に、アシューが言ったとおりカゴが置かれていた。上にかけられている白いハンカチをどかすと、中から卵が三つと牛乳のビンが一本入っていた。
 そのカゴをやっとのことで持ち上げ、ラグはアシューの元へと運んだ。
「って言うかさ! こんな重いものを妖精の俺に持たせるな!」
「だったら最初からそう言えばいいだろうが」
「それもそうか!」
 アシューは、何かを言いかけて、小さく笑った。そのアシューの表情にラグは気づき、むくれた。
「また馬鹿って言っただろ!」
「いや、それは言ってない。今度はマヌケと言ったのだ」
 アシューはクスクスと笑うと、フライパンに卵を二つ落した。
「あんまり俺を馬鹿にすんなよ!」
「してはいないさ、マヌケだと思っているだけだ。……マーマレードを投げつけるのはやめておきなさい、やったら朝食はご馳走しませんよ」
 ラグは、マーマレードのビンに入っていたスプーンを握り締めたまま動きが止まった。しぶしぶスプーンを元の位置に戻すと、口を開いた。
「なぁ、なんだって牛乳と卵があるって知ってたんだ?」
「毎日、その二つは配達されるんです。誰だかわかりませんけどね。
ここ五、六年はそれが続いてますよ。時折手紙とともに小麦粉が入<っていたり、その、マーマレードもそうだ。アンナばあさんと言う人から貰い受けたものらしい。最初の半年は、私も特に何もしておかなかったのだが、そのうち悪いな、と思い始めてお返しに魔石を置<いておくことにしている」
「へぇ……」
「魔石なら、小さくても多少の金にはなる。私の残った魔力を、強化スペルで強化してから普通の石に混ぜ込むと、小さな反応が起きて、普通の石も魔石に変わる」
「錬金術の応用だね、それって」
「ほぅ、それぐらいのことは知っているのか」
「あんまり俺を馬鹿にするなって。昔はデカイ妖精……人間たちはエルフって呼んでいるらしいけど、そのエルフに教えてもらったことがあってさ。でも俺には魔力がほとんどなくて」
 アシューはフライパンから卵を食パンの上へと移動させた。
「魔力がないのなら、あとで一つ魔石をわけてやろう。まったく魔力がないわけではなかろう。っと、一枚全部食べきれるか?」
 ラグの目の前に、皿に乗った巨大なパンの塊とその上の卵焼きが置かれた。
「食べれる、と思う。でも、半分でいいかも」
「わかった。半分に切ってやろう。マーマレードの方も半分でいいか?」
「そんなに食べれないって!」
 ラグが答えると、アシューはマーマレードの乗ったパンを四等分<した。
「ミルクは?」
「もらう」
 こんな些細な会話がなされた後、二人は黙ってパンを口へと運んだ。
 先に食べ終わったラグは、暖炉の前で細々と食べているアシューをそっちのけに、本と物だらけのテーブルの上に飛び上がった。そして、テーブルのあちこちを探すと、例のグローブを引きずり出した。
「なぁ! これって、アシューの魔力だろっ?」
 アシューは一度食べる手を休め、怪訝そうにラグを見た。
ラグは、アシューの切なそうな表情を見て、バツが悪そうにグローブを抱きしめた。
 アシューはそのラグの頭を指先で撫で、グローブを受け取った。
「……使いこなせない力の欠片ですよ。昔の思い出を、しまっておくのには丁度良いですけどね」
「使いこなせないって?」
「その中に入っているのは、私の力の欠片であるとは言え、許容量が大きいのですよ。体が大きければもしかすると使えるかも知れませんが、なにせこの小さな体では許容量が少なすぎる。そうですね、そのカップの中に、このケトルいっぱいのお湯を入れたらどうなります?」
 アシューは、カップにコーヒーの粉を入れ、暖炉の前に置いてあったケトルを手にとった。そして、お湯をゆっくり注ぎいれる。
「こぼれる……」
「そう、こぼれてカップは汚れ、手に持っていればヤケドをし、服や周りにまで汚れる。そう、そこにある力を今の私が取り込んでしまえば、私は壊れて周りにまで被害が及ぶ。私がその欠片から引き出せる魔力は限られているのだ。ちょうど、魔石を日に数個しか作ることができないように」
 アシューはカップに注がれたお湯と、コーヒーが混ざり行くさまを見つめて、ため息をついた。
「だったら、俺がそれをやってみる!」
「何を言っている! 私より体の小さなお前がっ!」
 ラグは、アシューが言葉を言い切る前にその手からグローブを奪っていた。そして、暖炉の前に置かれていた黒いコートを引っつかむと、窓を開けて飛び出していった。
「ちょ、ラグ!」
 部屋の中に吹き込む雪に、アシューは一回視界を取られた。窓から延ばした手は空しく冷たい風をつかんだ。
「ラグ……それがないと、魔石が作れないんだ……返してくれ」
 小さく嗚咽をもらして、アシューは鼻をすすり上げた。涙が、ぽろぽろと落ちた。
「もう、やだ……」
 そうつぶやくアシューの耳に、ラグの声が聞こえた。
「俺、あんたのこと待ってるから……」
「待ってるって、どこへ!」
「暖かい方、そうだね、南の森の方で待ってるよ」
 ラグは、そう言葉だけ残して気配を消した。
 あとに残ったアシューは、いまだぽろぽろと涙を落としていた。



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