6
数度、体に大きな揺れを感じて、私は我に返った。我に返ったとき、揺れが大きな音と共に生じているのに気づいた。山が、なだれを起こすときに出す音……山鳴りに似ていた。
「城の一部が打ち崩されたか?」
人の怒声と、床を打ち鳴らすような音とが、城内に響いている。
「深淵、殺傷力のあまりない武器を持ってきなさい」
「わかりました」
私の影から深淵の気配が消え、数秒後に二本の剣を持ってきた。一つは普通の剣だったが、もう一つは魔力を少量ながら蓄えられる剣だった。
剣を深淵から受け取り、しばらくしたところで、一般の民と思われる一団と出くわした。
「一般人相手に剣を振るうこともなかろう」
私はそうつぶやくと、精神緩和の「SLEEPING」を音もなく唱えた。
私の周りを除き、視界内を薄い霧のようなものが立ち込めた。人
々は意識を失ったかのように倒れてゆく。
人が倒れゆく廊下を進み、私は謁見の間として作ったとエンデから説明を受けていた場所へと向かった。そこが一番広く、まとめて相手をするのに十分な場所だと見込んでのことだった。
どこかの国の兵士と思われる者たちが私の前に立ちふさがったような気がしたが、
熱波で道を開けさせた。少し威力が強かったのか、城の壁や、兵士の着ている甲冑が熔けたようだ。男の見苦しい悲鳴と、罵声が私の背に届いた。
追って来る者がないのを確認すると、私は謁見の間の扉を開けた。
「アシューズヴェルド様!」
メイドの姿をした女性が三人ほど、私の姿を認めると、駆け寄って来た。
「貴方たちは、この城に残る必要はない。使えるべき主エンデも死んだ様子、逃げなさい」
金髪をきっちりとまとめ上げ、気の強そうな色を瞳に宿したメイドの一人が言った。
「そんなことはできません! 逃げるのができないのではなくて、こんなにもよくしてくださった賢者様たちを守ることもできないなんて!」
「私に守りなど必要はない。力の弱いものがくだらぬ正義感などを出すものではない。失せろ」
私はそう言うと、転送の魔術を口早に唱え始めた。転送の円の中に、先ほどのメイド以外の二人が包まれ、一瞬の光とともに姿を消した。虚無の地からはるか数キロに離れた場所まで転送したつもりだ。しかし、先ほどのメイドは、その転送の円から抜け出し、いまだ私の前に立っていた。
「死ぬつもりか!」
そう言った私は、手が出ていた。私は自分でも驚いた。私の手は彼女の頬を打っていた。衝撃で彼女の髪を止めていたピンの一つが飛んで、髪の一部が肩にかかった。
「すまない……頼むから逃げてくれ」
「いいえ、逃げるときはアシューズヴェルト様を置いてでも逃げます」
「それは、見捨てると言わないか?」
私は、このメイドの気丈夫さに感心した。
「気のせいです。ただ、エンデガルド様のお命を奪った方へ復讐がしたいのです。大丈夫です、私も、普通の人よりは魔術が扱えますから」
彼女はそう言って、頭を下げると部屋から出て行こうとする。
「待ちなさい、これを持って行くといい」
私は、彼女に炎の魔力を注ぎ込んだ剣を渡した。
「ありがとうございます、アシューズヴェルト様」
彼女はそう言って私の前から去って行った。
私は彼女が去った後、人々の声と足音がこちらへと向かってきた。
エンデガルドを殺した連中が帰ってきたのか、または新しい部隊か……
もっとも足音が近づいてくる扉へと、おのずと意識が集中してしまう。
扉は、数人が一挙に押し開けたせいかひどく耳障りな音を立てて扉が外れた。
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