11


 アシューは、森の中をすり抜けるように飛行してゆく。青いローブの裾は風を受けてはためく。
 ふとアシューは動きを止めた。その場に降り立ち、目を細める。
「霧、ですか」
 白さが重く感じられる霧が、辺りを覆い尽くしていた。
 ローブのフードの中からラグが顔を出して言った。
「なんかやたらと濃い霧……」
 いささか不安そうな表情を表に出し、ラグは辺りを見まわす。視界や音を何をかもを吸い取ってしまうような濃霧に、違和感さえ感じられる。
 アシューは軽く目をつぶってため息をつき、ラグに小声で言った。
「どうやら誘いこまれてしまったようですね。それと、私の力が使われている」
 ラグも小声で言葉を返す。
「賢者さん、どうする?」
 ラグの問いかけに、アシューは答えなかった。その代わりに、体を横に一歩退かせた。アシューが居た所を、白い軌跡が通りすぎていった。そのすぐ後に葉の揺れる音がした。
 アシューはラグをつかんで遠方に投げると、前方へ走りこんだ。
「なにすんだよ! って、賢者さん!?」
 ラグの悲鳴に似た声が霧の中に吸い込まれていった。
 空中に放り出されたラグは、何度か体を回転させて止まった。慌ててアシューの姿を探すが、目の前には白い霧があるだけだった。
 ふと、霧の中からアシューの声だけが聞こえた。
「貴方まで巻き込む訳には行かない。逃げなさい」
「賢者さん! そんな! 巻き込んだのは俺の方……」
 ラグはそう言って近くの木の枝に座り込んだ。
「賢者さん……」
 ラグはぽつりと呟くと、持ったままのグローブを強く抱きしめた。

 アシューは、濃霧の壁を乗り越えた。
「やはり、私を誘いこむ物でしたか」
 アシューは霧が不自然に晴れているのを見てそう呟いた。背後を見ると、霧は何かに押さえ込まれているかのようにうねっていた。
「それで――私を呼び寄せたのはどう言う目的があってのことですか。私の息の根を止めねば気が済まないのですか」
 アシューは言いながら目線を前方へと戻した。
 そこには、黒いローブの、フードを深くかぶった人影があった。その手には剣が握れている。
「二度も、私を殺すつもりのようですね」
「ソウダ。オマエの力を全て奪い去る」
 黒いローブから漏れる男の声に、アシューはため息をついた。
「今度は、完全に私を殺すつもりのようですね。私のどこが気に入らないのか、一度聞いてみたいものですが、その余裕は与えてくれぬようですね」
 アシューは言いながら、身を翻した。黒いローブの男が片手をあげたからだ。アシューが居た場所を剣が通りぬけた。そして、黒いローブの手に剣が収まった。
「力が私の言うことをどこまで聞いてくれるかが問題ですが」
 アシューは言いながらローブの裾を払う。同時に黒ローブの男が動いた。手に戻ってきた剣を再びアシューに投げつける。
「剣の使い方を、間違っていますよ」
 アシューは言うなり、向かってきた剣の柄を足で叩き落とした。そしてその剣をつま先で跳ね上げ、手にする。振り降ろされた剣を受け、はじき返す。
「それとも、私に機会を与えたとでも言うのですか」
 アシューの顔にうっすらと憎しみが浮かんだ。黒ローブの男は何も答えず、アシューに再び切りつける。何度も振り降ろされる剣。まるでアシューが握った剣もろとも切り捨てんばかりに。
 アシューはしばらく剣の攻撃を受けていたが、一度振りあがった瞬間に剣を持ちなおしてはじき返す。間合いを取って再び剣を構え直す。だが、どうしても先に攻撃をしかけることができなかった。
 徐々にアシューの顔を焦りが支配し始める。その焦りを、黒ローブの男の放った剣の切っ先が掠めた。首筋に血がにじみ出て、滴り落ちる。  黒いローブの男は、アシューを木まで追い詰めた。アシューの鼻先を、灰の臭いが満たした。
――終わる
 アシューの頭にその考えが掠め、ゆっくりと目を閉じた。
 目を閉じる前には、黒いローブが波打ち、剣を突き刺そうと手を後方に構える所が見えた。
 だが、痛みと共にもたらされる衝撃は来なかった。
「賢者さんのバカ!」
 ラグの怒鳴り声が聞こえ、アシューは目を開いた。そこには小さなラグの背中が見えた。
 ラグは小さな手を前に伸ばし、黒いローブの剣を魔法か何かで必死に抑えている。
「なんでいつもすぐに諦めようとするんだよ! 賢者さんだって自分の力が悪用されるのが嫌だ、って言ってたじゃないか!」
 半分涙声になりながらラグは怒鳴る。アシューは口を開けたまましばらく呆然としていた。そして力が抜けたようにその場に座り込む。
「賢者さんのバカーっ!」
 ラグは怒鳴るのと同時に、黒いローブを吹き飛ばした。大きくふっ飛ばされた黒ローブの男は、濃霧の奥へと消えた。
 ラグは大きく肩で息をしながらアシューの前に仁王立ちになった。
「賢者さんはちゃんと自分の力取り戻さなきゃいけないの! それでもってフェグィーのカタキ打ちしなきゃいけないんだ」
 ラグは息を整える。アシューは軽く目をつぶり、剣を握りしめた。
「でも、私には勝てる可能性はありませんよ。あの男に一度負けているのですから」
 アシューの言葉に、ラグが言った。
「本当に、あの時の黒いローブの男なの?」
「そうですよ。あの灰の臭いは覚えていますから」
 アシューはそう言いながら、眉間にシワを寄せた。そして頭を左右に振った。
「いえ、別物でしょう。あの時に比べて弱すぎる。あの時の男の強さは、賢者であった私の力をしのいでいた。その時より劣る私を殺すことが今だできていない……」
 剣を握りしめ、アシューは立ちあがった。ラグはニコニコとすると言った。
「そうそう、賢者さんはそうじゃなきゃ。昔のみんなを守っていた力を取り返してくれよ。そんな賢者さんに、いいものあげるよ」
 ラグはそう言って、アシューにグローブを渡した。グローブにはめ込まれた力が淡いオレンジ色に光を放っていた。
「これ、どうしたんです?」
「さっき黒いローブの男の剣を弾く時にそのグローブに残ってた力を使ったんだ。そしたら――よくわかんないや」
 ラグは苦笑いを浮かべ、アシューの肩に乗る。アシューは不思議そうにグローブを見つめる。だが濃霧の中から出てきた黒いローブの男を確認すると、グローブを手にはめた。そしてカバンから魔術書を取り出す。カバンをラグに預け、アシューは左手に魔術書を手に立った。そして、俊敏さをあげるルーンを描き出して体に吸い込ませる。
「これはお返ししますよ!」
 剣を手に、アシューは黒いローブの男と間合いを詰めた。そして剣で切り上げる。切っ先はかわされるが、本来の狙いは切ることではなかったようだ。アシューは剣を投げつけた。
 黒ローブの男は剣を切っ先を手で受け止めた。それから、何事もなかったかのように柄に持ちかえた。
「やはり人ではないのですね」
 アシューは一連の動作を見て呟いた。
「魔物か、それとも」
 言いながらパラパラと魔術書をめくる。
「“炎の淵に住まいし我が僕 我が呼び声に答えよ”」
 アシューは言いながら右手に力を集中させた。右手にはめられたグローブの力が反応して光を揺らめかせた。しかし、何も起きない。
 アシューは額に汗を浮かべた。
「やはり、これしきの力では応えもしてくれませんか――“我が名に従え 我が命に答えよ”」
 額に浮かんだ汗は玉となって滴り落ちる。アシューは黒ローブの男から繰り出された突きを、身をよじって避ける。
「“炎獣 ディスローダ”!」
 アシューの指先から炎が産まれ、その炎で虚空に文字を描き出した。  炎は虚空で吹きあがって黒ローブの男を襲う。黒ローブの男は裾を翻して炎を防いだ。
 虚空で燃え盛る炎から、更に炎の塊が大地に降り立った。それは四足に炎をまとわせた大きな緋色の獣。
「己から契約を結べと言って来た獣が主を見捨てるのか、と思ったのですがね」
 アシューは額の汗をぬぐった。緋色の獣、ディスローダは唸りながらアシューを見つめた。
<十五年もの歳月が過ぎた。そなたはその間一度も我を呼びださなかった。我が記憶を呼びだす方が苦であったぞ>
 ディスローダはそう答えた。
「賢者さんすげーっ! 召喚もできるんじゃんか!」
 はしゃぐラグを見て、ディスローダが口を開く。
<なんだ、あのしゃべる虫は>
「なんだと!」
 ラグは一人突っかかるが、炎の前に遠くから叫ぶしかなかった。
 アシューは「ラグは無視するように」と流す。
<しかし、その姿見間違えたぞ。そなたが死んだと言ううわさを聞いてから十五年、何があった。若返りの呪文でも間違えたか>
 アシューはディスローダの言葉を無視して言った。
「私から先ほど奪っていった力、炎として返してください。そのうわさが貴方の目の前で現実としたいなら別として」
 ディスローダは後ろ足で立ちあがり、アシューに襲いかかった。しかし、アシューは一歩も動じない。ディスローダはアシューを踏みつぶす瞬間に体を炎に変えた。
 炎はアシューの体に吸い込まれるようにして消えていった。アシューは右手を握りしめると、ラグに言った。
「召喚ではありません、召来ですよ。呼び出した力を自分の思い通りに使うためのね」
 アシューは言いながら黒ローブの男の元に走りこんだ。その間にアシューの髪が見る間に緋色に変わってゆく。
「リスクは多いのですが――」
 アシューは黒ローブの男から繰り出された剣を素手で受け止めた。剣をあっという間に炎が包み、黒いローブへと燃え移る。しかし、黒ローブの男は何一つ動じた様子を見せなかった。
 炎は激しく燃え広がり、黒いローブを焼く。ローブのフードが燃えちぎれ、風に流された。そのなくなったフードの下から現れたのは――何一つ表情のない顔だった。
「人形……」
 アシューは言葉をもらすのと同時に、剣を弾き飛ばし、更に表情一つついていない頭へと蹴りを叩きこんだ。いとも簡単に頭はふっ飛んで大地に転がった。頭がふっ飛んだ黒ローブの男、いや人形はなおも剣を振りまわす。
「剣をむやみに振りまわすことしかできない人形ごときに、命をとられようなどと思った私が愚かだっようですね」
 アシューは人形から剣を奪うと、その心臓部に剣を突き立てた。人形は大地に押し付けられてバタバタと手足を動かして暴れる。アシューは少し離れると、手から炎を生み出した。
 炎は人形を瞬時にして焼き尽くす。
 後に残ったのは、灰と遠くに燃え飛んだ黒いローブの破片のみ。灰からは光が立ち上り、アシューのグローブへと吸い込まれてゆく。
「す、すげー、賢者さん!」
 ラグが飛んできて言った。アシューは右手からグローブを外し、ラグに渡す。
「すごくは、ないです……」
 アシューの体から炎が吹き出て、地面に吸い込まれていった。
「これで、私の力が悪用される事が……」
 アシューは言うなり、その場に倒れこんだ。その髪からは緋色の色素が抜け、銀髪へと変貌を遂げた。
 ラグは青くなってアシューに近寄った。
「賢者さん! 賢者さんてば!」
 ラグはアシューの耳元で何度も呼びかけるが、反応は何も帰ってこなかった……



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