10


 どこかを殴る音が、アシューのボーッとした頭に響いてきていた。
「……ラグ?」
 アシューは体を起こし、それから目を開ける。柔らかい日差しと、それに合わせてドアを叩く音がする。アシューは目をこすり、自分の体に目を落とす。いつもの青いローブが肩からずり落ちている。アシューはローブを羽織りなおすと、隣りのベッドで寝ているラグに目をやった。妖精の時の名残だろうか、背中を向けて眠っている。
「ラグ、モーニングコールでも頼んだのですか?」
 アシューはそう尋ねたが、ラグは深い眠りについているらしく、眠ったままだ。アシューは仕方なくノックされつづけているドアへと向かった。
「誰です?」
 言いながらドアを開けた。途端に小さな影が走りこんできた。そして、ラグの上に飛び乗った。
「ふぎゃっ……な、なに、賢者さ――あれ、マオン?」
 ラグは頭を掻いて上に乗っているマオンの首根っこをつかみ、起きあがった。
「それで、なに?」
 ラグはあくびをしながらマオンと目を合わせた。マオンは目に涙を溜め、ラグを睨む。そしてラグをポカポカと殴り始めた。
「なんで、なんでおいらのフェグィーを!!」
 マオンはそう言うと、声を上げて泣き始めた。ラグは困ったようにアシューを見る。アシューはカップにココアを入れてマオンに渡した。
「少し落ちついて、私たちにわかるように説明していただけますか?」
 マオンは泣きじゃくりながらカップを持つ。しばらくするとヒックヒックと言う息使いに変わり、そんな自分を落ちつかせるためかココアをすする。
 アシューは、マオンが落ちついたのを見ると、口を開いた。
「フェグィーに何があったのですか?」
 マオンはうなずき、また泣きだしそうになる。ラグは手を伸ばしてマオンを抱き寄せ、頭をそっと撫でた。ラグに抱きしめられながら、マオンは言った。
「フェグィーが殺された……朝食を届けに行ったら――」
 ラグはそこでマオンの唇に指を当てた。
「それをしたのは俺達じゃないよ。妖精は、いたずらはするけれど、嘘はつかないから」
 ラグはそう言ってニコリと微笑む。
「妖精?」
 マオンはいぶかしげにラグを見た。ラグは笑顔を浮かべると、マオンのカップを手に取り、そこに息を吹きかけた。
 すると、カップの端に、ちょここんと座った小さな妖精が姿を現した。妖精は軽く伸びをすると、目をパチクリとさせて辺りを見まわす。
ラグはその妖精を手の上に招き寄せ、マオンの目の前に持ってきた。
「俺も、元々はこの妖精と同じなの。今は訳があって人間みたいだけれど」
 手のひらで妖精は、マオンに笑顔を見せた。
「おじちゃん……これ、人形? それともおいら魔術でもかけられてるの?」
 マオンの質問に、ラグはマオンの手のひらに妖精を乗せた。
「生まれたばかりの妖精だよ。まだ言葉はわからないけれど、吐息はココアの甘い良い香りがするよ」
 マオンは首を傾げながら妖精に顔を近づける。妖精は一瞬驚いた様子を見せたが、ニコリと微笑むとマオンの鼻にキスをした。
その瞬間に、ラグは手を揺らめかせた。
すると、マオンは目をトロンとさせたかと思うと、とその場に倒れかけた。
完全に崩れ落ちる前に、ラグはマオンを抱え、ベッドに寝かせた。
「賢者さん、フェグィーの所に行ってみようか」
「当たり前です。私でも貴方でもない。村の者ならば大勢で押しかけて退治するでしょうし、それを聞きつけたマオンが私たちの元に殺したと言いに来るのはおかしいですよ――私たちは殺せる実力を持っていないわけではありませんから」
 そう言ってアシューは手っ取り早く身支度を整えると、ラグと共にフェグィーの住む洞窟へと向かった。


 アシューは、その場に立った時、思わず顔をしかめた。そして、鼻をローブの袖で覆う。
 眼前に広がるのは、ドラゴンの切り刻まれた死体。暖かな日差しに照らしだされ、すでに虫がたかり始めている。
「これは……私たちが来る前に刻まれたようですね」
 冷静に言ったアシューに、ラグは顔をそむけたまま質問を投げかけてきた。
「ど、どどどどうしてそんなことが判るのさ」
「簡単なことです。もしもマオンがこの状態を見ていたのなら、ただ泣きじゃくるだけでは済みませんよ。精神破綻を起こすのが普通です」
 アシューは言いながら、肉が散らかった場所へと足を踏みいれる。
「それと、比較的血の散らばりが少ないので、死んだ後に切り刻まれたのがすぐ判りますよ――かなり切れ口が良いですね、料理人がやったのでしょうかね」
「けけけけけけけ……」
 ラグはうわずった声を上げる。
「貴方が破綻してどうするんです?」
「けけけけ、賢者さん! そんな悠長な! 賢者さんの力がないんだよ、ドラゴンから」
 ラグの言葉に、アシューはあごに手をやった。
「そう言われてみればそうですね。力を持ち去るためにドラゴンをこのような姿にしたと考えるのが妥当ですね――それと、それを持ち去った者がいるとすれば、次ぎに狙われるのはラグ、貴方ですよ」
 アシューはそう言って、ラグに微笑んだ。ラグの顔から、サーッと血の気が引いていった。
「けけけけ賢者さん!」
「その呼びかけやめてください。私までおかしい人みたいになってしまいますから」
 アシューはそう言いながら――ラグを突き飛ばした。
 ラグは驚いた顔をしながら一回転して身構えた。アシューはラグが文句を言う前に静かにするように促した。
「危ないですよ、どうやら狙われているようです」
 大きな声を上げそうになるラグの口を塞ぎ、アシューは茂みの方へと引っ張っていった。
 アシューが茂みからドラゴンの方を見ると、新たに地面に切りつけたような跡がついていた。
「ラグ、貴方は何も感じなかったのですか?」
「う、うん、ごめん……」
 申し訳なさそうに言うラグ。アシューは「気にしないでください」とやんわりと言うと、再び辺りを伺う。だが、二撃目はなかった。
「追いかけるのが筋でしょうね、この場合」
 アシューはそう言って茂みを飛びだした。何が起こったのか理解のできなかったラグは、慌ててあとを追う。
 アシューは、カバンから魔術書を取り出してパラパラとめくる。目的の呪文が見つかったのか、魔術書をしまう。そして少し後を走るラグを見た。
「その姿で飛ぶことは可能ですか?」
 ラグは少し考えてから答えた。
「もう少し小さくなれば可能かも知れない。俺は羽で飛ぶから、この森の上を飛ばないと……それに、俺には賢者さんの力が察知できてないんだ」
「わかりました、では、貴方が持っている私の力をもう少し返すことは可能ですか? 今の私の魔力では、ルーンを使ったとしても飛行魔術を行うには足りないんです」
 アシューはそう言って立ち止まった。ラグもそれに合わせて立ち止まる。
「できると、思うよ。元々は賢者さんの力だからね。賢者さんの器を少しずつ広げてゆけば、きっと暴走も起こらないかもね」
 ラグはそう言うなり、両手を頭上に掲げた。しばらくすると、ラグの体から光の微粒子が立ち登った。そして、手のひらに集まってゆく。
 手のひらに集まった光の粒は大きな球となってゆく。その光の球をラグはアシューに向けた。
 アシューは、光の強さに目を細めた。
 アシューが再び目を開けた時には、目の前にグローブを持っている小さな妖精が浮かんでいた。
「ラグ?」
「えへへ、元にもどっちった。賢者さんの力を全部返したわけじゃないんだけどな、おかしいなー。って、賢者さん、また大きくなったや」
 ラグはそう言って、アシューの肩に捕まった。アシューが目線を足元に落とすと、ローブの引きずりがかなり減っていた。
「まったく持ってして、私の体は愉快ですね」
 ため息と共にそうこぼして、アシューは飛行の魔法を発動させた。
 アシューの体は、フワリと森の木々を飛び越した。術を久しぶりに使ったせいか、少し体をふらつかせる。
 やがて感覚を取り戻したのか、アシューは飛行のスピードを上げた。
ラグは必死にアシューの肩につかまりながら怒鳴った。
「賢者さん! 何か感じたのかよ!」
「私の力が、良くないものに染まっていくを少し……あのドラゴンの殺害方法を見ればどんな者が私の力を持ち去ったか見当がつく――そして、良いことに使う筈はないのです」
 アシューはそう言って言葉を切った。その唇は軽く噛み絞められている。ラグは目を伏せて、アシューのローブのフードの部分にもぐりこんだ。
「俺の事は気にしないで、もっとスピード上げてよ。俺もフェグィーのカタキとりたいよ」
 ラグは微かに鼻をすすり上げた。アシューは無言でうなずき、全ての感覚を力の流れに向けた。



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