それは、まだ小さな子供だった。まだ小さなアシューよりもまだ小さい。とは言え、固体差があるため、正確な歳は判りかねるが……
「おいらの友達をいじめるな! フェグィーは悪い奴じゃないんだ!」
 子供はそう言いながら、泣きだした。アシューは困ったように、木の上にいるラグを見上げた。ラグは地上に降り立つと、子供の近くへ寄って茶色い髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わかった、もういじめないって。俺達は、そのドラゴンが持っている力を返して欲しいだけなんだ」
 ラグの言葉に、子供は泣くのを止めた。どうやら、嘘泣きだったようだ……
「おじちゃん、本当かい? おいらはマオン。マオン・パンナ様だい! こいつはおいらの弟子のフェグィー。ちょっと前まで畑とか荒らしてたから、それで退治に来たのかと思っちゃったよ」
「おじちゃん……」
 その言葉にショックを食らうラグ。肩を落として呟いた。
「おじちゃんて言われると切なくなる……まだ若いんだーって叫びたくなる……」
 アシューは落ちこむラグの背中を叩いて「仕方ないんですよ、子供は自分より張るかに大きな男を一くくりにしますからね」と慰めの言葉をかけた。それでアシューの優しさはこと切れたのか、いじけるラグを無視してマオンに話しかけた。
「このドラゴンは肉食で危険なのですよ。一緒に居るのは賢明ではありません」
 マオンはムスッとした表情になると、怒ったような口調で言った。
「フェグィーは危険なんかじゃないやい。ちゃんとおいらが言った言葉も理解できるし、なによりもフェグィーは肉食じゃないんだい! 野菜とか木の実とか食べてるんだよ。ちゃんとおいら調べたもん」
 マオンはフェグィーの首の傷跡を調べてため息をついた。
「おいらが治療の魔法が使えたらなぁ」
 アシューはしばらく黙ってマオンがフェグィーの背中を撫でるのを見ていたが、カバンから魔術書を取り出して調べ始めた。
「“自然に従事せし清らかなる乙女よ この者の……”」
「あー、賢者さん? 治療魔法の必要はないぜー。何せ俺ができるもーん。別に乙女が見たいんだったら止めないけど――あと、そのドラゴンが俺のこと噛まないって言う保証があれば、やるよ」
 ラグは右手を振りまわした後、手のひらを開いたり閉じたりして準備をする。アシューは驚いたように目を丸くした。
「妖精にも治癒能力を発揮するものがいたとは、驚きですね。体が小さいので、あまり効果は望めないようですが。マオン、この者が傷を治すと言ってますが、触れても大丈夫ですか?」
 アシューにそう言われ、マオンは少しの間片頬を膨らませてラグとフェグィーを交互に見る。
「わかった。おいらの弟子をよろしく頼むぞー」
 マオンはそう言って、フェグィーを座らせた。ラグはビクビクしながらフェグィーに近づく。フェグィーは微かにうなるものの、ラグが傷口に手を当てるとおとなしくなった。
 ラグの指先が微かに光ったかと思うと、フェグィーの傷口が一瞬にして閉じた。アシューは感心したように見ていた。
「本当にうまく力を使いますね」
 そう言ってアシューはラグの顔を見たのだが、当のラグも驚いたような表情をしていた。
「なんか、賢者さんの力同士が反応したみたいだ。触れた時に、こう力が寄り集まってきたような感覚があった。万能だねー、賢者さんの力って」
「人を物みたいに言わないでください――帰りますよ」
 アシューはそう言って方向をルツ村の方へと変えた。
「な、なんで帰っちゃうわけ!? 賢者さんの力、目の前だよ?」  ラグは慌てたようにアシューの後を追う。アシューは歩きながら答えた。
「だからと言って、生きているものから奪う必要はないでしょう。いつかドラゴンが力を手放した時に、取り返せば良いことです」
「お兄ちゃんの物、何かフェグィーが取っちゃったのかい?」
 いつの間にかマオンが付いてきていた。ラグは慌てたように取り繕うとするが、マオンはアシューに絡んでくる。
「さっきから賢者、賢者って言ってるけど、それはお兄ちゃんのあだ名かなんかかい?」
 小さいながらも、賢いらしく、マオンはアシューにそう問い尋ねた。アシューはほんの数歩黙って歩いていたが、一度立ち止まってため息を付くと、答えた。
「小さいのに、術を扱っているからですよ。賢者のこと、何か知っているのですか?」
 アシューは再び歩き始める。マオンはアシューの横にピッタリとくっついて話し出した。
「おいら村にある本はほとんど読んでるんだぞ! 中でも大陸三賢者の話しは何個も読んでるんだ。大陸一の頭脳を持った男と呼ばれるエンデガルド。大陸一の美貌を持つレスティカ、そして、大陸一の美青年でなおかつ魔術の優れた腕を持つアシューズヴェルト……この三人で大陸の諸国家が守られていたんだ」
 マオンに話しをさせておくと、本を一冊読みだしそうな勢いに、アシューはため息をついた。その二人の背後でラグは複雑そうな表情をしていた。
 アシューは話しを続けそうなマオンをさえぎり、一言だけ問いかけた。
「貴方は、大陸三賢者を善人だと思いますか? それとも、悪人と思いますか?」
 マオンは考える様子も見せず、答えた。
「おいらは、悪いとは言いきれないよ。だって、三賢者に頼りすぎていた人たちだって悪いもん。ところで、お兄ちゃんの名前まだ聞いてなかったや」
 マオンの最後の言葉に、アシューではなく、なぜかラグがビクリとした。
「アシューですよ。孤児なので、苗字はありませんよ」
 それだけ答えると、歩調を早めた。
「マオン、賢者の最後を知っていますか?」
 マオンは胸を張って答えた。
「知ってるともー! エンデガルドとレスティカは死んで、アシューズヴェルトは行方不明。魔女がその美しさに見とれて、死体を持ち去った、なんて言う本もあったけどね。おいらはきっとみんな生きていると思う。大陸一の力量を持った賢者さんたちが、人数だけは多かった人に負けるはずがないもん。きっと今は反省して、こっそりみんなを守ってるって、おいらは信じてるよ」
 マオンはそう言って、笑顔をアシューに向けた。
「じゃ、おいらこっちから帰るから。それと、もしフェグィーはお兄ちゃんたちの大切なもの取っちゃったんなら、絶対返すように言うから!」
 マオンはそう言い残すと、村の方へと駆けて行った。
 後に残ったアシューとラグは、マオンの後姿を見送った。完全にマオンの姿が消えると、ラグはアシューに言った。
「賢者さん、良かったね、マオンが賢者嫌いじゃなくて。あんな冷静に考えられる子なら、第二の賢者に、なれるかもね」
「そうですね、私が賢者と歌われたように……私は、何も考えず、ただ力を持て余した人でしたが、彼のような人物であったのなら、もっと良い方向に進んでいたかも知れません」
 アシューはそう言ってうつむいた。
「賢者さん……」
 ラグはうろたえたようにアシューを呼ぶ。そして、アシューの髪をくしゃりと撫でると、抱き上げた。
「賢者さん、滅多に外出歩かないから、疲れたんじゃないのー? お坊ちゃまー、じいやが宿までお送りしますですじゃー」
 ラグはふざけながら言うと、村へ向けて歩き出した。ところが、アシューは素直に言葉を返した。
「そうですね、久しぶりに体を動かしたせいか、今はとても眠いです……」
 アシューは小さくあくびをすると、そのまま目を閉じた。
「あ、あれ? ホントに寝ちゃった。ガーン、重いじゃん! 賢者さん起きてくれよー!」
 嘆くラグだったが、アシューはそのまま次ぎの朝まで目を覚ますことはなかった。



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