ラグの手を離れてから、アシューは服を軽く直すと、ラグの息が戻るのを待って言った。
「あの洞穴に入るサイズであれば、肉食と言っても小動物ぐらいしか食しませんよ」
 アシューは、水を木のカップに入れてラグに渡した。ラグはカップをひったくって水を飲み干す。
「そ、それも一緒に言ってくれよー。妙にもったいぶった言い方は誤解を招くぞ。昔長老が言ってた」
「あなたは率直に言いすぎですよ」
 アシューはラグを軽く睨むと、洞穴の方へと歩き出した。すでにドラゴンは中に引っ込んでしまったのか、姿は見られない。
 アシューは、カバンから本を取り出して目次を漁り、開く。
「確か、おとなしくさせる強制執行魔法があったはず――組み文字ですか、面倒ですね」
 アシューは本を閉じてカバンの中にしまうと、髪をかきあげた。右手を軽く洞穴へと向ける。
「自分の気配を感じられるようになりましたか。よほど魔力が枯渇していたのでしょうね、私の体は」
 アシューの右手は、力を感じていた。己の力を。ラグが持ってきた妖精の情報は、全て確かなものだったようだ。
「ラグ!」
 アシューは背後に感じられるラグの気配に呼びかけた。
「なんだよ、賢者さん」
「あなたも、感じられますか? 私の力を」
 ラグはアシューの横に来てから答えた。
「わかるよ。ただ、俺は完全に取りこんじゃったからわかんないっしょー! さすが俺!」
 ラグはそう言って腰に手を当てて体をのけぞる。アシューは一瞥をくれ、「はいはい」と軽く受け流す。
「では、あのドラゴンは私の力を完全に取りこんではいませんね。自慢ではありませんが、ドラゴンをもしのぐ魔法力を持っていましたから――ですが、取り込みきれないと言うことはないはず。分割しているはずですから」
 アシューはため息をつくと、魔石を取りだした。そして、土に属する下級精霊を呼びだして魔石を一つ渡す。
 精霊は魔石を首を振って断ると、そのまま消えた。
 アシューはそれを目を大きくして見つめた。
「どうかしたん? 賢者さん。仕事を断られたとか」
「いえ、そうではないんです。やるけれど、いらないと言われたんですよ。めずらしいですね」
 アシューは魔石をしまった。そのすぐ後に、軽く地面が揺れた。洞穴の方が多く揺れているところを見ると、アシューが頼んだために揺れているようだ。
「な、何頼んだの、賢者さん」
 ラグは近くの木に片手で掴まり、アシューにたずねた。
「中を少し崩してください、と頼んだだけです。無論、生き埋めにするつもりはありませんからね」
 アシューは軽くよろけ、ラグに支えられた。
「賢者さん、無理するなって。それで――」
 ラグが言った瞬間、ドラゴンの鳴き声があがった。
「抱きしめないでください、気持ち悪い」
 しっかりと抱きしめてくるラグに、アシューは機嫌悪そうに言った。
 どうやらラグはドラゴンがとても嫌いなようだ。
 アシューは密かに手でラグの体を押しのけていた。なんとか突き放すと、アシューは青いローブの裾を軽く翻して構えた。
「あなたがやれないのなら、私がやります」
「でででも賢者さん! 今のあんたじゃ力がないに等しい! いくらドラゴンが賢者さんの力を手に入れていないからと言って、持ちあわせている強さが違うはずだよ!」
 ラグの言葉を聞くと、アシューは微かに口元に笑みを浮かべた。
「私も少し、自分の力を手放すのが惜しくなったのですよ。こんな簡単に力が手に戻るのならば、やらない手はありませんよ」
 そう言ったアシューの目の前に、淡い茶色の鱗を持ったドラゴンが飛びだしてきた。
 茶色の鱗にはまだ艶があり、体格も二メートル弱と小型。まだ若いドラゴンのようだ。シギャアア……と威嚇の鳴き声を上げ、鋭い牙を見せる。
 だが、賢者であり、それよりも大きな体格のドラゴンを形成するすることができたアシューにとっては、迫力がなかった。
 アシューは素早く手で文字を描くと、その意味を発動させた。一瞬、文字が光り、アシューの体の中に吸いこまれてゆく。
 ドラゴンは攻撃目標をアシューと見て、突進してくる。アシューはその勢いを軽く身を翻して受け流した。
 体を回転させているその間に、アシューは次の魔法を組み上げていた。再び魔文字が光ってアシューの体に吸いこまれてゆく。
「賢者さん! 何組み上げてるんだよぅ!」
「最初のは素早さを上げるルーン、次が力を上げるものです! あまり邪魔しないでください、組み上げる手順を思いだすのが大変なんですから!」
 アシューの声色に、多少の焦りが見えていた。
 アシューも多少は考えたものだ。普通の魔法は、音声によって力を引き寄せる。だが、その効果は魔力を貯えていなければ、効果は少ない。しかも、声に乱れがあれば、効果も半減する。
 しかし、ルーン――つまり指先で直接魔文字を描き出すものだ。ルーンは描き出された文字その物に力が宿るため、それを体内に取りこめば、間違いなく力となる。
「で、でも賢者さん! 大丈夫なのかよ、俺も手伝う……」
「結構です。あまりあなたに頼ってばかりではいけませんからね。それに、このドラゴンが完全に私の力を取りこみ、万が一凶暴化したら困ります。自分の後始末ぐらい、自分でします」
 アシューはそう言いきって、ラグを静止した。ラグはそれ以上何も言わずに、木の上へと飛び退いた。
「やばくなったら、絶対手を貸すからね! 賢者さんがイヤだって言ってもするからね!」
 ラグは木の上から後押しするように言った。アシューはドラゴンの動きを見たまま答える。
「どうぞご自由に」
 アシューは素早く手でルーンを描き出して体に吸収させる。また、一段とアシューの動きが早くなる。再度、素早さをあげるルーンを描いたようだ。
 アシューはドラゴンの牙と爪を避け、近くの木を駆け昇った。枝の一本に左手を伸ばしてつかみ、一回転する。開いている右手には、何か光る物がある。
 アシューは右手で一つの魔術を組んでいた。ドラゴンの横を擦りぬけながら、罠を仕掛けはじめていた。
 


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