アシューは、目を覚ました。
 目の前には、ラグの顔。アシューの額にタオルをあてて、汗を拭っている。
「ごめん、ちょっとだけ夢を見た。あれって、過去のできごとなのかな」
 アシューは少し返答に困った。昔のことが記憶にないため、真実であるか言い切れなかった。
「たぶん、でしょう。私の意思とは無関係でしたからね。でも、意思とは無関係で進む夢もありますから……」
「そっか」
 ラグは軽く言葉を流す。それ以上追求したら、アシューがかわいそうだとも感じたのだろう。
 悪夢と言うのは、目が覚めても後味が悪い。それに付け加え、その夢が現実にあったことなのか、それともただの幻想だったのかが分からないのでは、心が追いやられていくばかりである。
「もうちょっと、寝とく? それとも、寝るのがツライ?」
 ラグの細かい心配りが、アシューの心にかえって刺さった。
「大丈夫ですよ。賢者であったときも、時折自分でしたことを夢に見ることがある……ただ、それが現実であったのかどうかが分からない」
 アシューは言いながらモソモソと起き出す。ラグは自分の首筋に手をやり、撫でながら言った。
「賢者さんて、記憶も奪われてるんじゃないかー? なんか心配だよ、本当に消えてしまいかねない」
「……別に、私が消えても、もう誰も気に止めませんよ」
 アシューはそう言って床に降り立った。その肩を、ラグがぐぃとつかんだ。
 ラグはアシューの顔を正面から見据えて言った。
「後ろ向きになるなよ。俺は賢者さんが消えちゃったら、悲しいし、賢者さんがまだ世の中に必要だって感じてる。それが何でだか、って事は俺がバカだから分からないけど」
 ラグのまっすぐな瞳と、肩に込められる力に、アシューはうつむいた。
「痛いですよ。それで、どこへ行くつもりなのですか?」
 アシューは軽くラグの腕を払ってたずねた。ラグは小さな紙を読んで答えた。
「森をほんの少し行った所だって。そんなに遠くないみたいだよ」
 ラグは言いながら仕度を始めた。


 ルツ村から出て草原をしばらく行くと森が見えてきた。さほど深い森ではないようだ。
「それにしてもこの辺りは雪が少ないのですね。降ってもすぐに地面に溶け込んでしまう」
 アシューはそう言いながらも、手の先が少し冷えるのか息を吐きかけて暖める。
「そうだねぇ、この辺には雪の精が少ないからじゃないか? 木の実の妖精が多いし。だからこの辺はベリージャムが良く出荷されてるみたいだぞ」
 ラグはそう言いながら自生しているブルーベリーをつまんで食べる。
「それに、力を見つけてくれたのも、ベリーちゃんだったし」
 ラグがそう言うと、木の上からクスクスと笑う声が聞こえてきた。見上げると、妖精達がラグに微笑みかけている。ラグは答えるように手を振る。アシューは近くにあった切り株に腰を落ちつけ、言った。
「妖精って、どうやって生まれるんですか」
 その問いに、ラグは少し唸った。
「難しい質問だなー。俺は説明するの得意じゃないから、理解してもらえるか分からないけど」
 ラグは近くに倒れている木に腰かけ、一息ついた。しばらく言葉を整理していたのか、空を見上げて呟いていた。
「そうだなぁ、一応サイズ以外は人間と同じだよ。ただ、霊的物質が多いことは確かだし、物質そのものから生まれるときもあるよ。人間と同じ方法で生まれた妖精は、後々自分の好きな物を探して、その妖精になることもある」
 ラグはそう言って、一匹の妖精を呼び寄せた。
「きみはどっちの出?」
 ラグがそう聞くと、妖精は小さな青紫の実をラグに差し出した。そして、コソコソとラグの耳元で話す。
「どうやら、物質そのものから生まれたみたいだよ。誰かが、この森にブルーベリーの苗を持ちこんだ時の強い願いから生まれたみたいだ」
 ラグは妖精の頭を指先でなでる。妖精は、嬉しそうな笑顔を作ると、透明な羽根で木の上に戻った。
「それで、あなたは、どちらなんです?」
「あ、俺? 俺はデキちゃったの方。ちゃんとパパ&マザーいたよ。ずいぶんと昔の話だけれどね。ちなみに、簡単な見分けかたを教えてあげるよ。鳥みたいな羽根を持っている妖精には親がいる。透明な羽根を持っている妖精は物質から生まれたんだ」
 アシューはしばらく考えてこんでいたが、思いついたように言った。
「強い思いから、物質から生まれるのですか。なかなか神秘的ですね。しかし、妖精にそんな差があったとは知りませんでした。少し勉強になりました」
 アシューはそう言いながら、何も書かれていない分厚い本にペンで何書き始めた。ラグはのぞきこんで言う。
「なに書いてるの?」
「妖精について、研究でもしようかと思いまして。あなたの話を聞いているうちに、徐々に興味が沸いてきましてね」
 アシューは書きこむのに集中して、静かになる。ラグはその姿をじっと見つめていた。周辺に散らばっていた妖精もアシューの近くに降りてきて、書いているものをのぞきこむ。
「賢者さんて、絵もうまいんだな……万能じゃないと賢者にはなれないんだ」
「そうでもありませんよ。あの頃は力が強ければ誰でもなれた」
 アシューは立ちあがって本を閉じた。本をカバンにしまい、「行きますか」と一言、ラグを見た。
 ラグに群がっていた妖精が、あっという間に散っていった。だが、一匹が舞い戻ってきてラグの回りを飛ぶ。ラグは手を伸ばして指先に止まるように指示すると、妖精は指の上に座った。
「案内してくれるの?」
 ラグがそう言うと、妖精は微笑んでうなずいた。ラグは妖精を肩に乗せると、歩き出した。
 


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