少年の言ったとおり、妖精の熱はすぐに下がった。妖精は、気だるそうにタオルの合間から顔を出した。
 少年は、暖炉前の椅子に深々と腰かけて目をつぶっていた。妖精は背中についている羽を何度か振るわせた後、空に浮いた。暖炉の明かりに照らされる少年の顔をじっと見つめた。と、少年の目がパッチリと開いて、妖精は驚いたかのように遠くまで飛び退った。
 少年は目を軽く擦ると、大きなあくびをしながら椅子から飛び降りた。
「体の調子はどうだ? マヌケな妖精よ」
「なっ! なんだよ、マヌケって!」
 褐色の肌を真っ赤に染めて妖精が怒鳴った。
「寒空にそんな格好でふらつくやつをマヌケと言わずとして何と言う?」
 少年のその言葉に、妖精は言葉を詰まらせた。
「し、しかたないだろう……気づいたら迷い込んじまったんだから」
「それこそ本当のマヌケだな」
「マヌケマヌケ言うな!」
 べちょ、と嫌な音がして、少年の前がオレンジの世界に変わった。机の上に置かれたオレンジ色の物体の詰まった壜の前に妖精はいた。右手には壜に突っ込まれていたと思われるスプーンが握られている。
「なかなか落ちないんだぞ、ジャムは。そこにあるパン、食っていいぞ。少し硬くなっているかも知れないが」
 少年は、もう食べ始めている妖精にそう言った。
 妖精に投げつけられたジャムを落とそうと顔を洗って戻ってきたときには、妖精の姿はなかった。
「薄情なヤツめ。食い逃げか」
「いるよ、ちゃんと。俺の服くれねぇ?」
 少年は、暖炉脇に干しておいた小さなTシャツを妖精に渡した。妖精はそのシャツを着ながら言った。
「俺は……」
「妖精。それ以外の何者でもない」
 妖精は驚いたような顔をした。
「へ〜いきなり信じてくれるとはねぇ。でも、妖精にだって一人一人名前があるんだぞ。俺の名前はラグナハザード・ベリルシュタイン」
「無駄に長いですね、名前が。本当に妖精なのですか?」
 妖精ラグナハザードは、再び顔を真っ赤にして起こった様子を見せた。
「ラグナでいいよ、もう!」
「そう怒るな、ラグ。あんまり怒るとまた熱が上がりますよ」
 少年はむんずと妖精の体をつかむと、カゴの中に押し込んだ。
「今お前用のコートを作ってやってるんだ、どこかいくのも少し待ってろ。それでないとまた行き倒れになりますよ」
 少年は椅子の上に置かれた裁縫箱のようなものを指した。裁縫箱の上には、小さな黒い布が置かれていた。どうやらそれが少年の言うラグ用のコートらしい。
「あ、ありがとう」
 ラグの素直な言葉に、少年は一瞬面食らったかのような表情を浮かべた。
「い、いや、たいしたことじゃない……」
「どうでもいいけど、俺はアンタがどうして裁縫道具を持っているのかってことが最大の謎なんだけどな」
 言われてみればそのとおりである。そもそも少女なら裁縫ができるのも納得いくが、小生意気な顔をした少年ができるとは考えにくい。
「深く考えないでください。一人で暮らしていると何かと入用なものでね」
「へぇ、どこかのお偉い魔法使いかなんかの弟子かと思ったんだけどな。アンタ、名前なんていうんだ? 俺の名前はさっき教えたからいいよな」
 少年はしばし考え込む様子を見せた後、答えた。
「アシューズヴェルド・エアフレイン」
「俺に負けず劣らず長い名前じゃないか!」
「好きなように呼びなさい」
「じゃ、アシュー……って、アンタ、俺のこと馬鹿にしてない? アンタの言った名前って、三賢者の名前じゃないか!」
 ラグの言葉に、アシューは苦い顔をした。
 三賢者は、キングと言われる、若いながらも威厳と高貴さをたたえたエンデガルド・アルツマイヤー、大陸のクイーンと呼ばれた美しさと優しさを兼ね備えたレスティカがいる。そしてエースと呼ばれる大陸一の美青年と称せられるアシューズヴェルド・エアフレインと言う、三人で成り立っていた。
 ラグが言ったのは、最後の美青年賢者、アシューズヴェルドのことである。だが、目の前にいる小生意気な少年風情のアシューは、どう見ても美青年ではないし、青年と呼ばれるにはいささか身長が足らずにいた。
「私がその賢者だった、と言ったら、オマエは信じるか?」
 アシューの紫色の瞳が、暗くよどんだ。
 妖精はしばらくアゴに手を当てて考え込む様子を見せた後、顔をあげて答えた。
「俺は信じるよ。俺のことを妖精だってすぐ信じてくれたし、何より、そのジジくさい仕種が一番うなずける!」
 ぴき、と言う音を立てて、アシューの額に青筋が一つ立った。
「ジジくさくて悪かったな。まぁ、信じてもらえた分だけよしとするか……」
 アシューはそう言って暖炉の前の椅子に座り、ラグのためのコートを縫い始めた。
 ラグはしばらく本棚と本だらけの部屋の中を飛び交っていたが、そのうち飽きたのかカゴのタオルの中にもぐりこんだ。
 アシューは暖炉の前で縫い物をしながら、過去の思い出にふけるような表情を浮かべた……
 


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