15


 ラグは、アシューを小脇抱えたまま大衆温泉浴場に入りこんだ。
「おばちゃんお代ここに置いとくよっ」
 ラグはそう言って小銭をパラパラと置き、脱衣所の奥の方に行くと、アシューの服を脱がせ始めた。
 黒のマントを難なくはぎとり、脱衣カゴに放りこむ。アシューもこれ以上脱がされてたまるものか、と言わんばかりに青のローブを脱がされるのには抵抗した。
「変態!」
「変態はないだろっ。今の賢者さんは風呂嫌いのクソガキだっ!」
 男二人でぎゃ―ぎゃ―と騒ぎ、番台に座っていたおばちゃんから「うるさい!」と怒鳴りつけられた。
「すみません」
 とラグは謝りながら、アシューの口を手で塞いだ。
「言うこと聞けよー。俺は賢者さんのためを思ってやってるんだぜ?  体冷えたまんまじゃんか」
「宿のに入りますからいいです!」
 アシューはラグの手の隙間から言った。だが、ラグはもう無言でアシューの青いローブをはいだ。アシューも無言で抵抗を続ける。
 ふと、ラグの手が止まった。
「賢者さん……あんたのその体――」
 アシューの体の数個所には、大きな円形のアザのような物があった。アシューは服を胸元にかき寄せて言う。
「だから、嫌だったんですよ。見える人には見えてしまうのですから」
「どういう、こった?」
 ラグは真剣なまなざしでアシューに問いたずねた。
「小さくなってからしばらくしてからでしょうか。力が抜き取られていっているんです。その後遺症でしょう。魔力が弱い人間には一見分からないでしょうが、分かる者には醜く見えてしまう。だから、人前に肌を露出するのを避けていたのですよ」
 アシューの言葉に、ラグは手を離した。
「ごめん。俺、ものすごく悪いことをしちゃった気がする」
「分かっていただければ、それでいいです。私は先に帰らせていただきますよ。貴方はゆっくり湯に浸かってくるといい」
 アシューは手早く身支度を整えると、罪悪感に苛まれているような表情をしているラグの頬を撫でた。
「気にしなくても大丈夫。怒ってなんかいませんから」
 それだけ言いのこすと、アシューは足早にその場を去った。

 アシューはゆっくりとした足取りで、宿に戻った。確かに体は冷えきっていて、暖めた方が良いかもしれない。
 アシューはそう思ったのか、小さなバスタブにお湯をはり始めた。
 湿気を含んだ黒いマントをハンガーにかけ、暖炉に火を入れる。その前に黒いマントを吊るす。そして青いローブも脱ぐと同じ様に暖炉の前に置いた。そして、タンスに用意されているタオルを手に、バスルームに入った。ハイネックのシャツと厚手の綿パンツを脱ぎ、 下着も脱いで何もまとわぬ姿になる。
 お湯の中に手を入れて温度を確かめると、湯浴みをする。それが済むと、バスタブの中に身を沈めた。それと同時に深いため息が出る。
 目線を自分の体に巡らせると、やはりあのアザが目につく。両腕の部分、腹、心臓……力を溜めやすい場所には必ずアザがあった。そのアザは、年々濃くなっているようにも見える。残り少ないアシューの魔力を、吸い取るかのように……
 十五年と言う歳月は、人を変える。人が一人、成人になれる年月だ。
 それを、考えると、アシューの口からはため息がこぼれてしまう。
「あのリンティでさえ赤子からあんなに大きくなった……」
 ふと、村を出るときに会った娘を思いだした。美人、と言うのにはもう少し年数がかかるだろうが、アシューが住みついてから産まれた赤子だ、十五よりは下の年齢であろう。
 それも同時に頭をよぎり、アシューはずるずると脱力し、頭まで湯にすっかりと浸かった。

 アシューが風呂から上がってしばらくして、ラグが帰ってきた。髪が濡れているところを見ると、乾かさずに帰ってきたのだろう。
「ゆっくりしてくれば良かったものを」
 アシューはそう言って、ラグに入れたばかりの紅茶を渡した。
「だって、賢者さんのこと、すげぇ心配だったんだもん。なんかお姫様みたいで、消えいりそうだった」
 ラグはそう言いながら、アシューを見つめた。
「どちらかと言うと、君のほうがいつ消えてしまうのか心配ですよ。妖精ははかなげな印象がある」
「そか?」
 ラグはそう言って大きく伸びた。少し、はかなげ、と言う言葉には遠い。腕も胸もたくましく、腹に至っては腹筋が見事に浮き出ている。
 アシューは自分の体と見比べて、ため息をついた。確かに細い腕や腰を見ていると、自分の方が消えてしまいそうだった。
 しばらくしてから、アシューはラグに声をかけた。
「それで、貴方は何がしたいのです? その体になって」
「ん? 決まってんじゃん。賢者さんの力を取り戻す。賢者さんができないんだったら、出きる俺が手伝ってあげるのが一番良いでしょ」
 ラグはそう言って、紅茶をお代わりした。
「その手筈は整えてあるよ」
 そう言った途端、ラグが持っていた紅茶からプクプクと音がした。
「早速情報が来た」
 ラグがそう言うと、紅茶の中から小さな人間が顔をのぞかせた。サイズから言って、妖精であると言うのが正しいだろう。
「情報でーす」
 紅茶のカップから女の子が飛び出てラグに小さな筒を渡した。
「ありがと」
 ラグはそう言って筒を受け取り、妖精にキスをする。妖精は真っ赤になると、そのまま紅茶のカップの中に消えた。
「今のは?」
「紅茶の妖精」
 ラグはそう答えて、小さな筒からこれまた小さな紙を取り出す。
「そうではなくて」
 アシューの言葉を無視して、ラグは紙に目を通して行った。
「ラグ!」
「何」
 ラグは短く答えて何やら用意を始めた。
「何が書いてあるんです? その紙」
「秘密」
 ラグはウィンクを飛ばしてそう答えた。
「でもって、出かけるよ」
 ラグは荷物を持ち、アシューを肩に担ぐ。
「ちょい!」
 アシューは焦り、ラグの肩の上で暴れる。ラグはアシューを担ぎなおすと言った。
「追い追い話すからさ。今はとりあえず急ぐから」
 ラグは足早に宿を出る。そして街中を走りだす。
「何をしようとしているです!?」
 アシューは答えてもらえぬと思いつつも、そうたずねた。ラグは走りながら答える。
「これから列車に乗ってお仕事さっ」
 意味不明ではあるが、なんとなく話を結びつければ分からなくもない。先程の紅茶の妖精が持って現れた紙に、ラグを急がせる何かが書いてあったのだろう。
 ラグは汽車が出ている駅へと走っていた。エアフレイン城下町を始発として、何本かの魔動列車が出ている。始発ではあるが、再北端の駅であるため、そんなに本数は出ていない。だからラグが急いでいると言うのも分からなくはないが。



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