14


 エアフレインの城下町の薄い蒸気のはびこる中を、アシューとラグはしばらく歩き、町の通りにある小さなカフェへと入り込んだ。
 カフェ、と言っても洒落た感じではなく、どう見ても知合いぐらいしかこないだろう、と言うある意味庶民的な店だった。
 安っぽいツルッとした皮張りのソファーに、アシューが座った。
テーブルをはさんで反対側にラグが座る。ラグは座るなり、メニューを手に真剣な表情になった。
 アシューは、そんなラグを見て、自分の財布の中を思わずのぞきこんでしまった。小さな妖精だから、そんなに遠くへは行っていないと思って、小額しか持ってきていなかった。
「お金……あまり持参してこなかったら、高いものは頼むなよ」
 アシューは不安そうな面持ちで、ぼそりと言った。
「お金ならあるよ」
 ラグがあっさりと言ってのけ、手をあげて明らかに60代以上と見られる痩せた店主を呼んだ。
 一瞬間をおいて、アシューが怒鳴った。
「ど、どうやって手に入れたんです?!」
 身を乗り出すアシューに、初老の店主が眉間にしわを寄せて一歩<がる。
 ラグはアシューの頭を上から押さえつけるようにして元の場所に座らせると、答えた。
「さっきの毛むくじゃらのヤツ、いたろ。それを売ったら意外とナイスなお金になってさー。そもそも、途中の宿だって化けモン倒してもらったお金でとったわけだし。意外と人間って、面倒だよなー……俺ハンバーグとフライいっぱいのスペシャルランチねー。賢者さんは? お子様ランチがいい?」
 ラグはそう言ってケラケラと笑い声を上げた。アシューはムッスリとした表情を浮かべ、ラグからメニューを奪い取った。
「ハンバーグ定食と、ホットココア」
 アシューは初老の店主にそう告げると、ラグと目を合わさぬようにそっぽを向いてしまった。
 初老の店主は、注文を聞き終えテーブルを離れた。ラグが途端に笑い出した。
「賢者さんってばさ、甘党なんだねー。ココアだってさ! ココア! 普通人間の大人って、コーヒーとかじゃん!」
「文句あるのか!」
「いやいやいやいやいやー、賢者さんて、意外とおちゃめー」
 ラグがあまりにも笑い飛ばしたせいだろうか、アシューは自分が幼稚化していることに、少し不安ができてしまったようだった。
 黙りこんでしまったアシューを見て、ラグは笑いを止めて真顔になった。
「ところで賢者さんさ、本気で自分の力を取り戻す気、あるわけ?」
 ラグの言葉が、アシューの顔を曇らせた。
「それは……」
 アシューが何か言おうとしたとき、初老の店主がココアを持ってきて目の前に置いた。
「ごゆっくり……」
 小さく会釈をして、初老の店主が再びテーブルから離れる。
 アシューは白く縁の厚いカップを、両手で包み込むようにして握った。そして、目線をカップの中へと移し、何もしゃべらなくなった。
 そのうちに注文したハンバーグ定食と、スペシャルランチとやらが運ばれ、無言のうちに二人は食べ始めた。
 しばらくして、ラグが先に口を開いた。
「悪かったってばさ、賢者さん。いきなり言われたくなかったであろうこと言っちゃってさ。俺がさっき言ったことは忘れちゃっていいからさー。でも、俺なんか賢者さんのことほっとけなくって。一度大失敗したからって、いつまでも何もしないで引きこもってちゃいけないって思うんだよナ。実際のところ、俺がココまできた目的は温泉だったんだけど」
 ラグはそう言ってソースがたっぷりついたハンバーグのかけらを 口に放り込んだ。アシューは、付け添えの野菜を口に運びかけて、手を止めた。
「温泉……そんなの、ありましたか?」
「賢者さん……住んでたのに知らなかったのかヨ」
 アシューはコクリとうなずいた。
 ラグはため息をついて言った。
「まさか、住んでいた人にこの町の特徴を話さなきゃならなくなるとは思ってなかったよ。賢者さんは、自分の名前から取られたこのエアフレイン城下町に漂う蒸気、ただ寒くて暖房効かせすぎだから、とか今まで思ってたッポイけど……暖房使いまくってるだけじゃこんなに霧とか靄に覆われたりしないって。ところどころに温泉が沸いてて、その温泉が町全体に行き渡ってるからココは暖かい訳だし、こんな寒い場所まで人が来るんじゃん」
 ラグは、アシューが納得したような表情を浮かべているのを見て、最後にこう付け足した。
「頭のいい人ってさ、案外生活感のある事考えるの苦手だよな」
 アシューはラグのこの最後の言葉は耳に入っていなかった。ただ窓の外を眺め、心中で「この靄はそのためだったのか……」などと納得していたのだった。
「それでさ、賢者さんさ、この近くに……って、聞けってば」
 アシューはラグに頭のてっぺんを手のひらで押さえ込まれ、顔の向きを無理矢理変えさせられた。自分の意思とは関係なく首の向きを変えられたので、少し痛い。
 アシューは首をさすりながら答えた。
「なんですか、突然。別に話なら聞いていますよ」
「そう言う風には見えなかったんだけど。ま、それはともかくとして、俺から一つ提案があるんだな。これが」
 ラグはそう言うと、もったいぶるかのように一呼吸置き、ついでグラスに注がれている水を一杯飲み干した。
 アシューがそんなラグを見て苛ついて言った。
「それでなんなんですか!」
「賢者さんは意外と短気なんだねー。せっかく温泉があるんだから、 入っていかないともったいないだろだろ? 俺だってせっかく人間サイズになれたんだから、少しは楽しまないとさ。だから、温泉はいろーぜー」
「いやです」
 アシューの即答に、少し面食らったラグ。数秒策を巡らした後、懐から財布を取り出して注文分の代金のテーブルの上に置くと、「ご馳走様!!」と言うのと同時に、アシューを抱き上げた。
 ラグはそのままアシューを肩に担ぐと、店を飛び出した。
 アシューはラグの上で騒いだ。
「降ろしなさい!! あんまりふざけると、本気で怒りますよ!」
「怒ったところで賢者さんは俺に勝てないだろー。それに、そんなに暴れてると、ガキが風呂に入りたくないって騒いでるだけに見えるぞー。俺も恥ずかしいけど、賢者さんの方がもっと恥ずかしいヤツだぜ〜」
 ラグは暴れるアシューを気にもせず、町の人ごみの中を走り抜けてゆく。アシューは暴れるのをやめた。
「降ろしなさい。賢者たる私が何で大衆の使う温泉なんぞに!」
「もう賢者の面影なんて残っていないんだから、あんまり気にすることじゃないって」
 ラグの言葉に、アシューはもう返す言葉がなかった。ただ、アシューは自分の気分が暗くなっていくのを感じるばかりだった。
 別に、温泉が嫌なわけではなかった。ただ……



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