悪の賢者さまのゆううつ。一章。

無料-出会い-花-キャッシング-アクセス解析

１２

　アシューがエヴィエンデ国の最北であり、大陸の最北に位置するラナッシュ村から、三日も南に下ると、気候がいくらかやさしくなったように感じる。実際には、エアフレイン城の城下町の熱気からきている。
　北の地方の国だと言うのに、城があり、町が活気があるのが一見謎に思われるが、それにはわけがある。
　城の名を見てわかるとおり、元々はアシューが居住のために構えた城だった。そのアシューの力に守りを求めた人々が寄り集まり、城下できたと言うわけだ。多くの施設が建てられ、寒い中でも快適に過ごせる設備の整った町から、今更人々が離れるわけもなく、いまだに活気ある町であるようだ……
　それを疎ましく思いながら、アシューは、自分の城を見上げた後、町を見渡してつぶやいた。
「懐かしいな……」
　アシューにとって、十五年ぶりの帰還とも言えるだろう。
　昔、一人で城下町に下りたことがあった。冬になると、家の煙突から出る煙で町全体が真っ白になった。城から見ると、雲の下に町があるように見えた……
　そんなことを思い出していたのか、アシューは人にぶつかりながら、町を抜けようとした。
だが、ふと何か呼び止められるような気配を感じ、足を止めて感じるままに左にある宿屋を見つめた。
　アシューが宿屋の扉をじっと見つめると、扉にうっすらと文字が浮かび上がった。それは隠密の手紙などに使われる、特定の人物にしか見ることができない、魔法がかけられた文字だった。
　扉には、
“お疲れさん。ここまで二日三日まともに寝てないだろーから、ここは俺のおごり。金は払ってあるよ”
と、書かれていた。事実、アシューはここ三日ほど寝ていない。今まで通ってきた村や町にあるカフェで、ココア一杯を注文すると、一時間ほどその場でうとうとと仮眠を取る程度だった。
　うそかまことかわからないが、アシューは宿屋への扉に手をかけた。扉に浮き出た文字は同時に消えてゆき、元に戻った。
　中に入ると、白い壁紙に覆われた清潔感のあふれた雰囲気がアシューを迎えた。左端にあるカフェスペースでは、ベージュのイスとテーブルのセットが置かれており、旅人と思わしき人々が窓の外を眺めながらお茶を飲んでいる。右側には、同じくベージュのソファーとテーブルが置いてあり、女の人が一人座っていた。
　アシューが受付のカウンターに目をやると、二人が受付をしている。片方は、ソファーに座っている女性の連れだろう。アシューは、二人がいなくなると、受付に歩み寄り、カウンターの端に手をかけて飛び上がった。
　気のよさそうな初老のやせた男性が、アシューを見るとにこりと微笑んだ。
「何か御用かな？」
　どうやら、この初老の男がこの宿のすべてを管理しているようだ。
きっちりとしたスーツ姿の胸元には、オーナー：ケイル・ケシューとかかれた名札が止められていた。
「えと、ケイルさん……数日前にちっこい男がきて、アシュー何とかって言う名前か、ラグナ何とかって言う名前で予約してくれたと思うんです」
　アシューはそう言って、初老の男性ケイルを見上げた。オーナーはしばらくアシューを驚いたような表情で見つめた後、答えてくれた。
「アシューさまですね、ご予約、承っていますよ。三階の一号室です。一人旅なのですか？」
　アシューは、しばし返答に困った後、言った。
「はい。おじさんに用事を頼まれて。予約してくれた小さな男は、きっとおじさんの使いだと思うんですが、どんな様子でした？」
「小さくはなかったねぇ、どちらかというと大きかったですよ。おじさん本人だったんじゃないのかな。とても元気そうでしたよ。いまどき珍しくさわやかな青年だったねぇ……」
　アシューはオーナーの言葉に首をかしげた。オーナーはそんなアシューの手にキーを一本握らせ「左端に階段があるから、そこからあがってすぐだよ」と教えてくれた。アシューは不可解そうな顔をしたまま、キーを握ってカウンターから降りた。
　部屋への階段をのぼりながら、オーナーの言う言葉に疑問を浮かべるアシュー。“さわやかな青年”。ラグは一体どんな魔法を使ったのだろうか。部屋に入ってからも、しばしそのことについて考えていたアシューだったが、あげた魔石で幻術のひとつでもやったんだろう、と言う結果にたどりついた。それで納得したのか、アシューはベッドの上で何日かぶりに熟睡をしたのだった。

　翌朝、オーナーに見送られ、アシューは宿を出発してラグが待っていると言う南の森――ベルツ湖を目指して歩き始めた。一日休んで疲労が回復したのか、アシューの歩みは早かった。何よりもラグの所在地を示す羽が近づく主の下へと早く帰りたいらしく、アシューを引っ張っていった。

Ｎｅｘｔ
 ＴＯＰ
 ＮＯＶＥＬＴＯＰ
 HOME