悪の賢者さまのゆううつ。一章。

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１１

　アシューは、コツコツと何か硬いものを叩く音で目を覚ました。一瞬なんだかわからなかったが、ラグが帰ってきたのではと慌てて起き上がって窓へと急いだ。
　だが、アシューの予想に反して窓にいたのは、小さな鳥だった。口に何かくわえている。
　アシューは中に入りたそうにしている小鳥に窓を開けてやった。
小鳥は「チチッ」と鳴くと、小さくはねて中に入ってきた。そして、くちばしにくわえていた小枝をアシューの前に落とした。小枝には小さく折りたたんだ紙が結わえ付けられていた。
　アシューは、小さな紙を丁寧に広げると、眉を寄せて小さな文字を読んだ。
「“誰が帰るか、ナマグサ賢者！　さっさととりにキヤガレ！”」
　アシューは、紙を握り潰した。
「マヌケのくせに！」
　アシューの怒鳴り声に、小鳥は驚いたようにして窓から飛び立っていった。
「所在地ぐらい知らせてくださいよ……まったく」
　アシューはブツブツ言うと、ベッドの下から黒く古ぼけた革のカバンを引きずり出した。その中に、洋服をいくつか詰め込む。また、テーブルに置かれていた魔石をまとめビンに入れ、かばんの中に放り込む。そして、現金を少々と、一番使う魔術書と、先ほど取り出してきた魔術書もカバンに入れる。
　そして、残ったラグの羽を一枚魔方陣の上に置き、発動の文句を言う。
　浮かんで、窓の辺りをうろうろとし始める羽に糸をくくりつけ、アシューはカバンを肩から下げた。準備ができたかと思うと、暖炉に水をかけて火を消した。

　外に置きっぱなしのカゴに、いつもと同じ牛乳一本と、卵が一つ入っていた。アシューはそれを複雑そうに見つめると、中に一度戻って“しばらく留守にします”と書いてドアに貼った。そして、卵に一言、“いつもありがとう”と書き込み、カゴに戻した……
　そうして、アシューはドアに鍵をかけて雪の中を歩き始めた。

　雪の森の道を数十分も歩くと、小さな村が見えてきた。五～六年程前から、ようやく姿を見せる決心をした村だった。確かラナッシュと言う名であった。
　ラナッシュ村は、一軒の屋敷と、三～四十件程度の集落、屋敷が援助する孤児院があった。孤児院では、二十人前後の子供たちが暮らしていたと、アシューは記憶している。
　その村の横を、羽に導かれるままに雪の道を歩く。動き始める村を通り過ぎようとしたとき。
「アシューちゃん！　あなた、フレインさんのところの、アシューちゃんじゃない？」
　アシューを、若い女性の声が呼び止めた。アシューは、フレイン・ガルドなる人物をでっち上げ、その者の弟子であると昔村の人間に聞かれたときにそう答えたことを思い出した。
　声に振り返ると、そこには愛らしい顔をした娘がいた。白いふさが袖やすそについた赤いコートを着ており、かぶったフードからはくすんだ金髪がたれている。
　娘はフードを取り、立ち止まったアシューに近寄ってきた。アシューは、目の前を漂う羽を袖の中へと引き込んだ。羽のことを聞かれても、話したくはなかった。
「私よ、リンティ」
「えと……」
「忘れちゃったの？　ひどいなぁ、もぉ。ほら、この間は孤児院で会ったよ。アシューくん、あんまり背が伸びてないねぇ」
「そう、だな。父親もそうだった、１８ぐらいでようやく人並みになって、それからの成長は早かったらしい」
　リンティはにこりと笑ってアシューの頭をなでた。
「へぇ～、早く大きくなるといいねぇ。おねえさんは楽しみにしてるぞっ、と」
　リンティはそう言って、アシューの頬をつついた。どうやら、アシューを１２～３の子供だと思っているらしい。
「それで……これからどこ行くの？」
　リンティは、アシューのカバンに目を落していた。アシューは、子供らしい笑みを浮かべて答えた。うまく化け切れているようだ。
「ちょっとね、フレインおじさんに用事を頼まれて。本を持ってきてほしい、って言うお使いなんです」
「どこまで？」
「南の方の森にいるとか言っていました」
　リンティは空を見上げ、何か考える様子を見せる。そして、思い出したかのように手を叩いた。
「あ、南の方の森って、三～四日歩いたところにあるベルツ湖のあるところじゃない？　この辺の住人だったら、南の森と言ったら、そこしか思いつかない」
「そこだと思います。それじゃ……」
　アシューは逃げるようにしてリンティの前を去った。リンティはそのあとも少し考える様子を見せ、アシューの背に怒鳴った。
「ベルツ湖の周辺の森は危険だよ！　気をつけてね！」
　そう言うリンティの忠告は、走るアシューの耳には届いていないようだった。

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