二章 1


 遠くにあった炎は近づくにつれ、三本の巨木を囲むようにして燃えているのがわかった。
 等間隔に火が設置されている。
「村?」
 ラグの質問に、アシューは歩みを早めながら答えた。
「巨木が二本以上連なって立ち並ぶポイントがいくつかあるんです。そこがレモドの民の定住場所になっていて――」
「宿もあったりする!?」
 ラグの言葉に、アシューはうなずいた。
「とは言え、他の国のものよりかなり違いますがね」
 先行くラグの背中にアシューはそう言った。そして、更に付け加えた。
「必ず、宿がとれるとも限りませんよ」
 アシューのその言葉に、ラグはダッシュを始めた。宿をいち早くとろうと思ってか、聞きたくないことは聞かないようにしているのか。

 ラグの心配はよそに、宿はとれた。と言うのも、どこの宿も人がさほど姿を見せていなかったからだ。
 何せレモドの国が大変な時期である。旅人などは国外へ一時非難しているのだろう。レモドの宿は、そもそも国外の者達だけにあるようなものなのである。レモドの国の者ならば、自分一人寝起きする用意はできているのだ。
 宿の一室に案内されたラグは、部屋に入るなりため息をついた。
「賢者さん……この建物、一体なんて言うの?」
 ラグが尋ねたのもわからなくはない。天井はとても低く、布が張ってあるだけ。その布を張るのに数本の細枝が使われており、八方より中心に集まるようになっている。その天井の中心を、地中に埋められていると思われる太い木が支えている。
「レモドの移動民族が使っているものでですね、パオと言うらしいです。下に敷かれているのは、外に生えていた草をより集めたものですよ」
 ものめずらしそうにしているラグに、アシューは軽く説明をしてやった。
 アシューはしばらくして、「食事を買ってきます」と一言残し、パオを出た。その背後で、ラグは布を幾重にも重ねて作られたベッドに倒れこんだ。

 アシューは獣人の合間を縫って歩いた。レモドの国は獣人でとても有名な国だった。昼は人であり、夜は獣に変わる。少し不思議な力を兼ね備えた人種が多い。普通の人よりも力が強い分、魔力保持力は少ないと言われている。
 アシューは一つの屋台の前で止まった。薄い鉄製の鍋の中で、肉や野菜が踊っている。普通の肉と少し変わった香りに、アシューは店主に話しかけた。
「それ、どう言う風にして食べるんですか?」
「パンに挟んで食べるとおいしいよ。一つ買っていくかい?」
 店主の笑顔に、アシューはうなずいた。
「二つ、お願いします」
 店主は「あいよっ」と威勢良く答えると、丸く毛の生えた耳をピクピクと動かした。店主の背中からは、ピンク色の細くて長い尻尾が揺らめいている。
「ラウリー……族、ですか?」
「だよ。尻尾がないのはナウリー。とは言っても、事故や自ら切ってしまったりと区別なんてほっとんどつかないけどなぁ」
 店主はそう答えてアシューにパンを渡した。アシューは銅貨を三つ渡した。店主は銅貨を受け取り、「おまけだよ」と言ってヨーグルトを一ビンくれた。
 アシューは、食べ物の入った袋を抱え、しばらく街中をさまよった。街中、と言っても道のいたるところから雑草が生え出ている。そして、時間が時間なのだろうか、大きな四足の獣が徘徊するようになった。狼や猫の一種のような大きな獣に、馬……馬に限ってはどこからか逃げてきたのかもしれない。主が人間だったのならば、突然に現われる獰猛な獣に驚き、逃げ出したとも思える。
 ただ、全部が全部獣化することはないようだ。店をやっている、耳が獣の者達は人の姿のままだ。多分、獣化することによって弱くなってしまうために、元の姿に戻る必要性がないのかもしれない。
 アシューは変わり行く町の姿をしばし目に焼き付けた後、パオに戻った。
 パオの中では、ラグがスースーと寝息を立てていた。どうやら相当急いでアシューに追いついたらしく、疲れているようだ。
「はて、一体どうやて私に追いついたのでしょうか? 食べないんですか、せっかく買ってきたのに」
 アシューは腹を出して眠っているラグの頬をつついた。そして、顔の近くに買って来たパンを持ってくる。すると、ラグの鼻がピクピクと動いて――飛び起きた。
「いただきまーす!」
 ラグはアシューの手からパンを奪うと、早速口に頬張った。アシューは少しの間、空いた手を見つめていたが、自分も食事を始めた。
「それで、どうやって私に追いついたのですか?」
 ラグは、ヨーグルトを手に、言った。
「渡り鳥に乗せてもらった。空は早いからね、一日で国境だろうがなんだろうが越えられるみたいだよ。このヨーグルト、飲んだほうが早いねー」
 ラグはアシューの問いに答えると、ヨーグルトを飲み始めた。ほのかな甘味と酸味がとても味わい深いヨーグルトで、フルーツなどと一緒にしても美味しいかも知れない。
「そう言う手もありましたか。小さい妖精だから、可能な事ですが。でも、どうやってまたその姿に? 力は私が持って出たはずですが」
 疑問を口にしたアシューを、ラグはじっと見つめた。そのうちに目線を右上に動かして悩む様子を見せた。
「それがわかったら、俺ってば天才じゃない? それは冗談として。実は賢者さんの力を、ビンに少し貰っといたんだ。元々魔力を封じ込める為に使うヤツ。ほら、賢者さんの解熱薬を取りに地下に行ったじゃん。その時に見つけたんだ。で、その中に入れておいたんだ。もしもの時の為に借りておこうかなーなんて思って。途中、ビンにヒビが入ったときはドキドキしたけど」
ラグはそう言って、懐から小さなビンを取り出した。ビンにはヒビが入っている。
「なるほど、そう言う手がありましたね。意外としっかりしているのですね、貴方も」
 アシューは靴を脱ぎ捨て、ベッドに横になり、まるで猫のように丸くなって目をつぶった。
「……賢者さん、寝顔かわいいよ」
 ぼそりとこぼしたラグに、アシューは片目を開けて答えた。
「魔女達にも良く言われましたよ」
 そう答えた数秒後、ラグが聞き取れるか取れぬかの声で言った。
「魔女達、って、達って……俺、子供だからわかんないけど、相当荒れた生活してたの?」
「個々の国の厄介事を片付けに行ったりしてました。各国の魔女と知り合ったのはその時です。宿に泊まるのは他の人に迷惑がかかりますし、かといって国の城にとどまるのは争い事の種にもなる。そうなると、国王も手出しのできない強い権力を持ち、更に魔力に長けて人々から恐れられる魔女の元に厄介になる。それが普通でしたから――その目は、違った意味で信じていないですね」
 ラグは、深くうなずいていた。
「まぁ、ご想像通りですが。レモドの国で有名なのは、ロスフィアの魔女ですよ。ついでに言いますと、エヴィエンドに魔女は居ませんよ」
 アシューはそう言って黙った。ラグは「どうして?」と疑問を口にし、アシューの横に転がった。
「エヴィエンドは、元々人が足を踏み入れぬ土地として有名でした。魔物の発生地、と言われていたぐらいですからね」
 アシューの瞳が、過去へ思いを寄せて細くなった。
「その話、聞かせてよ。なんかあったっぽい言い方してる」
 ラグはアシューの頬をつつきながら言った。アシューはラグの手を払うと、ため息をついた。
「昔話をせがむような体格してないくせに、まったく」
 ため息の後に、アシューは目をつぶり、ゆっくりと口を開いた。



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