二章 2


*          *          
 冷たく乾いた風が草原を駆け抜けた。風は草原に立つ巨木から葉を巻き上げてゆく。
 風に舞った一枚を、彼女が捕まえた。黄金に輝く金髪、少し焼けた肌。魔女はそのほとんどを自分の城や屋敷の中で過ごす。そのためどの魔女も肌は白い。彼女、ロスフィアはその大半を外で過ごしていた。その点が他の魔女と少し違っていた。
 それと、彼女が他の魔女と少し違う点――ロスフィアの側頭部からは、とがった獣の耳がぴょこりと出ていた。その腰の辺りからは細くて長い尻尾が何本も生えていた。どれも猫に似たようなものだったが、どの生き物の血が流れているかは聞いた事がなかった。
「アッシュ。ここが人と獣と魔物との国境地点。どうして最北の土地なんか欲しがるの?」
 ロスフィアは言いながら髪をかきあげた。彼女は私のことをアッシュと呼んだ。髪が常に銀色になっていたことも手伝って、そんな名前で呼ぶようになっていたのだろう。
「元々人が魔物を国境の向う側へ追いやったのですよ。ほんの数年前の出来事ですがね。その土地を、再び取り戻したいだけです。私の、生まれ育った場所を」
 私はそう言って、ロスフィアの髪を撫でた。
 ロスフィアは首をすくめて言った。
「あんな寒いところに人が住もうっていうんだから、驚きよね。五年前だっけ? エンデガルドが国境作るって言ったって。それまでは王を持たない最北二国って言われてたのに。国境を作って人と魔物とを分けた。そして、獣と人も。悪くはない提案だったから飲んじゃったけどね。悲しむ人が居たのね」
 ロスフィアはそう言って私の頬を撫でた。
「私が魔物を滅ぼせばいいことだけですよ」
 私はそう言って国境に身を移動させた。
 目を最北の地に向ける。広大に広がる木々には、雪が白く化粧をさせていた。その遥か向う、雪とモヤの先には海岸線があるはずだ。その海岸線に一番近い森に私は幼少時代住んでいたと思われる。ただ、それが忘れてしまうほどの昔の事だった。あまり記憶のない場所なのだから、固執する事もないのだが……
「生まれたところは、大事よ。体の全てに染みこんでいく。そこの空気、水。命になり、魂になってゆく。アッシュがその場所を欲しがるのもわかる。魂が求めてるのよ――それとも、寒さにつけこんで可愛い女の子でも連れこむ気?」
 ロスフィアはそう言って朗らかに笑った。
「そう言うつもりでは。ただ、私もたまには一人になりたいんです。エンデは大陸の中心に居たがる。エンデの言うがままに力を貸していては、私の髪はそのうち白髪になってしまいますよ」
 私は貸すかに笑い、ローブの裾を広げてその場に座りこんだ。レモドから吹く風がローブを私の前へとなびかせた。
 ロスフィアの手が伸びて、私の髪を触った。
「ずっと、力を抜かれているの?」
 私はうなずき、懐から笛を一つ出した。
「強化結界を張るために呼びだされた時は髪が白くなりますけどね。レスティカと交互で結界を重ねているんですよ。後は時折各国の魔女の手をお借りしているわけです」
 そう語ると、ロスフィアは怪訝そうな顔をした。
「もしかして私は私用で呼びだされたわけ?」
「まぁ、そんなところです」
 ロスフィアの表情がムスッとなった。そんな表情の彼女はとても可愛い。
「しかも理由が里帰りがしたい? 賢者様とあろうものが、どうしてそんなブルーな事言うかな。何か忘れ物なら取ってきてあげるけど?」
 ロスフィアはそう言って笑った。
 私は微笑みを返した後、笛を唇につけてそっと息を吹きこんだ。
 しばらくしてドラゴンが羽ばたきと共にレモドの草原に降り立った。ドラゴンを見て、ロスフィアはあっさりと私の側を離れた。そして、ドラゴンに飛びついてゆく。
「あっさりふられましたかね、私は」
 国境の上からロスフィアに声をかけた。ロスフィアは少しだけ私にふり返り、笑顔で答えた。
「私にとって人のほうが異色よ? 区別がつかないの。でも、獣の気持ちはわかる。どんな無口な男よりも獣の方が良く喋ってくれるもの」
 ロスフィアと私のドラゴンは、頬を寄せ合い、とても親しげだ。
 少し複雑な気持ちになりつつ、私は再び最北の大地に目を向けた。乾いた風に雪が混じって吹きつけてきた。
「無口な男は、ずっと無口なままなのかしら?」
 気づくと、ロスフィアが私の横に立っていた。
「私は、無口なんでしょうか」
 不意に、私の口から疑問がこぼれた。ロスフィアは子供のような笑顔を浮かべた。
「無口ね。実際に動きも少ないから、貴方から思考を読み取るのは至難の技よ。自分の意思を読み取られない。それが賢者の心得かしら?」
 彼女はいつも私をからかい、そしてとても優しく撫でてくれる。いつもはその優しい手を受け入れるのだが、今日はいささか冷たさを感じていた。きっと、あの地で増えているであろう魔物の数と強さを考えていたのだろう。もしくは、特に何の前触れもなくフラリと現れて、今回のことを持ちだしたせいだろうか。
 私はドラゴンの背に飛び乗り、ロスフィアを招いた。彼女の伸ばした手を取り、私は彼女をドラゴンの背に乗せた。
 ドラゴンは飛翔し、十数メートルもある国境を簡単に越えた。



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