一章 7


 三十分経った頃、操り人は懐中時計を見ながら戻ってきた。
「さてと、もう一がんばりだね。お坊っちゃんは寝て過ごすといい。力仕事して、疲れたろうから」
 操り人はそう言って、魔車のドアを開けた。アシューは魔車に乗り込み、横たわった。操り人はそれを目を細くして微笑むようにして見つめた。
 魔車はゆっくりと動き出し、魔獣レッダーは山を昇り始めた……
     *          *

 アシューは、軽い揺れで目を覚ました。目をこすり、窓から外を眺めると、山肌をゆっくり滑るように降りているところだった。
 山肌にはほとんど雪がなく、乾いた木々が立ち並んでいた。
「そろそろ、レモドですね」
 アシューが声をかけると、操り人は弾んだ声で答えた。
「そうだよ! お坊っちゃん、山道を下るときは酷く揺れるときがあるから、しゃべる時は気をつけるんだよ――でも、やっぱりレッダーは山をかけ降りる姿が一番良いね!」
 操り人に言われ、アシューは窓から顔を乗り出させた。
 朝日を受け、走る魔獣レッダーの毛皮は波打つ銀のようだった。
 辺りは朝もやで、視界ははっきりしない。
「夜明けの雲海を飛ぶドラゴンの背のようです」
 アシューはそう言って、笑った。
「おやおや、まるでドラゴンの背に乗ったことがあるみたいだねぇ、お坊っちゃんは」
「ええ、急ぎの時はドラゴンを使っていましたから」
 アシューはそう答えて、慌てて口を手で塞いだ。そして、言い直す。
「実際は、一度だけですが。おじさんがいつも急ぎのときはドラゴンを呼びだすんです。ただ、魔石がとても必要だから、滅多にないですが」
 アシューは適当にウソをついた。確かにドラゴンを召喚する際には魔石が大量に必要となる。だが、アシューは実際遠くの暖かい地にドラゴンを飼っており、そこから直接呼び寄せていた。冬場は半ば冬眠してしまって使えないドラゴンだが、夏の暑い時期にバテる魔獣レッダーの代わりとして使っていた。
 エンデから、賢者としての威厳を保つために常用しろ、と頻繁に言われていたことが思いだされる。
 アシューは操り人に頭を撫でられ、眼下に広がる風景に目を向けた。
 山を下ったところで森は終わっており、その先は広大な草原だ。その更に向う側には、草原を突っ切る竜のような石壁がある。それが、エヴィエンドとレモドを隔てる国境だった。
 国境と、森の間には小さな町があった。魔車は迷うことなく町を目指していた。魔車は小刻みに揺れ始め、徐々に速度を落としていった。

 レモドとの国境の村は多々あるが、エアフレインから一番近い町のようだ。とは言え、山を二つ三つ越えているせいで、気候はガラリと変わる。
 アシューが町に降り立った時には、冷たく乾いた風が拭きぬけ、思わず身震いした。
「ファリアードの町におじさんがいなかったら、国境の町をつないで走っている魔動列車に乗るといい」
 操り人はそう言って、アシューの頭を撫でた。
 アシューは礼を言って、魔獣レッダーに餌をやり始める操り人に別れをつげた。

 アシューは、まだ目覚めたばかりの町を歩き始めた。
 街では、新聞の配達を終えたと思われる少年が、小銭を手のひらでちゃりちゃりと鳴らしながら走っていた。アシューは少年を目で軽く追うのと同時に、開いている店を見つけた。
 アシューは店の中をのぞきこんだ。どうやら夜間酒場として開いていたようで、やたらと酒臭い空気が漂っていた。これからの時間、人を変えてまた違う店を開くようだ。眠そうな男と、身支度を終えたばかりの男が、交代を始めていた。
 店の中を掃除していた、一人の女性がアシューに気づき、中に招きいれた。
「まだ掃除の時間で、出せるものないけど、座ってく?」
 アシューはうなずき、女性の恩恵を受け入れた。
 掃除が終えられた席にアシューはちょこんと座り、外を眺める。朝の街を、薄もやが覆い始めていた。そのもやをかき分けるように、向かいの店が掃除を始めた。
 あまりに穏やかな光景に、国境壁一枚隔てた所に徘徊する魔物の事など忘れてしまいそうだった。
 徐々に染み入る太陽を見つめていたアシューの耳に、コトリと音がした。
「これ、私のおごり」
 女性は微笑んで、ミルクの入ったカップをアシューに近づけた。
「ありがとうございます」
 アシューは微笑みと礼を返した。女性は仕事が一段落したのか、アシューのすぐ近くに腰をかけた。
「見かけない顔だけど、どこから来たの? まさか、国境越えてきたの? 最近、物騒になってるって聞くもんね」
「いえ、これから国境を越えるんです。まだ開いているのですか? 国境は」
 アシューの答えに、女性は目を丸くした。
「僕一人で通してくれるかな? 向うから入ってくる者は拒まないみたいだけど、こっちから向うに行くのは厳しいと思うよー。まぁ、退治屋みたいな大人だったら若干行き来してるけど」
 退治屋、と聞いてアシューの顔色が曇った。
「本当に、物騒な感じになりましたね。ミルク、ごちそうさまでした」
 アシューは、カップの中身を飲み干すと、女性にお辞儀をして店を出た。
 店を出た足で、アシューは国境へと向かった。
 エヴィエンドとレモドとを分ける国境は、朝日を浴びて白く輝いていた。実際のところ、この国境にあまり意味はない。三賢者であった時代に、魔物を分ける為に作ったものだった。
「魔力を流しこんで作っておいて良かった。そうでなかったら、この国境などとうに魔物に崩されていたでしょうね」
 アシューは少し自慢気に言うと、壁に触れた。
「さてと、流石に子供の姿では通してくれないでしょうから……どうしましょうか。ラグのように自在に大きさを変えられれば良いのですけれどね」
 アシューはまるで子供のように壁に手をつけてそのまま歩き始めた。
 しばらく歩くと、詰め所が見えてきた。困ったことに、見張っているはずの兵士がぐっすり眠っている。
「どうも、お疲れ様です」
 アシューは口を開けたまま眠っている兵士を見て微かに笑って通りすぎた。



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