一章 6


 しばらくの間、自分の前髪を気にしていたアシューだったが、すぐに飽きてしまったようだ。窓を叩いて、操り人に話しかけた。
「おじさんは、休まないのですか?」
 操り人は振り返って答えた。
「そうだねぇ、いつもなら明け方まで待つんだけれどね。お坊っちゃんがいい魔石をくれたから、レッダーたちが喜んで走りたがってるんだ。それを無理矢理休めるのが、かえって気がとがめてねぇ」
 操り人はそう言って、一つあくびをした。
「それに、この子達とは長い付き合いでね。私がうたた寝していても、ちゃーんと目的地までたどり着いてくれるんだよ。だから私が起きているのは、実はこの子たちが他の魔獣たちに襲われないか見守っているためなんだよ」
 長い間、魔車を引いている間柄なのだろう。優しい操り人の声に、魔獣レッダーの速度が少し遅くなった。
「お坊っちゃんも、隣に来てレッダーが走る姿を見るかい?」
「ええ、お邪魔します」
 アシューはそう答えると、小さな窓を全開に開けて、そこから身を滑りこませた。
 御者室は、小さな暖炉があるせいか、とても暖かかった。御者室の前面はガラス張りで、レッダーが長い胴をうねるようにして走るのが良く見えた。魔車からぶら下がっている光に、魔獣レッダーの毛皮がキラキラと反射してきれいだった。
 魔獣レッダーの吐く息は白く、すぐに後方へと流れていった。
「この子たちが夜走る姿が、私はとても好きだよ。まるで銀世界の使者のようでね」
 操り人はそう言って笑顔を浮かべた。その手には、魔獣レッダーの手綱が軽く握られていた。
「おじさんは、どのくらいこの子たちと一緒なの?」
 アシューは子供らしく、そうたずねた。操り人は少し考えた後、答えた。
「そうだなぁ……お坊っちゃんが生まれるずっと前からかな。ざっと二十五年ぐらいかなぁ。本当におとなしくていい子たちだよ」
 操り人は、穏やかな笑みを浮かべ、アシューの頭を撫でた。
「エアフレイン城にも、レッダーがいた?」
 アシューは、唐突にたずねた。そして、慌てて口を押さえる。操り人は前を向いたまま答えた。
「そうさなぁ……珍しいレッダーだったことは覚えているよ。一匹は白い靴下を履いたようなかわいらしいメスで、もう一匹は白に近い感じのオスだったなぁ。まだ居ると思うよ? あの城は、ずっと誰かの手によって管理されているようだからねぇ。今だ帰らぬ賢者様を待っているんじゃないだろうかねぇ」
 アシューは思わずうつむいた。そして、震えだしそうな声を絞りだして、操り人に質問を出した。
「誰かに管理されているって……」
 操り人は顎を軽く撫でてしばらくうなっていたが、思い起こしたように答えた。
「確か、賢者様に世話になったから、と魔物が管理しているようだよ。最初の頃は魔物が住みついたと、離れる人々も居たのだけれど――魔物は何もしなかった。そのうち、離れた人も戻ってきて、元のエアフレインに戻ったね」
「魔物?」
 アシューは眉を寄せ、眉間にシワを作った。いくつもの魔物、魔獣と契約を交した覚えはあるが、城を守れと契約した魔物は居なかった筈だった。
「一応、人の形はしていたようだよ。まぁ、うわさだとは思うけれどね。大陸一の美青年って言われていた賢者様だ。言い寄ってくる女性はいっぱい居ただろうし、そんな中の一人が城を買い取ったんじゃないかねぇ」
 操り人はそう言って笑った。
「そんな女性は身に覚えがありませんけどね……」
 思わず口走り、アシューは咳払いをした。
「リモンドの魔女、アッチニラの魔女……カーディネラの魔女?」
 どうやら、アシューと魔女はとても親しい関係にあることが多いようだ。
「お坊っちゃん……ずいぶんと美人魔女の名前を知っているんだねぇ」
「ええ、まぁ」
 アシューは操り人に突っ込まれて、ご魔化すように返事をした。
「おじさんが知りあいなのですよ」
 操り人は魔獣レッダーの速度をゆるめながら苦笑いをしながら言った。
「じゃあ、レモドのロスフィアの魔女も知っているんだろうね」
 アシューは口を半開きのまま操り人を見た。そして、小声で「忘れていました」と呟いた。アシューはしばらく自己嫌悪に陥ったかのような表情をしていた。
 そうこうしているうちに、魔獣レッダーは、一つの村で足を止めた。操り人は手綱を置くと、首にマフラーを巻いた。
「荷物を届けるのと、餌をあげないといけないんでね。しばらくここで休憩だ。田舎だから、開いてる店もないと思うけど……どうする?」
「少し、新鮮な空気を吸って来ます。出発はどのくらいですか?」
 アシューは御者室から降りながら操り人にたずねた。
「三十分後かな」
 操り人は言いながら、近くの井戸から水をくみ上げ始めた。それを見て、アシューはカバンから魔術書を取り出した。
「お手伝いしますよ」
 そう言いながら本をめくってゆく。そして、本に書かれている、水を自在に操る言葉を述べた。アシューが手を広げて頭上に掲げると、水が吸い寄せられるように集まってきた。アシューは、手のひらに適度に集まった水を、動物用の水飲み桶にそっと置いた。水は桶の中でゆっくりと波紋を広げて行った。
 アシューの背後では、操り人が手に息をかけながら、感心したように言った。
「へぇ、お坊っちゃんは魔法が使えるんだねぇ――おやぁ、妖精だねぇ」
 水飲み桶の縁に、透明な羽の妖精が三人ほど座ってアシューの方を見ていた。
「ええ、今回は妖精にお願いしました。いたずらも好きなのですが、ちゃんと働いてくれるときは無償なんです。最近は、小さな力も侮れぬものだと、感じているんです」
 アシューはそう言って、妖精を優しく見守った。その内の一人は、魔獣レッダーの額に腰かけ、鼻頭を優しく撫でてやっている。
「そうだねぇ。見かけは小さくても、私よりずっと魔力を持っているのだからねぇ。さてと、私は荷物を届けてくるかな。そうそう、この餌もあげておいてくれないか?」
 操り人はそう言って、荷台から箱の包みと、大きな餌袋を取り出した。餌袋をアシューに渡して、近くに置いてあった餌箱を引っ張ってくる。
「無くなったら足す、無くなったら足す、ってあげてくれるとありがたいなぁ」
 操り人の優しい笑顔に、アシューは何も言わずにうなずいた。
 荷物を片手に、村中へと歩き出す操り人の背中を見つめつつ、アシューは言った。
「騙してすみません……わかってるんですよ、いくら魔石が上質だからって、レモドとの国境までは足りないって。貴方たちも、ありがとう」
 アシューはそう言って、餌箱に餌を入れた。
 しばらく魔獣レッダーが餌を食べる様子を見ていたアシューだったが、思いついたようにカバンの中からグローブを取り出した。そして、少し大きいグローブを右手にはめる。それから、左手で石にふれ、力を取りだす。
 左手にそって、黄金に輝く粉のようなものが餌の中に散った。アシューはニッコリと微笑むと、懸命に餌を食べる魔獣レッダーの頭を撫でた。
「あんまり魔石を持っていると、怪しまれちゃいますからね。これは内緒ですよ」
 アシューは魔獣レッダーと、その周りで飛びまわっている妖精に、そっと言った。



Next
TOP
NOVELTOP



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース