一章 5


     *           *

 アシューが目を開け、窓を見上げると、外は真っ暗だった。魔車が少し揺れているところを見ると、魔獣レッダーの速度が落ちているのかも知れない。
 アシューは起き上がって、操り人の背中が見える窓を叩いた。操り人はふり返って、ニコリと笑う。
「もう少しでエアフレイン城下町につくからね。やっぱりお坊っちゃんにもらった魔石、良質だったみたいだねぇ。レッダーたちのご機嫌がとてもいいんだよ」
「それは良かったです。ところで、今は何時ごろですか?」
 アシューの問いに、操り人は懐中時計を取りだして、読み上げた。
  「九時三十七分、ってところかな。お坊っちゃん、ずいぶんと気持ちよさそうに眠っていたけれど、一度止めようか?」
 操り人の気遣いに、アシューは微かに笑んで答えた。
「大丈夫です。後どのくらいで城下町ですか?」
「大体三十分くらいかな。本当に早くついたものだよ。雪も穏やかだったのが幸いしたね。そうそう、エアフレイン城下町から客の情報がまだ来ていないから、レモド国境までも早く行けそうだよ」
 操り人はそう言って、窓を開けて白いハンカチに包まれた物を渡した。アシューが受け取って中を開くと、そこにはサンドイッチが入っていた。
「夕方に一度村で休憩を取ったのだけれど、お坊っちゃん、揺すっても起きなかったもんでね。取りあえず食べる物を買っておいてあげたから――お茶は、もうちょっと待ってな。今沸くから」
 操り人の車内にとても小さな暖炉が備え付けられており、その上には金属製のカップが乗っている。どうやら暖を取るのと同時に、一人分のお湯を沸かすのに丁度良いようだ。
 一度窓がしまり、再び開いた時には、白いカップにお湯を入れて渡された。
「お茶の葉は、天井に収納されてるからね」
 操り人はそう言って、窓をしめた。アシューは白いカップに、一杯分として布に包まれたお茶の葉を沈める。ゆっくりとお湯が紅茶の鮮やかな水色に染まってゆく。
 アシューは紅茶で一息つくと、窓の外を見つめた。
「レスティカ……転生の女神と呼ばれた貴方は、今どこにいらっしゃるのですか」
 アシューはそう呟くと、天井を見上げた。
 癒しを得意とするレスティカは、死んだばかりの人を、その力によって蘇生させたことがあった。それも、死者を操る形ではなく、だ。
「確かに私の中で力を失った貴方を見た。けれど、まだそれを受け止める事は、できそうにない」
 アシューはひざを胸まで引き寄せた。毛布を肩にかけ、顔をひざの間に埋める。
「それに、貴方は私に、何も残してはくれなかった……」
 アシューがため息をついてからしばらくして、魔車の外が徐々に明るくなっていった。


 魔車は、エアフレイン城下町の一番にぎやかな広場に入り、おちついた。他にも数台の魔車が並んでいる。
 操り人は、アシューを車内から降ろすと、言った。
「お坊っちゃん、エアフレイン城下町に着いたよ。おじさんはレモド付近まで行くお客さんが居ないか、会社に聞いてくるから」
 操り人はそう言って、懐中時計を見る。
「そうだなぁ、一時間半したら戻っておいで。そしたら出発するからね。いいかい、エアフレイン城が見えるだろう? その手前の広場に時計台が見えるかい?」
 アシューは操り人が指差した方向を見て、うなずいた。
「あの時計の針が12の所で重なったら出発だからね」
 操り人はそう言ってアシューの頭を撫でると、魔獣レッダーの世話をし始めた。アシューは時計台を見上げると共に、その背後に控えるエアフレイン城を見た。
「いまだエアフレインの名が使われているとは……本当に皮肉なものですね」
 アシューは、いまいましげに言うと、その城へと向かって歩き始めた。

 しばらくして、アシューは人気のない民家の前に立った。アシューがドアノッカーに手を触れると、ドアは自然と開いた。
 家の中に入りこみ、埃のたまった中を歩く。リビング、キッチン、ベッドルーム。その三部屋しかない家は、少し不自然だった。人が住んでいる気配はないのだが、リビングにある本棚には、本がぎっしりと並んでいる。
 アシューはその中の一冊を抜き出し、タイトルを読み上げた。
 すると、ガコン、と言う音と共に、本棚が少しずれた。アシューは本を元の位置に戻し、本棚の端を軽く押した。本棚はくるりと回転し、アシューを中へと招いた。
「暇潰しに作った仕掛けが、後々役に立つとはね」
 アシューはため息をつき、目の前を伸びる灰色の階段を降り始めた。
 階段を降り、狭い廊下をしばらく歩いたところで、目の前に遥か上方まで通じる螺旋階段に出くわした。
「……骨が折れますね、この小さい体だと」
 螺旋階段を地道に昇りながら、アシューは幾度となく呟いた。時折、階を表す数字が壁に刻まれていた。その数字が四に来た時、アシューはその数字を軽くなぞった。
 アシューの目の前の壁が歪み、空間を開けた。そして、アシューの目の前には金銀財宝の山が現れた。
「蓄えは、随所に隠しておくものですね」
 アシューはすぐに売りさばけそうな、銀のナイフ・フォークセットを手に取り、カバンにしまう。それから数個の指輪を小袋に包んでカバンにしまった。それから、しばらく辺りを見まわし、まだ時を刻んでいる時計をポケットにしまった。
「そろそろ戻りますか」
 アシューはそう言うと、来た道の逆をたどり始めた。


 アシューが魔車に戻ってきたのは、十二時少し前だった。操り人は、魔車の踏み台に腰かけ、居眠りをしていた。
 アシューは少し戸惑った後、操り人の肩を揺すった。
「風邪、引いてしまいますよ」
 操り人は体をピクリと動かし、目を開けた。そして時計台の方を見て大きく伸びた。
「おお、悪いね、お坊っちゃん」
 操り人はアシューを抱き上げて車内に乗せた。
「レモド国境への荷物はあったんだけどねぇ、お客さんはなかったから、今度も寂しい旅になっちゃったよ」
 操り人はおどけたように言うと、ドアをしめた。
「この姿では、一人の方が気楽ですよ……」
 アシューは誰にも聞かれぬように呟くと、毛布を胸元まで引っ張り上げた。
 しばらくの間、エアフレイン城下町の明かりを見ていたが、次第に早くなり、ついには暗闇に変わるのを見て、視線を内部へと戻した。

 アシューはカバンから魔術書を取り出すと、ほの暗いランプの下で目を通し始めた。更にカバンからラグの言う“力が具現化したもの”を取り出した。
 一部をラグが取りこみ、取りこみ切れなかった分はまだグローブの飾り石のようになっている。
「魔石とは明らかに違う。それとも、これが私たち賢者に与えられた力の源であるのか?」
 アシューはそう言いながら、もう一冊本を取りだした。タイトルは“賢者の石”。
 賢者と呼ばれた者から生じた石だ。愚かしいと思いながらも、アシューは本屋に立ち寄った際に購入せざるを得なかった。
 本は、アシューを含む三賢者が頭角を表す前の物のようだ。
「昔の誇張されたおとぎ話に過ぎないと思うのですがね」
 アシューは自分に言い聞かせるように呟いた。
「賢者の石……普段は普通の石と変わらぬ姿である。しかし、その石を手にした者には力と、望みを叶える事ができるだろう」
 アシューは最初の一節を読んでため息をついた。
「叶う望みがあるのならば、こうして子供に戻ったりしてませんよ」
 アシューはしばらく本を読んでいたが、「くだらない」と判断してしまったのか、カバンに戻してしまった。そして、そのカバンをまた枕代わりにして、くつろぎ始めた。



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