一章 4


 いつものように町へと続く森の道を歩くアシュー。ほんの少し前――リンティがつけた足跡をたどりながら、深々とため息をついた。ため息は白い息となって、周りの空気に溶け込む。
 ふと、アシューは振り返った。
 白い中に、ポツリと小屋がある。煙突からは白い煙が立ち上り、まるで絵画のような景色であった。
 しばらく見つめていたアシューの目に、涙が浮かぶ。アシューは慌て て前に向き直り、目をこすった。
「どうして、どうして……人は悲しみを感じるのでしょうか、ね」
 アシューは眠った妖精の入った籠をのぞきこみ、またため息をついた。
 頬を濡らした涙は、熱を奪い去ってゆく。

 淡々と歩きつづけたアシューは、ようやくラナッシュ村へとたどり着いた。村の市場には、何度か見かける顔がある。アンナ婆さんのジャム屋、トリンプティ爺さんの食器屋。市場の片隅では、金属音が聞こえてくる場所もある。
「リンティ……」
 赤いコートを見つけて、アシューはそう呟いた。市場の真中に位置する銅像の前で同じ年頃の女の子と話しをしている。アシューはそのままリンティに近づく。
 アシューに気づいたリンティは、目を丸くしていた。
「どうしたの?」
 アシューは籠をリンティに差し出した。
「ココアの妖精です。おじさんが呼び出してしまいまして、しばらく預かってくれませんか? おじさん、他の国の厄介事に手を貸すらしく、すぐに出て行ってしまったんです。彼女を連れていくのは危険ですから」
 リンティは籠の中を見て、再び目を丸くした。
「アシューちゃん、これっ!」
「妖精です。まだ名前はないようですが。私はまたお使いに行かなくてはならないので」
 アシューはリンティに頭を軽く下げると、村の外へ向けて歩き出した。
 村の出入り口に近づき、アシューは足を早めた。週に二度しか通らない魔車(マシャ)がやってくる時間が近づいていたからだ。
 魔車は、体長ニメートルほどある胴の長い四足の魔獣レッダーにつながっていた。顔は狐のスマートな雰囲気を持ち、茶褐色の長毛に覆われた体は、寒いエヴィエンド国内を走り回るのに適している。胴が長く、足が短いので早く走れるようには見えないのだが、この魔獣レッダーは地面ぎりぎりを飛ぶように走る。走ると言うよりも、跳躍しているようにも思える。そうすると荷台部分の揺れが気になるところだが、魔法が施されていて軽く浮遊するようになっている。
 アシューは魔獣レッダーの体を撫でると、操り人にたずねた。
「どこ経由で、どこまで行くのですか?」
 人のよさそうな中年の操り人は、細い目を更に細めると、答えた。
「ここが最後の村だから、この後は前もってお呼びがかかっている村に寄って、一度エアフレイン城下町に行くんだよ。そうだなぁ、この時期は寒くなりすぎて旅をする人もいないからねぇ。ほぼエアフレイン城下町に直行かな」
 操り人はそう言って、アシューの頭を撫でた。アシューはしばらく考えを巡らせた後、ポケットから魔石を二つ取りだして言った。
「これで行けますか?」
 アシューは操り人が差し出した手に、魔石を転がす。操り人はしばらく魔石を見つめた後、魔獣レッダーの前へ持っていった。魔獣レッダーはぴくぴくと鼻を動かして魔石を嗅ぐと、尖った前アゴで魔石をくわえ、飲みこんだ。
「魔石を買う手間が省けたね、ありがとな、おぼっちゃん」
 操り人がそう言った途端、魔獣レッダーは後ろ足で立ちあがった。それを見て、操り人は目を驚いて慌てて魔獣レッダーをなだめる。
「ずいぶんと良質な魔石だね。お坊っちゃんはどこまで行くのかな?」
 アシューは軽く微笑んで答えた。
「レモドとの国境まで。実は私の師がレモドに居まして、国境で落ちあうことになってるんです。お恥ずかしい話、国境までで路銀が尽きてしまったらしいんです」
 それを聞いて、操り人はアシューの頭をなで、車のドアを開けた。
「どうぞ、お坊っちゃん。いつもはエアフレイン城下町まで二日かかるんだけど、この分だとレモドの国境まで二日で行ってあげれそうだよ。実際、他の村で予約入っていないから、後は帰るだけなんだ。後は危険度だけど……国境までなら、魔物も現れないって言うからねぇ」
 操り人はアシューを抱き上げて車部分に乗せると、懐から懐中時計を取りだして時間を見つめる。時間になったところで、誰も現れないのを見ると、操り人はドアを閉めた。
 アシューは車内のボルドーカラーの座席に身を沈めた。なかなか豪華な作りの車内。低い天井からはアンティーク調のランプが下がっており、柔らかい光を投げかけている。
 客室から、御者用の車内が見られるようになっており、先ほどの操り人の背中が見えた。それからしばらくして、車内が軽く揺れだした。どうやら出発したようだ。
 窓の外の景色が、見る間に後方へと流れてゆく。その流れが一定の速度になったとき、揺れもなくなった。魔獣レッダーの速さが上がったのと同時に、車部分に浮遊魔法がかかったのだろう。
 アシューは、暖かい車内に眠気がやってきたのか、カバンを座席の端に置いた。そしてカバンを枕がわりに、横になった。
「魔車……」
 アシューはボーッと天井を見上げ、微かに揺れるランプを見つめた。
「もう、死んでいるでしょうね……」
 アシューはそう呟き、目を閉じた。
 思い起こされるのは、エアフレイン城。遠方に出かける際は、魔獣レッダーを使っていた。寒冷地になると、馬よりも魔石で動く魔獣レッダーの方が機動力が良い。
「お坊っちゃん、眠るんだったら座席の下に毛布があるから」
 操り人が、窓を叩き、そう言った。アシューはうなずくと、座席の下の引きだしになっている部分から毛布を取り出した。体に巻きつけるようにして毛布に包まると、再び目を閉じた。
「レスティカ……」
 アシューはそう呟いて、青いローブをキュッと握り締めた。

*        *

 もう会えることはない、とわかっていながらも、思いをはせてしまう。しかも、彼女を追うこともできない自分が、とても虚しい……
 会えるのは、もう夢の中だけなのだ。
「いつから、私は夢見がちになったのでしょうか」
 目の前の一人がけのソファーでくつろぐ女の姿を見た時、口からため息がもれた。
 緩やかな金髪のカール。雪のように白い肌。口元は艶やかな赤い口紅で飾られている。
 私は手を伸ばして、目を閉じているレスティカの唇に触れた。レスティカの瞳がゆっくりと開いて、私の頬をなで上げた。そのまま首に手を回して私の体を抱き寄せる。
「クィーン。城までお送りしますよ」
 私は窮屈なソファーに身を沈めながら言った。
「もうそんな時間? それにしても、本当に貴方は寒いところが好きなのね」
 確かにレスティカからすれば、エヴィエンドは寒かっただろう。彼女は春を一番愛する人だったから。
「寒い、ですか? では魔車までお運びしますよ、お姫様」
 そう言って私はレスティカを抱き上げた。
 レスティカはクスクスと笑うと、「お願いします、王子様」とおどけて言い返した。
 私はレスティカを抱いたまま、城の中庭に待たせたままの魔獣レッダーの魔車へと向かった。
 二頭のレッダーに名は付けなかったが、一匹は茶褐色の毛色に、四足の毛が白い。もう一匹は珍しいレッダーで、ミルクティーのような明るい茶色をしていた。
 私は中庭の魔車の前でレスティカを降ろした。レスティカは、二匹のレッダーの顔に頬を寄せた。子供や動物相手にはしゃぐレスティカはとても愛らしく、美しい。
「レスティカさま!」
 まだ少女と呼べるメイドが城から走り出てきた。真紅のコートをレスティカに渡す。
「コートをお忘れです、レスティカさま。それとアシューズヴェルトさま、ハルツ国までお送りになられるのですか?」
「そうだな、一週間ほどは戻らぬかも知れぬ。ハルツまで行くとなると、エンデにも挨拶をせねばなるまい」
 メイドはうなずくと、「いってらっしゃいませ」と声をかけた。
 私はレスティカを車内のソファーにそっと降ろした。私がドアを締めるのと同時に、レスティカの腕が背中に回った。
 どうしてレスティカが私をかまうのかはわからなかった。
 今思えば、彼女もまた私同様寂しかったのだろう。
 力があるから、大陸の民は私たちを崇め、神にまで近づけた。しかし、その力はどこからやってきて、私たちに備わったのかは今だ、わからない。
 特に、力を失ってから十五年もの年月を過ごした私には、もう知る余地はないのかも知れない……
 私はレスティカを体に抱き寄せながら、レッダーの引く魔車の揺れに身を任せた。
*        *




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