三章 4


 エアフレイン城の中庭は不思議なことに雪が積もっておらず、目の前には緑溢れる庭園が広がっていた。ほぼ左右対称に作られている庭園の中央には小さな噴水があり、そこに大きなレッダーが二頭いた。白と淡いシナモン色の毛並みがキラキラと輝いていた。
「原種よりずいぶんと淡いんですね」
 アシューは耳の後ろをかいている妖精にそう言った。
「ええ。妖精界に行っていた子たちですから。妖精界に行っていた生き物は長時間魔力が満たされた空間の中にいるせいなのかはわかりませんが、色彩が薄いようです。瞳もほら」
 少女に言われてレッダーの瞳を見れば、濃いぶどう色をしていた。アシューはレッダーの瞳を見つめながら問いかけるように呟いた。
「人が妖精界に足を踏み込ませることはほとんどありません。小さな子供の夢の中に妖精が忍び込ませることはあるようですが……彼は一体ここでなにを守っていた? 妖精界への扉?」
 深く考え込む様子を見せるアシューに、少女が言った。
「アシューズヴェルト様、もうレッダーたちに車をつなぎますか?」
 だが少女の問いにアシューは答えなかった。痺れを切らしたレーヴェレスがアシューの背中をつついて言った。
「アシュー、いつ頃出発する予定なの?」
 背中をつつかれて、アシューはようやく我に返った。そして少女の方に向き直り、尋ねた。
「このレッダーはどのくらいでレモドの西の都へ?」
 少女はレッダーの目をのぞき込みながら答えた。
「たぶん一日、二日もあれば。このレッダーは空をも駆けることが可能なようですから。精霊王にその力を貰ったと言っています」
 アシューは少し驚いたのか、目を微かに大きくした。
「そうですか。それは便利ですね。とりあえず慣れるためにもつなげておいてください。この車の部分は浮遊するように?」
「はい。少々使われていませんでしたので匂いはこもっているかも知れませんが。定期的に掃除はしておきましたから安心してください」
 少女はそう言ってレッダーの肩部分に革状のベストを着せ始めた。
 アシューは少し歩いて近くに置かれていたベンチに座った。レーヴェレスも少し離れて座った。
 しばらく黙ったままだったが、先にレーヴェレスが口を開いた。
「私にアシューって守れるのかなぁ。さっきママが言ってたけど」
 その言葉に、アシューは青いローブの裾を払い、足を組んで軽くベンチに背もたれにもたれかかった。
「どうでしょうか。私にはわかりません。だが貴方がまだ開花していない状態だとロスフィアは言っていた。それなのに私を守れと言った……正直、ロスフィアらしくはないし、彼女は私に何を隠しているのでしょうかね」
 アシューは体をのけぞらせたまま、顔を少し横に向けてレーヴェレスを見た。レーヴェレスはうつむいて顔を赤くさせた。
「アシュー、私に色目使ってもダメだからね!」
 レーヴェレスはそう言ってアシューに思いっきり指を突きつけた。アシューは軽く首をかしげて淡々と言った。
「そうしているつもりはないんですが。と言うかきっとロスフィアが作った服のせいです。後でちゃんとした服を買わないといけませんね。ここは暖かいですが外は寒い」
 アシューはそう言って服の前をかき合わせた。そして足を組んでなんの気なしに手を空に伸ばした。そのまま手を引き寄せ、レーヴェレスの前で開いた。アシューの手から真っ白な雪の結晶がふわりと舞い上がった。
「雪の精が遊びに来ているようですね。妖精は何かを残していきたがる」
 アシューがそう言うと、天空から白い雪の結晶が舞い降り始めた。レーヴェレスはその一つを手に取った。
「冷たくない……」
 レーヴェレスは手のひらで花びらのような雪の結晶をまじまじと見つめた。
「たぶんここの花を育てるためですよ。雪の精だからと言って心まで冷たいわけじゃない」
 アシューは雪の結晶を空に投げた。結晶は再び空を舞い、やがて地面に落ちると水になって染み込んでいった。レーヴェレスは雪の舞いに見入るようにして立ち上がった。
「散歩行って来てもいい?」
 レーヴェレスの言葉に、アシューは軽くうなずいた。レヴェーレスはそのまま庭の奥の方へと歩いてゆく。
 アシューはしばらくボーッと空を見上げて雪の舞いを見ていたが、ふと目線を城の入り口の一つに目を向けた。同じく空を見上げているラグの姿がそこにあった。だが、ただ呆然と空を見ていただけではないようだ。白い半透明な髪の長い美女が天空を舞っていた。そしてラグの伸ばした手に引き込まれるように降りてくるとその首に手を絡ませる。顔と顔が重なり、見ようによってはとても親しい仲に見えた。
「……自分だってもてるくせに」
 アシューはそう呟いて、ラグを見つめた。
 ラグは空から舞い降りてきた美女を一度抱き上げ、地面に降ろした。しばらく何かを話し込んでいたようだが、不意にラグはアシューの目線に気づいたのか、顔を向けた。それまで居た半透明の美女は消え、ラグがゆっくりとアシューの方へとやってきた。
「お知り合いですか」
 アシューの一言にラグはうなずいた。
「この間賢者さんを追いかけたときに何気に行倒れになりかけた。そのときにね」
 ラグの言葉に、アシューは声を上げて笑った。
「はは、また行倒れたんですか、相変わらずマヌケですね」
 ラグは頬を子供のように膨らませて赤くした。
「うるさいなぁ。冒険家な妖精には良くあることだよ。みんなと仲良くなれるからいいんだよ〜。だから賢者さんの力の行方だってすぐわかるようにしてあげてるだろー」
 すねまくっているラグの頭を、アシューはなでた。
「ま、落ち着いてください。城内はほとんど見て回ったんですか? 宝物庫も入れるはずですから。と、貴方に言っても興味はなさそうですが」
 アシューはそう言ってしばらく考え込む様子を見せていたが、ふと少女に向って言った。
「そろそろ出かけます。準備をお願いします。私たちは食事でもしに行きますか。城には料理を作ってくれるような人がいませんからね」
 アシューは足をレーヴェレスが消えて行った庭の奥へと向けた。
 庭の奥は緑の壁ができており、所々にアーチ状の入り口があった。中に一歩踏み込むと、そこは妖精界といっても過言はなかった。
 季節を問わず咲き誇る花々。その花と同じぐらい数がいるのではと思えるほどの小さな妖精たち。アシューが足を踏み入れると、踏まれないように花壇の上へと飛び上がる。
 アシューは肩に乗ってきた赤毛の妖精にたずねた。
「ここに一人少女が来たと思うが」
 妖精は微笑みながらうなずいた。そしてアシューの前に回りこむと、その唇にキスをした。すると妖精は少女の姿になった。
「ええ、来たわ。あ、ごめんなさい、力を少し貰ったわ。妖精の声って小さいから届きにくいのよね」
 妖精はそう言うと、赤毛をまとめた。アシューは自分の唇を押さえ、しばらく黙した。妖精はクスクスと笑うと言った。
「妖精も長くやっているとね、化けられるようになるのよ。多分貴方より長く生きてるんじゃないかしら。ずっと庭の管理をしていたから、貴方は気づかなかったようだけれど」
 妖精はそう言いながら、花壇の合い間を歩き始めた。アシューは黙って妖精に従った。
「彼女、精霊王ライシャの子供でしょ? とは言えハーフだから今のところ弱い存在だけど」
 ふと妖精から問いかけを受け、アシューは足を一瞬止めた。
「そのライシャについて知りたいのですが」
「歴代の精霊王の中でも一番のスケベね」
 はっきりとした即答に、アシューは黙った。咳払いをすると、呟くように言った。
「予期していた答えではありましたが」
 クスクスと笑う妖精。
「本来精霊王は人に賢者の称号を与える役目を担っていた。もしくは賢者の転生を助ける役を。けれど貴方たち賢者が殺されるほんの数ヶ月前、ライシャは消えた。ライシャの子に引き継がれていれば、とは思ったんだけどその様子もないし」
 妖精と話しているうちにレーヴェレスの姿が見えてきた。
「あ、アシュー。また違う女の子連れてる」
 レーヴェレスはアシューの姿に気づくと、そう言って笑った。アシューは苦笑いを浮かべると、レーヴェレスの傍らに片膝をついた。レーヴェレスの前では、ラグが拾ってきたレッダーの幼獣が、半分妖精たちのおもちゃになっていた。頭に花輪を乗せられ、葉や魔石の小さな欠片などをすすめられている。
 ふと、アシューはレーヴェレスの顔をのぞきこんだ。思わずレーヴェレスは身を引くが、その腕をアシューはつかんだ。
「な、なによぅ」
 照れた様子を見せるレーヴェレスのあごに指を滑らせる。そして赤毛の妖精を振り返って言った。
「ここは妖精界に近いのですか」
 妖精は頷いた。
 レーヴェレスの濃い青い瞳がとても淡いグリーンになっていた。
「だからなにッ!」
 レーヴェレスの怒りを含んだ声と共に、バチン、といい音が響いた。それと共に赤毛の妖精が大笑いを始めた。
「別にキスしたりなんてしませんよ。ただ妖精界に近いせいか目の色が薄くなっているから気になっただけですよ」
 アシューはため息をつき、レーヴェレスの手を引っ張って立たせた。そしてそのまま腕を引いて歩き始めた。
「アシュー、ごめん」
 レーヴェレスは少し落ち込んだ様子で言った。
「ではそのお詫びをしてもらいましょうか」
 アシューはそう言うとレーヴェレスの腰を抱いた。思わず腰から手を離させようともがくレーヴェレスだが、その耳元でアシューが囁いた。
「食事をしに行くだけですよ。それと言い忘れていました。私は結構強引ですよ。あのエンデの下にいたのですから。彼の強引さが知らずと身についているはずですからね――すまないが騒がしい妖精を一匹連れてきてはもらえないかな」
 アシューは最後に少し上を向いて言った。すると妖精の一人が姿を現し、頷いて消えた。
「そもそもここで何かする気にはなりませんよ。いつでも誰かの目がありますからね」
 クスクスと笑うアシューに、レーヴェレスは小さくため息をついて「負けたわよ、降参」と呟いてアシューの腕に手を絡ませた。



Next
TOP
NOVELTOP



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース