三章 3


 アシューは青いローブを身にまとい、ソファーに座った。ロスフィアは優雅にお茶などをしている。アシューはため息をつき、背後で落ち着かなく動くラグに向けて言った。
「ラグ、落ち着きなさい。落ち着けないようでしたらそうですね、この城を見てくるといい。精霊王が住まいし城ですから退屈はしないはずですよ」
 それを聞くと、ラグは目をキラキラとさせて「わかった!」と言葉を残して部屋を飛び出していった。その様子を見ていてロスフィアはクスクスと上品に笑った。
「好奇心が旺盛なところは妖精そのものね。体はもうなじんだ?」
 質問にアシューは頷き、ロスフィアの隣に座って緊張している様子を見せているレーヴェレスを見やった。
「ずいぶんと大人しくなりましたね。そんなににらまなくても」
 アシューはそう言って苦笑いを浮かべた。それを見ていたロスフィアの動きが一瞬止まった。
「アッシュ、表情が豊かになったわね。それに旅をしているのが男の子って言うのも初めてだし。やっぱり歳月は人を丸くするのね。照れ隠しで相手をにらむクセ、まだ直ってないのね、レーヴェレスったら」
 ロスフィアはレーヴェレスの頭をなでた。レーヴェレスはそこで我に返ったのか、部屋の中を見回した。
「にらむのは無意識のことだったんですね。ところでやはり西の都に来るんですか?」
 アシューがそう言うと、レーヴェレスが少し身を乗り出した。ロスフィアはレーヴェレスの額を押さえてソファーに深く座らせると、言った。
「私は調べごとをしたいわ。貴方の行方がわかったところで思い当たることがあって。たぶん、ダメと言ってもこの子が行くって言う出すと思うわ」
「ちょっ、ママ! って、あれ? いいの?」
 勢い良く立ち上がったレーヴェレスだが、思い違いに気づき顔を真っ赤にした。
「どうせ話の流れ上西都に行くことになるわ。そうしたら貴方が行きたがらないわけがない。道案内ぐらいにはなると思うから、行ってらっしゃい。アッシュを貴方なら守れる」
 ロスフィアの言葉に、アシューは眉間にしわを寄せた。そして一瞬考える様子を見せた。
「私を守る、ですか?」
 前にもどこかで聞いたセリフに、アシューは顔を曇らせた。
「確かディスローダも同じことを言っていた。今更私の何を守ろうというのですか」
 少し声に怒りが含まれていた。そして手に持っていたティーカップを少し乱暴にテーブルに置いた。それに反してロスフィアはお茶を一口含んだ。ゆっくりと飲み干し、アシューが落ち着きを見せるのを待って口を開いた。
「貴方たちがいなくなって、魔物が増えた。このエアフレイン城下町周囲にまで魔物が徘徊しているのはわかっているでしょう。今、貴方を失うことは大陸全土を守る守り手を失うことになる。大陸の場所によっては魔物の少ない土地を狙って戦争まで起こっている。大陸を守っていた三本の柱が一気に崩れ、本来なら魔物の大陸となっていてもおかしくないの」
 ロスフィアはそう言ってため息をついた。
「プライドの高い貴方が守られるということに憤りを感じるのはわかる。けれどわかって。せっかく見つけた柱を失うわけには行かない」
 ロスフィアの表情から余裕が消えていた。じっとアシューの顔を見据える。その長い沈黙に、レーヴェレスは泣きそうな表情を浮かべていた。
「ママ、もしかして魔女が次々に死んでいっていることと……」
 レーヴェレスの言葉に、ロスフィアは目を伏せた。同時にアシューは勢い良く立ち上がった。
「まさか、魔女ごときが賢者の真似事を!」
 声を荒げたアシューの頬をロスフィアが打った。
「魔女ごとき、ではないの! 各国の魔女は様々な手で自分たちの民を守ろうとしただけ! それだけ……ですぎた事とはわかってる、でも守り手がいないの! 私だってレーヴェレスを魔女になんかしたくない」
 ロスフィアの目に涙がにじんでいた。
「ママ……」
 レーヴェレスは小さく呟いて、顔を押さえてソファーに座り込むロスフィアの背をなでた。
「ごめんね、おチビ。最近魔物が増えたことで色々あったみたいで」
 レーヴェレスはそう言って立ち上がって部屋の扉を開けた。そしてアシューを手招きする。
 アシューは立ち上がって肩を震わせるロスフィアに触れようとしてやめた。そのままレーヴェレスに招かれるまま部屋の外へ出た。
「ママのこと少しそっとしておいて上げて。ちょっと疲れてるのかも知れない。ねね、城の中案内してよ。さっきも迷子になりかけちゃった」
 レーヴェレスはそう言って小さく舌を見せた。そしてアシューを見上げて顔を赤くした。
「えへへ、おチビって呼ぶの悪いよね。もう大きいのに」
 アシューは首を横に数度振り、腕をレーヴェレスに差し出した。
「かまいませんよ。とりあえずラグを探しがてら案内しましょうか」
 アシューはもう一度腕を差し出した。戸惑うレーヴェレスの手を取ると、自分の腕に絡まさせた。
「男性が腕を少し開けたら手を絡ませること。礼儀ですよ」
「だ、だってぇ……」
 レーヴェレスは小さく唸りながらうつむいた。アシューは少し体の引けているレーヴェレスを引き寄せた。
「魔女は各国の友好を図る役目も担っているんです。見習いとは言え無礼な態度はよくないですよ……もしや社交場に出るための事は何も習っていないのですか」
 アシューの言葉に、レーヴェレスは頬を膨らませた。
「悪かったわね。ママの手伝いをするために始めたし、魔女って昔はスカウトされるものだったじゃない? でも今はそうじゃない。女性兵士みたいなもの。優雅な時代じゃないの」
 そう言ってアシューから離れようとするレーヴェレス。だがアシューはさらにその体を引き寄せた。
「私が賢者として生きた時代も、それと変わりませんよ。だからこそ一時の休息と華やぎが欲しいと思うんです」
 そう言ってアシューは扉の一つを開けた。そこは白とグリーンで統一された部屋だった。白い壁紙や床に、淡いグリーンの家具が置かれている。
「客間の一つです。使っていいですよ。城の中には書庫も多いですから本に興味があればどうぞ。特に入って問題がある部屋もありませんし、誰かが使っているわけでもありませんから」
 アシューはそう言ってようやくレーヴェレスを開放した。レーヴェレスは辺りを少し落ち着きなく見て回る。しばらくするとベッドの上に腰かけ、口を開いた。
「でもママが一人で管理していた割には綺麗なのね。時間も結構経っているのに」
 ベッドの洗い立てのようなシーツの感触に、レーヴェレスがそう疑問をぶつけたのもわからなくはない。
 アシューは姿勢を少し正して答えた。
「妖精がいるんですよ。私が城主となってからはその姿を現すことはほとんどなくなりましたが、その気配を感じることはできるはず」
 アシューの声に引かれたのか、部屋のあちこちでゆっくりと何かが目に入り込んできた。それは徐々に大小様々な人の形をしているのが見て取れた。と、部屋の扉が小さな音を立てて開いた。
「お帰りなさい、ご主人様。先日宝物庫に入られただけでご挨拶がなかったもので心配しておりました」
 中に入ってきた少女はそう言ってアシューに頭を下げた。
「やはり気づかれておりましたか。妖精たちに姿を現さないように支持していたのも貴方ですね」
 少女は軽く微笑んだ。
「ええ。アシューズヴェルト様が城を何年も空けられてからは念のためにと。門を隠し、次の城主になるものが現れるまで。しかしこうして再びお目にかかれてうれしい限りです。お嬢様、そうしてベッドに座っていると殿方に襲われますので、以後気をつけてください」
 少女の言葉を聞いて、レーヴェレスは噴出し、慌てて立ち上がった。アシューは笑いをこぼすと、言った。
「余計なことは言わなくてもいいのに。ほら、にらまれてしまった」
 アシューはくっくっく、と押しこらえるようにして笑い、近くにあった椅子に座った。
「それで今ラグはどこに? 騒がしい妖精が城の中を走り回っているだろう?」
 問いに、少女は軽く目をつぶった。しばらくして目を開け、迷う様子を見せた。
「いるのは確かです。ですが彼を……」
 少女が何か言いかけたとき、扉が激しく開いた。ラグが肩やら頭に小さな生き物をたくさんくっつけて飛び込んできた。
「賢者さん! ここすごいよ! すごい! 妖精界に近いんだよ!」
 ラグは満面の笑みでそうはやし立てる。
「何事ですか」
 アシューはうんざりした様子でラグを強引に椅子に座らせた。ラグはうれしそうに話し出した。
「ここは妖精界に続く扉がいくつもある! だから妖精が沢山いるんだね。で、賢者さん。でかけるの?」
 ラグはそう言って頭の上に居る半透明の獣を捕まえて胸に抱く。その足元にはレッダーがまきついていた。アシューはレッダーの首根っこをつかんで持ち上げると、少女に託した。
「昔城に居たレッダーはどうなりました?」
 少女はレッダーの頭をなでながら答えた。
「ええ、最初の子達は寿命で。今の子達は三代目になります。二代目の子達もまだ居ますが、たまに城に帰ってくるぐらいです。ほとんど野生に帰ってます……思えば人の時間も長く流れてしまったのですね、アシューズヴェルト様。レモドの西の都に行かれるのでしょう。レッダーを用意させておきますね」
 少女はそう言って姿を消した。それと同時に妖精の姿が次々に消えてゆく。
「彼女って、名前何て言うの?」
 レーヴェレスが少し不思議そうにたずねた。アシューはしばらく返答に困った挙句、答えた。
「彼女に名はありません。強いて言うなら、エアフレイン。彼女自身が城なのです」
 アシューの言葉に、ラグが「なるほど」と呟いた。そし椅子から立ち上がり、腕を組んだ。かと思うと、大またで部屋から出て行こうとした。思わず声をかけるアシューに、ラグは「もう一回城内散策してくる!」と部屋を飛び出していった。
 アシューはその後ろ姿を見送るとレーヴェレスに手を差し出した。
「レッダーの様子でも見に行きませんか? 休んでいるということができなさそうですから」
 アシューの皮肉めいた言葉に、レーヴェレスは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、ため息をついてアシューの手の上に自分の手を重ねた。
「その通りかもね。案内よろしく、賢者様」
 レーヴェレスはそう言って微笑んだ。アシューは「その調子ですよ」と微笑を返し、レーヴェレスを中庭へと導いた。



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