二章 11


 アシューは心地よい揺れに、目をうっすらと開けた。頬とお腹の辺りがとても暖かく、一瞬目を覚ましたものの、またあ眠りに付きそうになる。だが、次の瞬間アシューは目を大きく開けた。
「なっ!」
 アシューは短く叫んでバランスを保とうと何かにしがみついた。
「ぐぇ、賢者さんぅ……苦しっ!」
 ラグの間抜けな声に、アシューはようやく状況を飲み込んだ。
 どうやらラグの背に背負われているようだった。先ほど後ろにひっくり返りそうになったため、ラグの首にしっかりとしがみついて締めてしまったようだ。
「これは失礼。降ろしてもらえますか」
 アシューの言葉に、ラグは咳き込みながらしゃがんだ。
 ラグの背中から離れ、アシューは軽く身支度した。
「なぜ起こしてくれなかったんです?」
 アシューは周りを見回しながら呟いた。
 エアフレイン城行きの魔装列車が出ている町まで歩くことにでもなったのだろう。左手に国境を、右手にはエヴィエンドの森が見えていた。
「だって、賢者さん揺すっても起きなかったから」
 ラグは言いながら呼吸を整えると、後ろに居たレーヴェレスから荷物を受け取った。
「そうでしたか。ありがとう、ラグ。先を急いでくれていたんですね」
 ラグはにこりと笑うと、何も言わず歩き出した。レーヴェレスはアシューと並んで歩き、言った。
「あの兄ちゃん、本当に妖精?」
「ええ、そうですよ。実際はもっと小さいです。エルフでもないですし、説明しにくい部分が多かったので、妖精とは言わなかったんです。賢者の力を得てあのような姿になったみたいです」
 アシューが簡単に説明すると、レーヴェレスは少し納得がいかない様子になった。
「賢者の力って、そう誰にでもあるものなの?」
「違います。これまた説明が面倒なのですが、まぁ私の力を得て大きくなったと考えてもらえれば早いかと」
 レーヴェレスは大きく首を右に曲げた。
「賢者の石を得た妖精。その本、読んだのでしょう」
 アシューはそう言って、レーヴェレスがフセンだらけにしている“賢者の石”の本を指差した。
「その本の巻末の方は過去の賢者の話、この大陸のほかの賢者の話も収録されているものですからね。ただその本だと賢者の石が妖精の前なのか後なのかが記されていないんです」
 レーヴェレスは軽く頷くと本をアシューのカバンにしまった。そしてアシューの肩からカバンをかけた。
「不思議なのよね。この本、一人の学者が書いたものじゃない。考古学者はプライドが邪魔してこういう寄せ集めはしないものね」
 そう言って、レーヴェレスは遠くに見えてきた町を目を細めて見つめた。
「考古学者の大抵は物好きなエルフ。もしくは夢見がちな人間ですよ。正直論理的な人間は私はあまり好きではありませんよ」
 アシューは小さなため息をつき、遠くから「早く!」と急かすラグの声に軽く手を上げて合図をした。


 先頭車両と客車の二つしか連結されていない短い魔装列車に三人は乗った。
「思ったより空いているのね。レモドの中心が大変なことになっちゃってるからもっと逃げ出す人が多いのかと思ってた」
 そう言うレーヴェレスに、アシューはココアを入れながら言った。
「レモドのどの種族も土地に根付いて生きているのを望んでいるからでしょう。たまに諸国を旅して歩く変わり者もいるようですが」
 アシューは軽く息をカップに吹き込み、甘い湯気を立ち上らせた。レーヴェレスは隣に座っているアシューのココアを少しうらやましげに見たが、目の前に座っているラグにふと目線を移した。
「貴方、妖精なんですってね。どぉ? 人間みたいな形になった感想は」
「特に変わったことはないと思うけど。あ、でも人と同じ目線で話せるようになったのは楽しいかも」
 ラグはそう言ってにこりとした。子供っぽい無邪気な笑みに、思わずレーヴェレスも微笑み返していた。
「でも実際のところレーヴェレスも俺と変わらないよ。サイズ違いってやつ」
 ラグはくすくすと笑うと、床に降ろしていた足を上に上げてあぐらをかいた。
「賢者さんまた寝ちゃった」
 カップを両手にしたまま、アシューは片側にかしいでいた。ラグは上半身を伸ばしてアシューの手からカップを取ると、窓の縁に置いた。カップに少し残ったココアがゆらゆらと揺れる。
「ずいぶんとお疲れみたいね。成長期かしらね」
 レーヴェレスはクスクスと笑った。
「おっとっと……」
 列車の揺れに、アシューの体が大きく傾く。ラグはそれを片手で抱きとめると、そのまま持ち上げて膝の上に乗せた。
「本当の子供みたいね。ほっぺつるつる」
 レーヴェレスはアシューの頬をなでた。
 魔装列車は雪の降り出す森の中をゆっくりと進んで行った。


 エアフレイン城下町のホームは魔装列車が吐き出す煙で微かに曇っていた。そのホームに、目をこすりながらアシューが降り立った。後ろにラグとレーヴェレスが続いた。
 大きなあくびをしながら伸びをするアシューの耳に、どこかで発車を知らせるベルが鳴り響く。その音と共に、アシューは抱き締められ、抱き上げられた。
「ちょっ、ラグ……ではないですね」
 アシューは、ラグとは違う体の柔らかさに戸惑ったのか、もがくのを止めた。
「って、アッシュってばずいぶんと小さくなっちゃったのね」
 そう言って、褐色の肌の女性はアシューを抱き上げた。ゆるいウェーブのかかった金髪がしとやかに揺れて腰の辺りで止まった。
「ママ。本当に、本当におチビがあのアシューズヴェルトなの!?」
 レーヴェレスはアシューを抱きしめてニコニコとしている女性に向かって、上ずった声を上げていた。
 一人話しについてゆけぬラグは首をかしげ、作り笑いを浮かべていた。
「とりあえずエアフレイン城行こうか。あんまり長く居ると騒がれちゃうからね」
 女性はそう言って微笑み、大きな杖を取り出した。杖は生きている木のように葉をつけていた。
 杖が女性の手によって大きく弧を描くと風が生まれた。風は辺りの煙を巻き込んでゆく。煙が晴れた後のホームに、アシューたちの姿はなかった。
 しばらくして、ホームには再び魔装列車の煙が充満し始めた。



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