二章 10


     *     *     *     *

 私とロスフィアは女の子に城の内部へと案内されました。淡い緑の壁紙に濃い青のじゅうたん。白木の机と、ベージュのソファーが置かれた部屋で、私とロスフィアは女の子に座って待つように言われた。
 ロスフィアはなんの飾りのない部屋に、少し戸惑ったような表情を浮かべていた。そう、部屋には絵も何かの芸術品などの類は置かれていなかった。あるのは机と、ソファーだけ。
「少し寂しいわね。それに暖炉に火がないわね。本当に暮らしているのかしら」
 ロスフィアはそう言って身を震わせた。
「そう言われてみれば。ですが、じきに暖かくなるようですよ」
 私は、部屋の中が息づくのを感じていた。じゅうたんの裾から、ツタが伸び始めていたのだ。ツタはあっという間に淡い緑の壁紙にきれいな模様を浮かび上がらせた。
「妖精の力が働いているの?」
 ロスフィアが目を細めて言った。
「その通り。ようこそ、我が城へ」
 私とロスフィアは声のした方を振り返った。先ほど案内をしてくれた女の子の背後には背の高い男が立っていた。
 その姿は男の私から見ても美しかった。腰まである黒髪、そして緑色の瞳。
 彼は私に近づくと、瞳をのぞきこんだ。そして、私に口付けをする。
 よほど親しくなければしない挨拶に、私は体が動かなくなった。ふと横に居るロスフィアを見ると、私同様に濃厚な挨拶をされ、彼女も動きが止まっていた。
「君たちが来るのは知っていた。まぁ座るといい。って、お茶も出さずに悪いね、人が来るのは久しぶりだから」
 男はそう言って女の子にお茶を持ってくるように言う。そして半ば強引に私たちをソファーに座らせた。
「そうそう、アシューズヴェルト、君を見たのは何年ぶりかな。昨日の事にも思える。うむ、なかなかきれいに育ったものだ。ヴァルドは優しすぎて格好の良さが先には来ない男だったが。おっと、お茶が来たよ。紅茶でよかったかな? ロスフィア、その格好では寒いだろう」
 男はそう言ってロスフィアの体に自分がまとっていたローブをかけた。
「あ、ありがと」
 ロスフィアは少しはにかみながらローブを体に巻きつかせた。
 私はやっと男が静かになったのを見て、問いかけた。
「ご無礼を承知で言います。私は貴方を存じ上げないのですが」
 男は目を細め、少し先走ったか、という表情を浮かべていた。
「これは失礼、賢者殿。私は精霊王、ライシャ。貴方の前賢者ヴァルドの時代より貴方を存じ上げている。しかし、ほんと女泣かせな面になったものだ」
 ライシャはそう言って私のアゴを持ち上げた。
 ライシャに顔をのぞきこまれ、私は赤面した。何か奥底までも見透かされたよな感覚が襲い、思わず顔を背けた。

     *     *     *      *

「って、ちょっと待った賢者さん!」
 バン、とテーブルを叩いてラグが言った。
「おや、ラグ。もう帰ってきたのですか。早いですね」
 アシューは自分でいれたココアをすすりながら平然と答えた。レーヴェレスは笑いをこぼした。
「おチビが話し始めたら計ったみたいに帰ってきてたわよ。おチビだって食事食べてたじゃない」
 アシューはテーブルの上に置かれている皿が空になっているのに気づき、「ああ、そうでしたね」と答えた。
 のんきにココアを口にするアシューに、ラグはいらついたように言う。
「賢者さん! 自分が何話してるのかわかってるのかよー!」
 アシューは少し首をかしげた。
「何が、です?」
 ラグは首を激しく左右に振り、言った。
「ばかー! いい、一人目。精霊王ライシャ。そして二人目、賢者ヴァルド。一人目は知っているのは妖精ぐらいだけど、二人目は前賢者ヴァルド! つまり賢者さんは覚えてなきゃいけない人物でしょうが!」
 間があった。そしてアシューの瞳がゆっくりと大きくなってゆく。
「賢者ヴァルド……なぜ、私はその名を失って?」
 誰かに救いを求めるように、アシューはラグとレーヴェレスを見つめる。
「私の、私の……」
 アシューの顔から血の気が引いていった。アシューの手の中にあったカップがするりと抜け落ち、床にゴトリと音を立てて転がった。少し残っていたココアが床にゆっくりと吸い込まれていった。
「賢者さん?」
 ゆっくりと後退するアシューの腕を、ラグは捕まえた。
「おチビ、落ち着いて!」
 レーヴェレスはアシューを抱きしめ、背中をゆっくりとなでた。
「落ち着いて、おチビ。今、視てあげるから」
 レーヴェレスはそう言いながらアシューの頭に右手を添えた。レーヴェレスは次の瞬間、アシューを突き飛ばした。
「ダメ! この子記憶が封印されてる!」
 レーヴェレスはこめかみを押さえてベッドに倒れこんだ。アシューは気を失っているのか、ぐったりとして床に倒れていた。ラグは心配そうにアシューの顔をのぞきこんだ。そして、頬を軽く叩く。
「賢者さーん。起きて、賢者さん悪くないんだよ、封印されているんだよ、ねね、記憶が封印されているんだって」
 何度かラグが呼びかけると、アシューはうっすらと目を開けた。
「賢者ヴァルドは……彼は、私の」
 アシューはそう言うと顔をしかめた。
「お、俺が調べておいてあげるから! ね、だから賢者さんは寝てて。考えちゃだめだよ、こう言う時は寝ているに限るから」
 ラグは言葉をゆっくり言いながらアシューをベッドに寝かせた。そして、今度はレーヴェレスの顔をのぞきこんだ。
「レーヴェレス、大丈夫?」
 レーヴェレスは首を軽く振りながら起き上がった。
「大丈夫。原因を見ようとしたら、すごい勢いではじかれたの。たぶん……おチビの頭の中の過去の出来事は封印されている。それに、賢者ヴァルドの名は私も聞いたことがないわ。まだ見習いとはいえ、三代ぐらい前の賢者の名前ぐらい教え込まれる。エンデガルドは中でも最長寿でなおかつ不老だから彼の前が誰だかって言うことまではエルフぐらいしか覚えてないと思うけど」
 レヴェーレスはアシューの髪を撫でた。
「今は亡き賢者カローンが誰かに賢者の力を引き継いだのは不明、と教わっているわ。その力を更に引き継いだのがアシューズヴェルト、って事になってるの。オマケで教えちゃうけど、レスティカの前はアーティクト。たぶんおチビが本物なら知ってるでしょ。その前は魔女スフーリア。初めて魔女から誕生した女賢者って言われて有名だったらしいわよ」
 レーヴェレスは得意そうに言った。ラグは頬を膨らませて言った。
「それぐらい知ってるやい。って、賢者さんが買った賢者の石って言う本に載ってたんだけどね」
 ラグはアシューのカバンを漁り、中から本を取り出し、レーヴェレスに見せる。
「ところで、賢者さんの封印って何とかならないものなの? なにかこのままじゃ賢者さんがかわいそうで」
 ラグはそう言ってうつむいた。レーヴェレスはこめかみを軽くもみながら答えた。
「一刻も早くママ、じゃなかったロスフィア様に会うしかないわね。どう考えても私が解ける封印じゃないし、そもそもおチビが本物のアシューズヴェルトであれば当時を知ってるロスフィア様の方が都合がいいと思うわ。とりあえず私も寝るわ。頭が痛くてしかたないの」
 レーヴェレスはベッドの中に潜り込み、手を伸ばして明かりを消して目をつぶった。ラグは「おやすみ」と呟くと、窓辺に体を向けた。
 窓の外には小さく輝く月が見えた。尖った月の光りに、ラグは下唇をかみ締めた。そして手を光りに差し伸べる。すると、月の光りはラグの手のひらの中でキラキラと輝き始めた。輝きはやがて小さな人の形を取った。
 月光の妖精はラグの小さな呟きに頷くと、再びキラキラと輝きながら消えて行った。ラグはマントを羽織ると、キーを持って部屋を出て行った。



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