二章 9


     *     *     *     *

 ロスフィアと私は、国境を越えてエヴィエンドの地へと乗り込んだ。人がもう介することはないと悟った魔物たちは、私たちでなくともすぐに感じられる程の殺気をはらんでいた。彼らからしてみれば、私たちはただのエサでしかなかったでしょう。
 私は早速ディスローダを放った。寒さに慣れている魔物にとって、ディスローダの底知れぬ炎にはかなわなかった。他にもドラゴンを三頭放ち、雑魚の掃除に取り掛からせていた。
 私はロスフィアと再度ドラゴンに乗り、上からその様子を見ていた。
 少しした頃だろうか。私の代わりにドラゴンらを指揮していた深淵から呼びかけがあった。
<アシューズヴェルト様、人の巣がありますが、どういたしましょう>
 私の眉が、ピクリとした。まさか、人がいるとは思っていなかったのだ。エンデは全ての民を排除してから国境を築いたと言っていたが……
「村の様子はどうなっている?」
 私の問いに、深淵は困ったように答えた。
<進入できません。とても強い力で私たちが入るのを拒んでおります。どうやら強い術者が中にいる様子>
 深淵はそう言ったが、にわかには信じられなかった。こんな封印された極寒の地で、人を魔物から守りきれるものなどいるはずがない、そう思っていた。
「深淵、その場所を私に。ロスフィア、地上に降ります」
「え、でも。まだ予定よりずいぶん早くない?」
 そう言うロスフィアを無視して、私はドラゴンを目的地へと下降させた。

 そこは森が少し切れたところだった。驚いたことに城がそこにはあった。
「こんなところに城が? ロスフィア、確かこの地域には魔女は居なかったはず」
 私の問いに、ロスフィアはうなずいた。
「聞いてないわね。村ならあった覚えがあるけど……城までは気づかなかった。この地には似つかわしくない白亜の城ね」
 ロスフィアはそう言って目を細めた。たぶん、中を見つめているのだろう。魔女は先を見通す、いろいろなものを見通す力がある。私にはあまりない力だ。と、言うよりも女性特有の感性が強まったもの、と私は思った。
「何かを守っている。賢者に似た力ね。周りの村はそのおまけで守ってもらっている見たいだけれど。エンデガルドはここの存在を知って封じたのかしら?」
 たぶん、知っていても勧告以内に移動しなかった民に関しては気にもしてなかっただろう。
「今度エンデに聞いては見るけれど、答えてはくれないだろう。それよりも城主に会った方が早い」
 私はそう言って村の少し離れたところに足を降ろした。
 冷たく凍えるような寒さに、思わずローブの前をかきあわせた。
 ふと顔を城に向けると、目の端に女の子が映った。私は女の子の方に目線を変えた。村の門から少女が顔を出していた。大人の女性へと、あと一歩と言ったところか。
「アッシュ、お迎えみたいだね。さすが力があるだけある。あの子妖精ね」
「妖精? もう少し小さいイメージがあるのですが……」
 可憐なイメージを抱いていた当時の私としては、正直興味はなかった。ロスフィアは少し勝ち誇ったような表情で先を続けた。
「正確にはエレメンタル。人と妖精とが結びついた結果生まれたみたいよ」
 エルフではなくエレメンタルと言う種族を聞いたのは初めてだった。
「……どうやって? そもそも人と妖精とでは体の違いが」
 私が口を開くと、ロスフィアは私の唇に指をあてた。
「アッシュ。目に見えるものが全てとは限らないの。エレメンタルが生まれたのもそう。エレメンタルは最も魔法そのものに近い人型なのよ」
 そう力説するロスフィアにエルフもその類では? と余計なことを言おうとして止めた。先ほどの女の子が私の目の前で礼をしたからだ。
「エアフレイン様、レモドの魔女ロスフィア様ですね。主がお待ちしております。こちらへ」
 どうやらこの城の主は私たちが来るのを知っていたようだ。私とロスフィアは一度顔を見合わせ、女の子の後に従った。

     *     *     *     *
 アシューは国境をくぐるために、話を止めた。レーヴェレスとラグは少し不満そうな表情をしていた。
「続きは宿で話しますよ。レーヴェレス、そんな顔をしなくてもこの体では貴方を押し倒すことさえできませんから、ご安心を」
 淡々と言うアシューにレーヴェレスは吹き出した。
「おチビってば。大人の真似してもだーめ。確かにおチビのちょっとした知識と魔法と作り話は一端の大人だけど、体がまだまだチビなんだから、あんまり大人のマネしないの!」
レーヴェレスはそう言うと、アシューの頭をなでた。アシューはなでられるのを制止もせずに言った。
「ところで。一緒の部屋で良いんですか? 貴方の分の宿代は持ちませんよ。しがないお子様ですから、お小遣いもらってないんです」
 アシューはニコニコと笑い、宿のカウンター前に立った。レーヴェレスは宿の待合室に置かれているソファーに座っているラグをにらんだ。
「あ、彼は無一文です。元々妖精ですから」
 アシューは更に目を細め、満面の笑みを浮かべた。
「外は寒いですよねぇ」
「あんたってホント性格悪い!」
 レーヴェレスはそう言うと、懐から数枚お金を取り出した。
「これで大き目の部屋に泊めて頂戴! 残りはおチビが払ってくれるわよ!」
 そう捨て台詞を残し、カウンターの女性から手渡されたキーをひったくり、大きな足音を残しながら部屋へと向かって行った。カウンター越しの女性は、クスクスと笑いながらアシューの耳元でささやいた。
「倦怠期なのかしらね。まぁ、ずいぶん気の強そうな女の子だったから」
 アシューはクスクスと笑うと、ラグをうながして部屋へと向かった。
 部屋は湯気が漂っていた。
「お風呂ですかね、やはり女性ですから。ラグ、貴方は何か食べ物を調達してきてください。一時間ばかりは戻ってこなくていいです。戻ってきたらノックをして、返事があったら入ること。私の言うことを聞かないと、痛い目あう確立が高いので、そのつもりで」
 ラグは不服そうな顔で言った。
「えー。あ、別に何でもいいよね、食事。それとレーヴェレスの分も買っておいたほうがいいよね?」
 アシューがうなずくのを見ると、ラグは部屋をコソコソと出て行った。
 アシューは、部屋に設置されている鏡をのぞきこんだ。鏡には白に近い銀髪が映る。
「ディスローダ。居るのでしょう、まだ私の中に」
 アシューの小さな問いかけに、鏡の中のアシューの紫の瞳が赤く輝いた。
<実際に居るのは私の子。そなたの体は力が収まるべき場所が空洞。だから居る。出て行っても良いが、そなたを守れなくなる>
 ディスローダはそう答えた。アシューは顔色を曇らせ、呟くように問いかけた。
「私を守る、とはまた変わったな」
 そう言ったアシューの前に手のひらほどの炎獣が姿を現した。それがたぶんディスローダの子なのだろう。猫のように伸びをする。他の獣の気配に、アシューのフードの中で眠っていたレッダーが起きて顔を出した。
<子供とは愛しいものだ。そなたも早く子をもうけるといい。だが……そなたの今の体では、十分に女も口説けまい>
 そう言ってディスローダは笑った。
 レッダーが炎獣にちょっかいを出すのを見ながら、アシューはため息をついた。
「嫌味は相変わらずのようですね。しかし、なぜ私を守る必要があるのです?」
<それは、そなたがまだ賢者としての力を持っているからだ。それにその力を取り戻そうとしている。アレに勝てるのは、今のところそなただけだ>
「アレとは……」
 アシューが問いかけようとしたとき、背後で音がした。その瞬間、炎獣は姿を消した。
「おチビどうしたの? 鏡なんか真剣に見つめちゃって。そんなに見ても生意気そうな顔は変わんないわよ」
 レーヴェレスはそう言いながら髪をタオルで拭く手を止め、アシューの頬をつまんだ。
「生意気……まぁ否定はしませんが。ですが、女性が子供の前とは言え、そのような姿でいるのには賛同しませんよ」
 アシューはそう言って、クローゼットに入っているバスローブをレーヴェレスに渡した。レーヴェレスは体にバスタオルを一枚巻きつけただけの格好で出てきたのだ。すらりと伸びた足が見るものをひきつける。
 レーヴェレスは髪をブラシでとかしながら、アシューに言った。
「さっきの話の続きを聞かせてよ。言ってた白亜の城って、今のエアフレイン城のことでしょ」
 そう言ったレーヴェレスの瞳は輝いていた。
「そうですよ。私が、前の城主から引き継ぎました……」
 アシューはそう言いながら目の前に居るレッダーの頭をなでた。




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