二章 5



 朝モヤの流れ込む道を歩き、アシューは大きな掲示板の前に立った。掲示板には、村の店の場所から、安売りの日、村の中の祭り事やお尋ね者の張り紙までもが張られていた。張り紙は分類されて張られている様子はなく、アシューは掲示板の片隅から一つづつ目で追わなければならなかった。
「ああ、この張り紙をラグに渡せばよかった。これを捕らえてきたら、良いお金になったでしょうに」
 アシューが見つめる先には、角と背に翼の生えた獅子の絵があった。その色は白く、目が赤く塗られている。
「金貨500枚。ドラゴンの亜種と言われるレモドで最強の魔物。ラグ一人に任せて大丈夫だったでしょうか?」
 今更ながら不安を口にするアシュー。
「でもまぁ、ラグは自分の手に追えないことには手を出さないはずですから……相手は亜種とはいえドラゴンですから――まぁ、どちらかと言えば逃げ出して何も取ってこない可能性が高いですが」
 後悔しながらも、アシューは掲示板を見てゆく。
「魔女の行方は……もっと下の方でしょうかね」
 アシューは上にある紙を何枚かめくる。だが、そこにも魔女の行方をつづったものはなかった。
「姿を隠しているんでしょうか。もしくはレモドの国に居ない? 国外に居るとなると、少し面倒ですね。今の私では足取りを掴むのに何日かかることやら」
 そう言い残し、アシューは掲示板の前から立ち去った。紙面で情報が得られなかったとあらば、後は足で歩いて聞くしかないと悟ったのだろう。アシューは人を探して歩き始めた。
 レモドの国民の朝は早い者が多いのか、すでに市が立ち始めていた。昨日世話になったラウリー族の店も出ていた。そこでまだ朝食を食べていないことを思い出し、立ち寄った。
「おはよう、おじさん。野菜が多めのものを一つお願いします」
「あいよっ、昨日に引き続きありがとね」
 物覚えが良い店主なのか、アシューの事を覚えていたようだ。威勢良く返事をすると、パンに色々なものを挟み始めた。そして、フルーツジュースをオマケに、アシューに渡してくれた。
 アシューは「少し行儀悪いですが……」と気にしながらもパンを頬張った。
 行儀の悪い朝食を終えると、アシューは“占い”と書かれた看板のパオに入りこんだ。たぶん、魔女見習の出店なのだろう。さほど当たるようには思えないが、他の魔女の行方を知っている可能性を見こんでの事だった。
 中は少し暗く、くすんだ赤の敷物が置かれてた。その上に、様々な模様が彫り込まれた石が散らばっていた。どうやら石の裏表で吉凶を占うようだ。
「いらっしゃいますか?」
 アシューの声に、奥の方から女性の声が聞こえてきた。
「だれぇ? まだ開店前よぉ。午後からやるからまた後で来てぇ」
 若い声を頼りに、アシューは目を細めた。暗がりに目をならすと、茶色い髪の女性が大あくびをしていた。その目は半分も開いていない。
 アシューは眠りかかっている女性に言った。
「占わなくても良いです。質問は二つだけ。貴方は魔女ですか?」
 問いに対して、やる気のない声で「そーよぉー」と帰ってきた。
「では質問二つ目。これを聞いたら帰りますから」
 アシューはだるそうに寝返りを打つ女性の背中に言った。
「ロスフィアの行方を知っていますか?」
 返答に、ほんの少しの間があった。女性は上半身だけ寝返りを打ってアシューを見た。
「あんたみたいなチビがロスフィア様に何の用?」
 少し刺のある答え方だが、確実にロスフィアの事を知っている様子が伺えた。
 アシューは女性の質問に素直に答えた。
「未来を占ってもらいに。二十年前の彼女は未来を自分でしか見ることができなかったはずですが、現在力を伸ばしているのであれば、私に未来の一つを見せることが可能になっているはずです」
 アシューはそう言って小さく笑った。
「それと、今は尻尾がいくつあるか気になりますね。昔は恥ずかしがって尻尾は触らせてもらえなかったのですよ。耳は良く触ってましたが」
 アシューの笑い声を聞いて、女性は勢い良く上半身を起した。そして、手で這ってアシューの元へやってくると、目を細め次いで目をこすって言った。
「あなた、どう見ても二十年も生きているようには見えないけど?」
「それは、貴方が目でしか物を見ていないからですよ。とは言え、貴方も二十年も生きているようには見えませんし、魔女としての日も浅いようですね。見習い魔女であるのならば、占うのは難しいですね」
 アシューはかわいらしい笑顔を浮かべた。明るい方へ顔を出した女性は、まだ若い――と言うよりまだ幼い。年齢からして言えば十六前後。
「ロスフィアの行方を知らないのであればそれはそれで結構ですよ。西の都に行って見ますから」
 アシューは体を出口へと向け、歩き出した。
「西の都にはいないわよ。弔いがてらに出かけちゃっているみたいだから」
「弔い?」
 アシューは自分の肩ごしに問い返した。見習い魔女は手を頭の後で組んで言った。
「らしいよ。良く国外の城を管理しに行っているらしいから。でも今回は違うかもね。西の都の魔物を一掃するらしいから、その報告も兼ねているかも」
「魔物の数や強さは分かりかねますが、無茶をしますね、ロスフィアも。格闘重視のロスフィアでは、体力が続かないでしょうに」
 アシューの言葉に、魔女はキョトンとした表情を浮かべた。
「よくわからないけど、チビはロスフィア様のなんなの? あ、もしかして背が小さい種族とか?」
「違いますよ。ロスフィアとの付き合いはこう見えても長い方なんです。ところで、弔いって誰のです?」
 魔女は大きくあくびをし、腰をかきながら答えた。
「賢者の城だって」
「どの賢者?」
 賢者の城は、大陸にいくつも点在していた。そのほとんどがエンデガルドの持ち物だが……
「アシューズヴェルトでしょ。エンデガルドとクィーンとは仲良くなさそうだったから」
 魔女は髪をまとめながら言った。アシューは外を見ながら呟いた。
「まさか、エアフレイン城を管理していてくれたのがロスフィアとは。ならば話しが早い」
 アシューは言うが否や、早足でパオを出た。
「ちょっと待ったぁ! おチビ、あんた何者?」
「アシューズヴェルト・エアフレイン。元賢者ですよ」
 アシューはニコリと笑うと、外を歩き始めた。その後をバタバタと音を立てて魔女が追ってきた。相当慌てていたのだろう、まとめた髪が途中で崩れ、酷い事になっていた。
「なななな、あんたみたいなチビがどうして賢者なのよッ。ロスフィア様から聞いていたのは、銀髪で長身、容姿端麗な美青年だったって……それがクソ生意気そうな顔のあんたなのっ? あ、同性同名とかっ」
「そんな無駄に長い名前で、悪の賢者とまで言われた名前を親がつけると思いますか?」
 アシューが真顔で言い返すと、魔女は唸った。
「う、うう。じゃあ本当に本人なの?」
「そうでもあると言えるし、そうでもないとも言いがたい。髪、直した方がいいですよ」
 アシューはそう言いながら歩く速度を早めた。魔女は髪を解き、手ぐしで軽く整えながらさらにアシューに突っ込んできた。
「ねねねね、どうしてチビなのっ? それとも、なんだかんだ言って、アシューズヴェルトのガキとかっ」
「彼がいなくなった年数と、外見が合わなくないですか。ま、発育不良と言ってしまえばそれまでですが」
 アシューはため息をつくと、ピタリと足を止めた。
「それで、貴方の名は」
 振りかえり、アシューは軽く微笑んだ。
「えっと、レーヴェレス。これでもロスフィア様直下の見習いなんだから」
 アシューは小さく「そうですか」と聞き流すと、また歩き始めた。
 まだ何か質問があるのか、レーヴェレスは大きな身ぶり手ぶりでアシューを呼びとめようとするが、なかなか言い出すことが見からない様子だった。
 アシューはしばらく歩いたところで、再び足を止めた。
「それで、レーヴェレス。まだついて来る気ですか?」
「だ、だだだって、ずっと姿を隠したままだった――と言うか死んだって伝えられてた賢者がここにいるんだよっ? チビだけどさっ」
 レーヴェレスは最後に一言アシューにトゲを刺した。
「まず人を疑うのが魔女であり、また真実を占うのが魔女でしょう」
 アシューはそう言って、ラモゥを借りたパオへと入りこんだ。
 店の中年男は、酒ビンを片手にラモゥの背にブラシをかけていた。
「おや、お客さん、早いですねぇ。もう出発ですか?」
「ええ、行き先が意外と早く判明したもので」
 アシューは言いながら鞍を乗せるのを手伝った。
「一応三人乗りの鞍をつけたけれど、あまりいい鞍じゃないから、ちょっと尻が痛くなるかも知れないな。で、借りるのは何日だい? 貸し出し期間が過ぎたら転送されてきちゃうからね」
 男はそう言って、壁にぶら下がっているいくつもの小さな札を手に取った。札には色々と呪文が書きこまれており、日数や時間で自動的に転送魔法が発動するようになっているようだ。
「このアモゥの速度は? 大体エヴィエンドへの国境を考えていますが」
 アシューのその質問に、男は札を一枚抜いた。
「片道で良ければ二日半かな。この札は、転送が働く三十分前と十分前に鳴いて光るから。目安にしてくれ」
 男は抜いた札をラモゥの首にかけた。
「荷物やなんかも降ろしておかないと、一緒に転送されてきちまうから気をつけてな」
 そう言いながら、ラモゥをパオの外に出し、アシューの手に手綱を渡した。
 アシューは、ラモゥの動かし方などを軽く男に教えられた後、早速ラモゥに乗り込んだ。



Next
TOP
NOVELTOP



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース