一章 


 白化粧をした木々が、少し曇った窓からのぞいている。雪は舞い降りる――今はそう感じられるほど穏やかに降り積もっていた。
 真冬の国、と呼ばれるほどの寒冷地・エヴィエンド国としては、珍しく穏やかな日だった。
 ふと、窓が一層曇った。その原因は、部屋の中に器を片手に入ってきた青年だった。器の中にはスープが入っている。その湯気が窓際を通った際に白く曇らせたようだ。
 器を持った青年は、カラフルなベッドカバーがかけられたベッドへと近づく。青年は器をサイドテーブルに置き、ベッドの中をのぞきこむ。
 ベッドの中では、青白い顔をした少年が一人眠っていた。肌は白いのに、頬が少し赤いところを見ると、熱でも出ているのだろう。
 青年はスッと手を伸ばすと、少年の額に乗っているタオルを退けて、変わりに自分の手を額に置いた。
「まだ、高いね。スープ、作ってみたんだけど飲めそう?」
 青年は少年の背に手を入れて起こし、ベッド枠にもたれかからせた。
 少年は目をうっすらと開いて青年をけだるそうに見る。
「二日も食べてないのはダメ」
 青年はそう言って少年に器を持たせた。少年はため息をつくと、木製のスプーンを握ってスープを口へと運ぶ。
 少年はスープが飲み終わると、青年に言った。
「地下室へ降りて行って、解熱剤を取って来てくれませんか。頭がボーッとしていて、どこに置いたか思い出せなかったのですが、降りて右側の本棚の真中の棚です。そこの手前にある壜を全て持ってきてくれませんか」
 少年がそう言うと、青年は肯いて部屋を出て行った。
 部屋に残された少年は、一人外を見つめた。
「私は、まだ生きている……」
 そう呟いて、ずるずると少年は布団の中に入りみ、目を閉じた。
 それからしばらくして青年が両手に沢山の壜を持って駆けこんで来た。


 茶色の、少し髪がツンツンと立っている青年は、青白い顔の少年が薬をお湯で飲みほすのを見てホッとしたような表情を浮かべた。
 薬を飲み終えた少年は、顔にかかった銀髪をかきあげて軽く肩を揉む。先ほどまで苦しげに細く開いていた紫の瞳を大きく開く。
「まぁ、少ししたらすぐに良くなりますよ――薬を元に戻さなくてもいいです。後々わからなくなりますから」
 少年はそう言って、サイドテーブルにカップを置いた。そのカップの横に、小さな人影が現れた。ココア色の髪をした小さな少女。丸くなって眠っている。
「ココアを、一杯入れてきてもらえますか?」
 少年はそう言って青年を見上げた。
「了解」
 青年はニカッと笑うとカップを手に出てゆく。その拍子に目が覚めたのか、小さな少女はあくびをすると、透明な羽を広げて少年に近寄る。
そして、目と鼻の先で言った。
「おはよう、賢者サマ」
 賢者と呼ばれた少年は指先を少女に伸ばす。
「おはよう……」
 少年はそう言葉を返すものの、どう呼んだらいいのか困ったような表情を浮かべていた。
「賢者サマったら、ずーっとポーッとした表情をしていて答えてくれないんだもん。せっかくラグナハザードちゃんに人間言葉教えてもらったのに」
 少女はそう言って少年のひざの上に腰を落とす。
「ラグナハザード。ああ、ラグの事ですか。あまりに長い名前なので忘れていました。それで、なぜ私を賢者と?」
「だって、ラグちゃんたら名前をずっと賢者さん、賢者さんって言うから」
 少年はため息をついた。
「私の名前は、アシューズヴェルト・エアフレインですよ。この小さな体に、そんな大それた名前はいらぬから、アシューでいいです」
 少年はそう言って少女の頭を指先で撫でた。


 シャント大陸に住む人間を、魔物から守っていた三大賢者。
 虚無の地から魔物を追い出し、そこに城を築いたエンデガルド・アルツマイヤー。そして、大陸一の美青年と称されたアシューズヴェルト・エアフレイン。紅一点のクィーン、レスティカ。
 しかし、その行方も、生死も今は知られていない。多くを欲し過ぎた故の罰か、それとも……
 その一人、アシューズヴェルトはまだ生きていた。
 力を奪われ、姿を子供にされたまま――



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