1. プロローグ

 世界は、一つの国家勢力の元、統一されていた。
 だが、その統一は決してよいものではなく、重い税や、国家の悪
らつな軍のおかげで人々は苦しみ、涙を流していた。

 その国家にでさえ力が及ばない地域があった。それは一年のほと
んどが雪に閉ざされる山脈、グエスト。
 グエスト山脈は、大陸の北側に位置し、北からの冷たく湿った空
気をすべて遮断しているかのようであった。世界の半分が夏であろ
う時期は、グエスト山脈あたりの土地は、一ヶ月間の春を迎える。
その短い期間に、地面が顔を出し、とてもおいしい水を供給してく
れていた。
 そのグエスト山脈と、平地との間に、ひとつの村があった。名を
クーエと言う。
 春がほんの一月ほどしかないグエスト山脈に、なぜクーエの村に
人が住み着いているかと理由をあげると、二つある。
一つは雪山だけに生息するモンスターの毛皮を取るためである。グ
エスト山脈の毛皮を持つモンスターたちは、とても高価だった。
寒さをしのぐために毛皮は厚く、とてもしなやかだった。それが、
町の貴族にはよく売れた。
また、二つ目の理由は、ダイヤやルビーなどの鉱石の発掘ができる
ためであった。
 世界の半分が夏を迎えるときに、グエスト山は春を迎える。無論、
発掘はその春である一ヶ月間に限ったことなのだが、その一ヶ月の
間でクーエの村は発掘のためにやってくる人間でにぎわうのだ。
そのにぎわいに乗じて、クーエの村では成人の儀式が行われる。
 十四歳の春、成人の儀式は行われる。春になってエサを求めて動
き出す小さなモンスターを狩ってくることによって、成人として認
められるのだ。その狩ってきたモンスターを、一生のものとして小
物にする村人も少なくはない。もちろん、小さな村のため、狩の方
法は問わなかった。あるものは弓矢で、またあるものは剣で打ち倒
し、あるものは魔法でモンスターの命を止めていた。

 その儀式が行われる、春を目前としているクーエの村。
アンリ・メディナは、十六歳だった。茶色の、あまり手入れをして
いない茶髪に青い目の少年だった。もっとも、青年とも呼べる体つ
きをしていた。十四の時に両親が立て続けに死んでからというもの、
町に出て働き続けたので、そのような体つきになったのもうなずける。
 そのアンリは、春になって鉱石の発掘のためにクーエの村に戻っ
てきていた。

 アンリは村人だったというよしみから、発掘所の一番いいところ
を教えてもらおうと、村長兼神父のシャンス神父の元へと向かった。
 村の裏情報は、なぜかシャンス神父が握っていた。シャンス神父
の情報は、酒場に毎年来ている採掘者たちのものより、確かだった。

 シャンス神父は、いつ見ても若かった。金髪をきっちりとなでつ
け、赤ちゃんを一人背負って、今は……教会のすぐ近くの小川で洗
濯ものをしていた。すべての洗濯物が洗い終わって、十二歩先の物
干し場に戻るところだったらしい。
「シャンスさん!」
 アンリはシャンス神父が視界に入ると、大声で呼んだ。
「おお、アンリくんじゃないか。どした?」
「おかえりの挨拶もナシですかい」
 アンリは、洗濯物に懸命になって振り向きもしないシャンス神父
にそう言った。
 するとシャンス神父は洗濯物のシワを伸ばしたあと、くるりと振
り返ったかと思うと、アンリを思いっきり抱きしめ、その頬にキス
を……
「い、いいいいらないですっ!」
「何をいうかね。アンリくんが挨拶しろというから、古来からある
正当な挨拶の仕方をだねぇ……」
「もう、いいです……」
 アンリは深々とため息をついた。
「で、何か用かな?」
 再び洗濯物のシワを伸ばしながらシャンス神父がアンリに問いた
ずねた。アンリは、これ以上シャンス神父がろくでもないことを言
い出す前に本題を言った。
「あんまり人がこない発掘場、知りませんか?」
「ああ、知ってるよ。昔成人の儀式の時に、鉱石できらきらと光る
穴があったな。その時はロープをもっていなくて、降りることはし
なかったが……」
 シャンス神父は、昔の記憶を思い出しているのか、しばし晴れ渡っ
た空を見上げた。
 アンリは、シャンス神父の顔を覗き込んで言った。
「なんでもう一回とりに行かなかったんですか?」
「いや、行きたいのは山々だったけれど、かったるいからギリギリ
まで成人の儀式を伸ばしたってことと、翌年にはカミさんにガキで
きてたし……結局元村長にばれたが。その翌年には、ガキとカミさ
ん抱えてて、そんな危ないことできなかったんでなぁ」
「でき婚?! 神父がンなことしていいんですか!?」
 勢いあまって詰め寄るアンリを両手で押し返しながら、シャンス
神父は言葉を返す。
「とは言ってもなぁ、まさかできちまうとは思わなかったし、こう
してちゃんと責任とってるし、結構神父も心の休まるしょくぎょー
だし、いやぁ、人に頼られるっていいもんよ」
 シャンス神父は洗濯籠を持って教会へと足を向け、アンリを手招
きする。
 アンリは、シャンス神父の後を追って教会の内部へと入った。

 教会の中は、ひんやりとしていた。入ってすぐに目に入るステン
ドグラスが、シャンス神父の子供たち(総勢7人)が内部を掃除し
ている。椅子を磨いたり、床を拭いたりしている。
 シャンスは背負っていた赤ちゃんを近くの娘に任せると、アンリ
を懺悔室へと招いた。
「鉱石が眠っている場所だが、ここからは少し遠い。それに、多少
なりともモンスターが現れる。……ちょうどいい、同時に儀式も済
ませてしまっては? ほら、十四の時にできなかった……」
 シャンスは、鉱石の場所を示す地形を記していた手を止め、アン
リを見つめた。
「出発の際の加護の儀式ぐらいはしてやるぞ」
「そう、ですね……」
 アンリは、二年前を思い起こした。

 二年前。
 アンリの父は、グエスト山に狩に出かけた。春になって一度クー
エの村に戻ってくるはずだったが、戻ってはこなかった。
 戻ってくると最後まで信じていた母は、アンリに書置きを一つ残
して父を探しに、雪と氷の季節の始まりにグエスト山へと入って行
ったのである。
 無論、父も母も帰ってはこなかった。
 15歳になって、村の狩人の一人が、父の短剣を持って帰ってき
た時に、アンリは二人の死を認めた。その短剣は、父の形見として、
常に持ち歩いている。短剣にはサヤがなかったため、モンスターの
毛皮をなめしたものを巻きつけて腰のベルトにぶら下げている。
 アンリは、そっとその短剣に触れるのだった。

 アンリは、シャンス神父に「どうした?」と声をかけられて我に
かえった。
「いや、なんでもないです。そうですね、成人の儀式、やってみま
す。でも、鉱石を採ってくるのが主ですから、もしかすると……」
「きみならきっとやれるよ。大丈夫、思っているよりたいしたこと
はないさ。村で英雄になったところで、どうしようもないだろうか
ら」
 シャンス神父はそう言って笑った。確かに、数年前の成人の儀式
の時に大きな獲物を狩ってきた村人がいたが、結局普通の力仕事に
ついている。
 アンリは、それを思い起こしてほっとした。儀式の、狩りの結果
がどうであれ、やることに意義があるのだ。それに、グエスト山で
モンスターに会うのは普通のことだろう。今までいろいろな力仕事
をしてきたのだから、できる……
 アンリはシャンス神父から地図を受け取ると、懺悔室から出た。
シャンス神父に「ありがとうございました」と頭を下げると、教会
の出口へと体を向けた。
 アンリの背後に、シャンス神父の声が届いた。
「ああ、ちょっと地形が変わっているかも知れないから気をつけて
いくんだよ!」
 アンリは振り返ってうなずくと、教会を出て行った。
 シャンス神父はアンリを見送りながら、ポツリと言った。
「氷の女神に魅入られることのないように……」

To be ……
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