2.氷の女神―1

 アンリは村の中で長く丈夫なロープと去年の春に作られた地図を手に入れ、グエスト山脈の入り口、シャンス神父に教えられた場所がある山へと足を向けた。
 グエスト山脈の低い方は、まだ森林が残っており、雪解けの水が、 木々の合間を歩くアンリの体に降り注ぐ。
 途中でロープを調達し、雪がとけてできた小川に沿って歩を進めていった。
 歩くこと数時間、小川はだんだんと細く小さくなり、小さな穴からの湧き水となって山の中腹で終わった。
「ここから北へまっすぐ……ちょうど裏側にある、とな」
 新しく買った地図と、シャンス神父にもらった地図とを見比べながら、そうつぶやくアンリ。
 荷物を背負い直すと、アンリはまっすぐ頂上を目指して歩き始めた。

 さらに一時間程度登ると、今度は下りになり、アンリの表情が真剣になる。山を降りるのは、登るよりも慎重になる。
 いささか慎重になりすぎたせいか、アンリは自分の周りの状況に気づくのが遅かった。
 ゆっくりと距離を縮めていたモンスターの気配に気づかなかった。そのため、不意に襲いかかってきたモンスターの形状をつかむ前に、もつれ合って山の傾斜を転げはじめた。
 アンリの目の前に、モンスターの真っ赤に開いた穴が迫る。
 それがモンスターの口だと気づいたのは、腰にあった短剣を真っ赤な穴に突き立ててからのことだった。
 グチャリといやな感触がして、舌が切れ飛ぶ。顔に生暖かいものと、モンスターの茶色い毛が触る。
 突然、重力から開放された。
 アンリに直感が働き、モンスターに馬乗りになった。何度かどこかに激突し、重力に引き寄せられていることを感じた。何度かぶつかったのが幸いしたのか、モンスターはそれで事切れていた。
 ドンッ、と重く、内臓が潰れるのでは、と思うような衝撃がアンリを襲った。
 息がつまり、アンリはしばらくのどをヒューヒューと鳴らしたあと、激しく咳き込んだ。
 動かなくなったモンスターの体から、逃れるようにして離れるアンリ。気が落ち着いてから上を見上げると、はるか上のほうに、木漏れ日がちらついているのが見えた。
 アンリはため息をついた。
 上るのは難しそうだな……だが、長居はしたくないな……
 そう思考をめぐらしながら、モンスターの死体があると思われる方を見つめる。穴の底は非常に暗く、上の穴の口から差し込む木漏れ日も、底を照らしてはくれない。現にアンリは自分の手さえどこにあるのかがわからなかった。
「火だ」
 肝心なことを思い出した。腰にぶら下げておいた小袋を手で探って火打ち石を取り出す。そしてはたと気づく。
「短剣!」
 あれがなくては火を起こすことができない。それに、火を持続して起こすためにはモンスターの毛皮と油が最適だろう。
 アンリは短剣を探すためにも、モンスターの死骸の元へと戻った。 引き抜いた覚えがないのだから、短剣はまだモンスターの口の中のはずだ。暗闇の中、モンスターの死骸をなんとかつき止め、その体を探る。
 ぬるりとした中に、短剣はあった。短剣を抜き、握りをモンスター の毛で拭くと、火打ち石を打ちつけた。一瞬だけ、あたりが明るくなり、アンリはその光景を目に焼き付けた。見えない中で、モンスターの毛皮を切り取るのは少し大変だったが、なんとかやってのけた。切り取った毛皮を食事用に持ってきていた金属製の皿に乗せ、火をともす。
 辺りが明るくなった。二足歩行の、狼のような顔をしたモンスターが目に映る。
 アンリは、人心地落ち着くと、明かりを持ってあたりを見回した。穴の壁は、明かりを受けて、キラキラと輝いていた。
「もしや、ここがシャンスさんの言った……」
 一番近くの輝きに手を伸ばす。透明な石が、アンリの手の中で輝いていた。
「ダイヤ……それにサファイア」
 どうやらこの二種類が多く取れる場所らしい。壁を数箇所叩くと、ダイヤやサファイアがぽろぽろと落ちてくる。
 しばらく鉱物を小袋につめて、アンリはあることに気づく。
「こんなに取ったって、ここから出られないんじゃ……」
 このままだと、遅かれ早かれ、先ほど皮を剥ぎ取ったモンスターと同じ状態になってしまうだろう。
「早いとこ、なんとかしないと……」
 明かりを持って暗い穴の底をぐるりと回る。
 ひんやりとした風を頬に受け、アンリは足を止めた。
「風……どこかに通じているのか?」
 冷たい風が、土と岩の間から緩やかに吹いていた。アンリは風が吹き出ている場所を、懸命に掘った。数十センチ掘ったところで、突然壁がボロリと崩れた。勢いでそのまま壁の向こうへと転がり落ちていった。
 アンリは平坦な場所で止まった。今日一日、よく転がる日だ……などと思いながら頭を振り振り起き上がる。先ほどの穴の底よりさらに暗く、慌てて明かりが見える場所へと戻った。
「行くしかないな、行ってみる価値はあるだろう……」
 荷物を持ち、弱々しい足取りで先ほどの壁の中へと進む。壁の中は、アンリが直立で立ってもまだまだ隙間がある。天然でできたものとはいいがたい。もしかすると、大昔に発掘された場所かもしれない。今よりまだ春が長かった時期があったと言う話を聞いたことがある。
 しばらく進むと、小さな明るい光がアンリを包んだ。先ほどの穴と同じように、鉱物がはじめて浴びる光に答えているようだ。
 だが、アンリは光を返す鉱物よりも、この人工的にできたような場所の最後にあるものに興味を馳せていた。
 何かある、何かある、きっと……
そう自分に言い聞かせるようにしてアンリは奥へと進んで行った。


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