4.GHOST HOME−5


 カヲルを見つめるバドの前に、アルが割り込んだ。ヒュッと音が
し、バドの金髪が少し空に舞った。
「いっ……」
 右の頬に痛みが走り、何かが流れ落ちる。操られているとは言え、
拳がかすっただけで相手に傷をつけられる程の力。
「意外と、力を隠してたんですね」
 バドは、頬を流れる血をぬぐった。アルとの間を取ろうと後方に
飛ぶバドだが、すぐにアルに追いつかれてしまう。アルの拳と蹴り
をよけながら、唸るバド。バドより数段背の高いアルは攻撃のリー
チが長く、反撃の隙を見つけ出すのが難しかった。
 何よりもカヲルの言いつけである「人を襲うな、傷つけるな」が
引っかかっていたのだ。
「アルさん! いい加減正気に戻ってくださいよ〜」
 バドは半泣きになっていうが、その程度のことで正気に戻るのな
らば苦労はない。バドは深々とため息をつくと、大きく間合いを
取った。
「ご主人、ちょっと約束破ります」
 向かってくるアルに、逆に突っ込んでゆくバド。繰り出される拳
をつかみ、力で押して壁際に打ち付ける。息がつまって動きが鈍っ
たアルの首筋に、バドはとがった犬歯を立てた。アルはバドを引き
剥がそうと暴れるが、無駄に終わった。次第に静かになり、ぐった
りと腕を下ろした。そのままずるずると壁に沿って座り込む。その
アルの首からは、幾筋もの血が滴り落ちていた。
「アルさん、気づきましたか?」
「あれ? 何かあったんですか?」
 アルは言いながら、生暖かいものが流れ落ちる首筋に手をやった。
「これ……もしかして……」
「大丈夫ですよ、印はあとでとりますから。それよりも!」
 バドはカヲルの方を振り返った。
 薔薇のツタに動きを封じられたカヲルの姿が目に入った。今、ハ
イネに顎を持ち上げられ、あらわになったカヲルの首筋に、ゆっく
りとハイネの舌が這っていく。
「姉さん!」
 バドはそう叫びながらカヲルを抱きかかえ、薔薇のツルの中から
引きずり出した。
 ぐったりとするカヲルを抱えたまま、バドはハイネをにらんだ。
「姉さんもうやめてください! 昔はこんなんじゃなかった!」
「おだまり! あくまでもその子を渡す気はないのね。ならば」
 薔薇のツルがバドの脇をすり抜けた。
 鈍い音がした。
 カヲルの体が一瞬ビクリとして、咳と共に血を吐き出した。カヲ
ルの胸部から、血に混じって薔薇のツルが蠢いていた。背面から貫
き通されたようだった。バドは背中からツルを引き抜くと、焦った
ように叫んだ。
「ご主人! ご主人っ! ……カヲルさんっ!」
 血の気がどんどんと引いていくカヲルの頬を、何度も撫でる。名
を呼んでも、反応一つ示さない。
「アル、ハイネの方は任せます!」
「ちょっ、素手でどうしろって言うんですか!」
 バドは自分がはおっていたマントをはずすと、アルに放り投げた。
「なっ、重い……」
 バドのマントの裏側には、ナイフが何本も収まっていた。その中
に包丁なども混じっていたが……
「あなたの腕ならナイフの二、三本でどうにかできるはず!」
「え、ええええ!!」
 できるはずはないのだが、「草を刈るのと同じですよ」と言うバ
ドの言葉に、なぜか納得を示すアル。
 バドは、再びカヲルの頬を撫でた。
「お願いですから……目を、目を開けてください……」
 カヲルの顔についた血をぬぐい、体を抱き寄せる。懸命に止血を
しようとするが、深々と貫通してしまった傷跡はどうしようもな
かった。
「カヲルさん!」
 何度目かの呼びかけに、カヲルはゆっくりと目を開けた。
「バド……」
 消えそうな声で答えが帰ってきた。
「俺……死ぬ、な」
「なっ、そんな簡単に言わないでください! 今治しますから!」
 バドはカヲルのワイシャツを乱暴に裂いた。
「や、やめろ……」
「何言ってるんですか! それに、もう知ってますから」
 ワイシャツの下に着ていたタンクトップさえも切り裂く。カヲル
の細い体の胸部は、ふっくらと膨らんでおり、女性を匂わせる。
「出会ったときに気づいてました。あんまり俺を馬鹿にしないでく
ださい。鼻がいいんですから」
 そう言いながら、傷口に顔を寄せるが……
「だめ、だ……」
 出血の量が多すぎた。バドだけに感じ取れるものだったが、人が
死の間際に放つ死臭がし始める。
「俺を、お前の好きにしろ……」
「え……その、契約を交わしてもよいのですか」
「勝手に、しろ」
 カヲルはそう言うと、瞳を閉じた。その腕からは力が抜けてゆき、
がっくりと床に落ちた。
「カヲルさん……」
 バドは小さく呟いた。カヲルの遺体を横たえると、その口から滴
り落ちていた血をなめとった。自分とカヲルの唇とを重ね合わせ、
しばらく時を過ごした。
 ゴクリとバドの喉が鳴った。そして、顔をあげ、ブツブツと呟き
ながら左の手首を爪先で切った。手首から零れ落ちる血を、カヲル
の胸へと注ぎ込む。
 血は、まるで意思を持ったかのようにカヲルの体内へと吸い込ま
れて行った。徐々に傷跡が塞がれてゆき、何事もなかったかのよう
に肌は滑らかで、艶やかな色を放っていた。
 バドは、カヲルの胸元を正した。そのバドの手を振り払い、首に
抱きつく者があった。
 それはカヲル自身だった。
――心内、でたかな……
 抱きしめ返そうとした瞬間、思いっきりつき返された。
「何すんだ! この変態が!」
 カヲルはそう言って起き上がると、すぐ近くに放置されたままだっ
たクロス・ソードを拾い上げた。そのままハイネに遊ばれているア
ルの元へと向かう。
 バドはその後姿を見送りながら呟いた。
「あーあ……負けてしまいました、俺の血。ヴァンパイア、として
も成立しているかどうか。もうちょっと研究が必要なのかも知れま
せんね」
 バドはそう言って起き上がった。



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