4.GHOST HOME−4


 カヲルは入ったすぐのところで立ち尽くしていた。
 霊廟の中には、棺が一つあった。そして、その周りにはおびただ
しい数の青い薔薇が咲き誇っていた。
 そう、青い薔薇。現世界で、ここまで見事に青い薔薇を咲かせた
者がいただろうか。
 深みのある青に、淡い水色の薔薇がぽつりぽつりと浮いて見える。
まるで暗く青い宇宙の中に、白い星が瞬いているようだった。それ
がまた見るものの目をひきつけ、幻想的な世界、薔薇宇宙へと誘う……
 カヲルはその青い薔薇の一つに手を伸ばしていた。その瞳はすで
に正気を失っているかのように見える。
 バドも一瞬薔薇に見とれたが、事態に気づいて叫んだ。
「ご主人っ!」
 我に返って振り返ろうとしたカヲルの腕に何かが巻きつき、カヲ
ルを空へと持ち上げた。
 カヲルの腕に巻きついたのは、深い緑をした縄……いや薔薇のツ
ルだった。刺がカヲルの皮膚にゆっくりと食い込み、腕から血が滴
り落ちた。落ちた血は一輪の青い薔薇をまだらな紫へと変えた。
「か、カヲルさん!?」
 バドよりさらに後から入ってきたアルはそう叫び、何を思ったの
かカヲルに走り寄ろうとした。
「馬鹿者! 来るな!」
 カヲルがそう怒鳴ったときはすでに遅く、アルは自ら薔薇の刺の
中に踏み込んでいた。
「馬鹿……少しは考えて行動し……くぅ」
 ツルがカヲルの腕をきつく締め上げる。
ふとカヲルの視界がブレた。そして、落下を感じる。
 だが、思ったより落下の衝撃はなかった。
「大丈夫ですか、ご主人」
 バドは、カヲルを抱き上げた格好でそう言った。カヲルは慌てて
バドから飛び降りると、答えた。
「うかつにハイネに近づけないな。棺が開いたということは、ハイ
ネが……」
「この薔薇はハイネの守りのようですね。流石に五百年も生きてる
と護り人の種類も豊富になってきますね……」
 バドはそう言いながら、薔薇がツルを伸ばしていないところまで
後退した。何せ、薔薇のツルが全体的に蠢き始めたからである。か
と思うと、ツルは鞭のようにしなり、カヲルを初めとした三人に襲
いかかってきた。カヲルは、クロス・ソードを引き抜いて襲いくる
薔薇のツタに捕まらぬように振るう。
 ふと、薔薇のツルが唸る音に混じって、ガタンと言う重たい音が
聞こえた。それとともに、少し耳障りな笑い声が聞こえた。
「待ってたわよ、バド。でも、その顔じゃ私の望んでいる答えじゃ
なさそうね」
 長い赤毛を揺らし、パッチリとした瞳をバドに向けるハイネ。太
陽の元ではあらわになることがなかったハイネの顔が、はっきりと
見えた。
「そうですね……でも、二百年前に助けてもらったことに対しては
感謝しています。ですが、それとこれとは別です」
「思ったとおりだわ。かわいい弟を殺めるのは気分が悪けれど、仕
方ないわよね」
 整った艶やかなハイネの唇が憎々しげに歪んだ。そのハイネの意
思をくみ取ったかのように、薔薇のツルが再び動き始めた。
 カヲルはクロス・ソードでツルを切りつけるが、薔薇に自己再生
能力がたずさわっているらしく、ツルの動き鈍ることはない。
「バド、これはどうしたらいいんだ!?」
「核を探してください! たぶん、ハイネの側にあるはず……なん
ですが」
 バドは、後から「無理ですね」と付け加えた。
 アルは、器用に薔薇のツルをよけながら言った。
「一度に焼き払えたらいいですけどね、無理ですかね」
「たまにはいいことを言うな、お前も。そう言えば、いつもその髪
型を作ってるのはなんだ?」
 カヲルはアルの頭を指して言った。
「これ、ですか? ハード系の……」
「持ってるだろ、携帯用のヤツ」
「はい? 持ってますけど」
「貸せ!」
 アルはカヲルに言われるがままに懐から小さなスプレー缶を出し
て、カヲルに投げた。
 カヲルはそれを受け取ると、今度はバドに言った。
「お前のライター貸せ!」
「ジッポならありますが……」
「大差はないだろうが! さっさとよこせ。それと、下がってろ」
 バドからジッポを受け取ると、カヲルはスプレー缶を右手に持ち、
左手でジッポに火をともした。
 ゴオオオオオオオオオオオ……
 派手な音を立て、炎が吹き出た。炎はそのまま薔薇に燃え移った。
薔薇は、青い炎をあげて燃えた……
 カヲルはその様子を黙って見つめた。
「昔やらなかったか? 火気厳禁と書いてあるものを見ると、どう
してもやってみたくなるのが人間の性だった」
 カヲルはそう言うと、心底楽しそうに笑った。アルはふと疑問に
思って言った。
「それにしても、どうして僕が持ってるって知ってたんです?」
「おまえ、女好きだろう」
「え、そりゃまぁ……」
「おまえは暗がりでよく確認もできていなかったハイネの顔を、野
次馬の中から見つけることができたし、おまえの部屋のクローゼッ
トには、無理して買ったであろうブランド物のスーツが何着かあっ
たし、第一部屋の作りも女向けだったぞ。ベッドが無駄にでかかっ
た。それほどの女好きが、外でも身だしなみを整えるものを持って
いないはずがないんでな。なかったらなかったで、香水でも良かっ
た。威力は少なくなるがな」
 カヲルの話に、アルは苦笑いをした。アルの内ポケットには、小
さい香水のビンが入っていたのだ。
「その点、バドは女に興味がないのか、質素なものだ。まぁ、その
童顔では何をしても浮くだけだがな」
「ひ、ひどい……いちおー貴族だったのに。というか、ご主人どう
いう育ち方してたんですか……」
 バドはちょっとした疑問を口にして、カヲルににらまれる事と
なった。
「貴様ら! 私の大事な薔薇を……許さない。バド、やはりお前に
は卑しき血が濃く流れているな。ヴァンパイアとしての血を汚した
だけでなく、人にまで味方するとは」
 炎など気にもとめた様子もなく、ハイネは棺の上に立<っていた。
バドは、ハイネの言葉に前へと進み出た。
「ね、姉さん……今のはどういう……?」
 ハイネは馬鹿にしたように答えた。
「知らなかったとは言わせないわよ。おまえの母は獣人。奴隷の立
場にある獣人の子! 半分父の血が流れていようとも、半分は卑し
い血。あの時助けるんじゃなかったわ!」
 ハイネの言葉に、バドは奥歯をかみ締めた。そして、深々とため
息をつく。
「母は……どこに?」
「そもそもワイザー家を滅亡にまで追いやったのはお前の母親よ! 
寵愛を受けた恩まで忘れて!」
 バドは、何も答えられなかった。代わりに、カヲルがハイネに怒
鳴り返した。
「母親と子とは関係ないだろう!」
 カヲルはクロス・ソードを、手が白くなるほどに握り締めていた。
かと思おうと、カヲルはハイネに切りかかった。同時に、燃え
残っていた薔薇のツルがカヲルの身を刻む。カヲルの体はあっとい
う間に血で染まった。
「ご主人! 無理です! 俺が代わりに……」
 カヲルに近寄ろうとするバドの前に、何者かが入り込んだ。
「アル?!」
 アルの目は、正気を失っていた。アルの左腕にはツルが巻きつい
ており、青い薔薇が咲いていた。
「体の乗っ取りまで!! アルさん、目を覚ましてください!」
「バド、あなたはその子と遊びなさいな。私はこの子の流す血が気
に入ったわ」
 ハイネはクスクスと笑うと、ツルにカヲルの右手を捕らえさせた。
ワイシャツが裂け、先ほどできたばかりの傷跡に更に刺が食い込む。
それでもカヲルは痛みではなく憎しみを表わしていた。




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