4.GHOST HOME−3


 カヲルは、ふと目を覚ましてあたりをうかがった。
 辺りは暗く、明かりのひとつさえついていない。暗がりに、目を
慣らすのにしばらく時間がかかったが、大きな窓から差し込む月の
光が部屋を照らしてくれた。
 部屋の中の、一つしかない机に顔をうつ伏してアルが寝ている。
さすがにカヲルの横に入ってまでベッドで眠りたいと思わなかった
らしい。バドは、大きな窓のすぐ横に立っていた。バドの顔の左側
面を、月のやわらかい光が照らしている。
 カヲルはベッドを抜け出し、バドのすぐ近くまで寄った。バドの
方が少し背が高く、カヲルは下から覗き込むようにしてバドの顔を
見つめた。
――何もしてこなかったか。いくらでも機会はあったはずなのに……
それにコイツの癒しは、人に安らぎを与えているのか? とても体
が軽い……
 カヲルはさらにバドに近づき、まじまじと顔を見つめる。
 バドが目をゆっくりと開けた。カヲルがいることに気がつくと、
にこりと微笑んで言った。
「怪我の具合はどうですか? もう痛くないですよね?」
 カヲルは首筋に触れようとするバドの手を振り払い、背を向けて
言った。
「もう大丈夫だ。ところでおまえは、そろそろ俺の下を離れる気は
ないか? おまえはもう、人を襲うことはないだろう」
 カヲルは、背後から伸びてきた手によって無理やり振り返らされ
た。
 ドン、と背中から胸にかけて鈍い衝撃があって、カヲルは自分が
壁に押し付けられたことに気づいた。目の前には、真剣な表情をし
たバドがいた。
「いやです。それはできません。人を襲わないと約束したのは、
ご主人の前だけです。ご主人が死んだら、俺も後を追いましょう。
もしも、追い出すというのなら、再び人を襲い、殺めます。だから
……だから……」
 まるで小さな子供が、母親を求めるようだった。カヲルは肩を抑
えているバドの腕を持って自分の体から離させた。
「わかった。わかったから俺の前から退け。気色が悪い」
 バドは慌ててカヲルから離れた。
「す、すみません……つい」
 カヲルは、頭を下げるバドをそのままに、机で寝ているアルへと
向かった。気配に気づいたのか、アルは顔を上げてカヲルをぼーっ
と見つめた。辺りを見回し、アルが言う。
「あれ……またケンカでもしたんですか?」
 床を見つめ、暗い雰囲気をかもし出しているバドを横目で見る。
「気にするな、いつものことだ。今何時だ?」
「四時……ですが、日が暮れるのが早いですね」
「それは、早くに夜を迎えるように屋敷全体を工夫しているからで
す。少し様子を見てきますから、ご主人はその間に服を着替えて用
意でもしててください」
 バドはそう言いながらカバンを漁って真新しいワイシャツをカヲ
ルに渡すと、アルの腕をつかんで部屋を出て行った。
 カヲルは深々とため息をつくと、バドが渡してくれた
ワイシャツを手にとった……

 ノックがあって、扉が開いた。
「昨日の一件で、雑魚は一匹もいませんでした。プライド高い姉が
追い出したとも思いますが……」
 バドがそう言ってアルを中にいれた後、扉を閉めた。
 部屋では、真っ白なワイシャツに着替え、すっきりとした表情を
見せるカヲルがいた。
「行くか」
 クロス・ソードをつかんで立ち上がったカヲルだったが、扉の隙
間から流れ込んでくる濃い霧のような物体を相手に、動きが止まる。
「たぶん……僕宛のメッセージだと思います。幻術を使った……」
 バドが言ったとおりだったようだ。霧は徐々にハイネの形をとり
始めたのだ。
「その通りよ。私が休みを取っている間に、いろいろしてくれたよ
うね。部屋は荒らして客人を追い出すわ、奴隷を殺すわ……まった
く持って不愉快だわ。でもね、バド。その人間たちを私に渡すのな
らあなたのことは許してあげるわ」
 カヲルは、カッとなって、クロス・ソードを引き抜いた。その肩
を押さえて、バドが言った。
「幻術を切っても無駄ですよ、ご主人。落ち着いてください」
 笑いを残して消えていくハイネの幻影をいらいらとした表情で見
つめるカヲル。
「子供みたいに挑発に乗らないでください」
「黙ってろ!」
 カヲルはクロス・ソードを引き抜き、バドに向けて横に薙いだ。
「ご主人!」
 バドは慌てて飛びのいたので大事には至らなかったが、その間に
カヲルは扉を乱暴に開けて廊下へと飛び出して行った。すでに霊廟
の場所は聞いているので、そこに向かったに違いなかった。
 バドは舌打ちをすると、アルに目配せをして走り出した。

 カヲルは、誘うかのように開け放たれた地下の霊廟へと入り込ん
だ。地下への階段はらせん状で、カヲルはそれを駆け降りた。
 階段を降りきり、まっすぐ伸びる廊下を、カヲルは走り抜けた。
廊下の両サイドは、鉄格子がはまった部屋がいくつかあり、少しカ
ビくさい匂いが充満していた。
 その廊下の突き当りには石の扉があったが、それもカヲルを誘い
込むようにして開いていた。
 扉を抜けると、小さな橋があり、幅二メートルほどの側溝に地下
水が流れていた。橋を渡ると、左右に廊下が分かれており、左は鉄
格子がはめられて行き来ができないようになっていた。
 カヲルは迷わず右へと進み、数十メートル行ったところで鉄格子
にぶつかった。そちらは鉄格子の扉がついており、カヲルが蹴りを
入れるとガシャンと派手な音を立てて開いた。鉄格子より先は石畳
で、地下水はその下に流れ込んでいた。
 鉄格子のその先には、霊廟へと続く巨大な石の扉が待ち受けてい
た。
 カヲルはためらいもせずにその石の扉を半ば体当たりで押し開けた。
 カヲルが、その石の扉に足を踏み込ませた数秒後、バドが追いつ
いた。
「大丈夫ですか?」
 振り返りもせずにバドはアルに声をかけた。アルは、ゼェゼェと
息を切らしている。
「ン百年の年寄りを前にそんなに息切らさないでください」
 バドはそう言うと、霊廟への扉を開け放った。



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