4.GHOST HOME−1

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 まだ日も昇らぬ早朝。テントからアルを叩き起こして軽い朝食を
済ませ、支度を始めるカヲル。
 日があと数十分で顔をのぞかせるころになって、カヲルは屋敷へ
と進み出した。

 うっそうとした森が一斉に道を開け、目の前に大きな屋敷が飛び
込んできた。屋敷の手前には青銅の塀に、同じく青銅の門がある。
門柱の上にはコウモリのような羽で裸体を隠して座り込むデビルの
姿があった。左には女性の、右には男性の像だ。
 重たい門を押し開け、雑草が生い茂る中を進む。かつてはちゃん
と整理された庭も、数百年経ってはただの荒地である。日当たりの
いいところでは背の高さ程まで緑が密集している。草を掻き分け、
しばし進むと屋敷全体の全貌が明らかになった。三階建ての、横に
広い作りとなっている。三階は飛来する客が多かったのか、大きく
ベランダが張り出している。太陽光に白くさらされる西欧風の作り
の屋敷の壁だが、一階から二階にまで届くぐらいにツタが這ってい
る。外見的には例の古本のスケッチに描いてあったものと同じだっ
た。
「は、早く行きましょうよ〜」
 アルの声が、カヲルを現実に引き戻した。アルの手は、カヲルの
ワイシャツの袖をしっかりとつかんでいた。先ほど、甲高い鳥の声
に驚いてつかまったのだ。
 カヲルはアルを殴り倒すと、殺気を放ちながら屋敷の中央にある
玄関ホールに向って行った。
 玄関の巨大な扉には、カギがかかっていなかった。カギさえもつ
いていなかった、と言うのが正しいだろう。カヲルがノブに手をか
けると、少しきしんだ音を立てて扉は勝手に開いた。
 それを見ていたバドが言う。
「ヴァンパイアの屋敷に入り込もうなんて思う人間はいなかったで
すからね。中は広いですし、たとえ潜り込んでも……でも、人間は
集団だと、何でもできたんですよね」
 バドはさびしそうに笑うと荷物を持ち直した。
 屋敷の中は、朝だというのに薄暗かった。全部の窓にカーテンが
かかっているせいだろう。そのカーテン一つ一つが厚手で、かなり
の値打ちのものと見られる。アルが手を触れると、気持ちのよいベ
ルベットの毛が手を包み込む。
 カヲルは壁にかけられていた燭台をはずして、まだ溶けずに残っ
ていたロウソクに火を灯した。
 ロウソクはゆっくりと辺りを浮かび上がらせた。
巨大な丸い玄関ホールで、左右に廊下が伸びている。玄関ホールは
巨大で、その大きさから言うと、ダンスパーティの一つでも開けて
しまうのでは? と言った感じだった。その玄関ホールからは、こ
れまた巨大な階段が目に入った。その階段は、直接3階に通じてい
るようだ。玄関ホールと同じ形に吹き抜けており、その吹き抜けを
階段が通っている。
相当の奥行きがある。二階への階段は別にあるようだ。
玄関ホールから、左右に伸びる廊下が視界に入った。
足を止めたまま動かないカヲルにバドが声をかけた。
「ご主人、案内しましょうか? 一応僕の部屋には僕以外は入れな
いようになっていますから。夕方にでもなると、客人たちがうろつ
き始めるので、屋敷の外より危険だったりしますよ」
 バドのその言葉を裏付けるかのように、うなり声が聞こえてきた。
アルはそれに驚き、カヲルに抱きつく。
「か、カヲルさ〜ん、バドさんの言う所に一時避難と言うことで……」
「触るな気色悪い! 俺は男に抱きつかれるのが一番嫌いだっ!」
 カヲルは、持っていたクロス・ソードのさやでアルを殴り、離した。
 息を整えたカヲルはバドへと振り返った。
「敵中にあって、安全な場所を確保して置かないとならないしな。
案内しろ」
 バドは「はい」と返事をすると、カヲルの前を先立って歩き始め
た。
 バドは、右の廊下へと歩を進めた。百メートル(いや、もっとあ
るかもしれない)ほどのまっすぐな廊下を息を潜めて歩き続けた。
左右にいくつも扉が目に入る。どれも重厚な扉で、綺麗な細工が施
されている。
ようやく廊下の左側に階段が見つかった。
バドは階段を上りながら言った。
「ここから先は使用人の部屋ですよ。向こうの左の階段部屋からは
先には、料理人たちの部屋とキッチンがあって。二階の左側は姉の
ハイネや、父親の部屋がありました。あとは書斎や図書室……」
 階段は三階へも通じていたようだが、バドは二階で足を止めた。
二階も作りは同じだった。だが、玄関ホールのモノクロの装いとは
別に、赤茶の雰囲気があたりを包んでいた。
「こっちです、こっちの突き当たり」
 バドはそう言って、屋敷の右端の方へとどんどん歩いてゆく。
 突き当たりに、扉があった。木製の、普通の扉だった。
 バドは、扉に軽く手を触れた。
 すると、扉はおかしな具合になった。触れたバドの手から青い光
が扉全体に広がった。一瞬だけ、金属のようなものが垣間見られた。
 と、「ピッ」と音がして扉は音もなく開いた。カヲルは怪訝そう
な顔をしてバドにたずねた。
「どういうことだ?」
「中に入ってからお話します。僕のコレクションについて」
 バドは、カヲルとアルを部屋の中へと導いた。
 部屋は、二十畳はあるかと思える広さだった。部屋の左端に天蓋
のついた巨大なベッドが一つと、なんの細工も施されていない椅子
と机がワンセット。他には何もない。
 アルがあたりを見回して言った。
「バドさーん、なーんにもないですね〜。もちさられっちゃったん
じゃないですか? 重そうなものは残して」
 それに対して、バドはにこにこと笑うばかり。
「いえいえ、ちゃんと誰にも手をつけられずに生きています」
「生きてる?」
 カヲルはそう言って首をかしげた。バドは軽く息を吸いこんだ。
「All equipment Open」
 またもや短い電子音がして、部屋の様子がゆっくりと変わって
いった。今までの薄暗い木目長の床と天井、白い壁紙に変わって、
全体が寒々しい金属へと変わった。
 そして、「フォン……」と言う音と共に金属球が二つ浮かびあ
がった。
「ほう、これはきれいだな。しかし、これはいったいなんなんだ?」
 カヲルは、金属球を覗き込みながら言った。カヲルの顔が、少し
ゆがんで金属球に映る。
「これが僕の趣味でした。人間が思い描いていた未来像を借りて魔
術を組み上げ、僕の声、体――指紋などですべてを認識するように
なっているんです。表の扉もそうです。僕以外の人間が、規定の方
法以外で開けようとしても絶対開きません。無理やり開けるのなら
ば――例えば破壊しようとすると、扉は爆破され、数秒後に部屋全
体も消滅するように仕組んであるんですよ。それと、この金属球は、
暇つぶしにいろんな情報をぶち込んであります。水晶球、と言う手
もあったんですが、統一したかったんですよね」
 バドの手のひらに吸い込まれるようにして金属球がはまった。
「子供の頃、家の中に、トラップを仕掛けたこともありまして。あ
の時はまだ、生き物を殺してもかまわないと思っていたから……」
 バドはそう言って口をつぐんだ。
「だ、だから、この屋敷の中の構造もばっちりです」
 バドは目をつぶると、なにやら金属球に集中し始める。
 アルはその様子を見ていて言った。
「あれ、そう言えば扉の開け方って、指紋センサーみたいなものだ
し、そう言うのを考えた人、二百年も前にいましたっけ?」
 バドはうっすらと目を開け、アルに微笑んだ。そして、「どこか
の諜報員が侵入したこともありました」と言うと、再び目をつぶっ
た。
 アルは口を間抜けに開けたまま、バドをしばらく見つめ続けた。
 しばらくしてバドが目をあけた。
 金属製の壁の一部に数ミリの幅、三十センチほどの高さで緑色に
光る。バドがその光を招き寄せるようにして手のひらを向けると、
光は手のひらに吸いつくようにしてやってきた。目の前で淡い緑色
の光を放ちながらバドの目の前で開けてゆく。
 数秒後、バドは透明な板に屋敷の間取りと思われるものが書かれ
たものを持っていた。
 バドから手渡されたものを見ながら、カヲルが言った。
「それが、か」
「はい。子供時代にしかけたトラップの場所も明記してあったりし
ます。この赤い印がそれです。普段は周りの風景と同化していて、
殺傷能力はゴキブリ&ネズミの駆除から……運が良ければ獣人の一
匹ぐらい……昔の話ですからねっ」
 バドはカヲルに殴られる前に最後にそう一言付け加えた。対して
そんなことは気にもとめずに言った。
「そいつで雑魚を倒すことはできるのか?」
 バドの表情がかたくなった。
「いいんですか……殺すことになりますよ」
 バドの言葉に、カヲルはうつむき、そして天井を見上げてから
言った。
「追い出す程度にとどめておけ。ただ、それでおまえが過去を思い
が利かなくなるのであれば容赦はしない」
 カヲルは、バドのそばからフィと離れると、ベッドにかぶせて
あった白い布を外した。
 ほこりが少し舞い上がったが、ベッド自体にはほこりはついてい
なかった。何百年にもおよぶ時の流れさえも無視してきたようだ。
かなり軽い寝具だった。
 寝転がったカヲルの体を、やんわりと包み込む。アルがそばまで
やって来て言った。
「ヴァンパイアって、普通棺おけじゃないんですかねぇ」
「普通のベッドも必要なんですよ。棺おけに二人は入りませ……」
 バドはそう言ってから顔を青ざめさせた。
「ぼ、僕はただたんに固い場所で寝るのが苦手だったんですっ……
あっ、用意できましたよ」
 バドはにこりと笑うと、指先をピクリと動かした。
 しばらくして、一つの人間のものとは思われぬ悲鳴があがった。
それを始めとして屋敷の内部が騒がしくなった。雄叫びが長く尾を
引いて、くぐもった声になったのを最後に、屋敷の中は静かになった。
「終わりましたよ。死骸となったものはすぐに塵に戻るでしょう。
彼らの骨は燃やしてあげるのが一番いい。今度は、人間として穏や
かに生きることができるように……」
 バドは深々とため息をついた。カヲルから返事がないのを不信に
思ったのか、ベッドの方へと向かう。
 目を閉じているカヲルの姿があった。二日ほどよく眠れていなか
ったためであろう。右手にはクロス・ソードが握られている。
 そのカヲルがいきなり目を開けた。
「貴様!」
「うひゃぁ! な、何もしていないのに……」
 クロス・ソードを首元に突きつけられ、バドは真っ青になる。両
手を挙げたまま後ろへとゆっくりと後退する。
「いきなり近づく貴様が悪い。それで……どうなった?」
 カヲルは、バドからクロス・ソードを遠ざけた。
「一応片付きました。ですが、どうしてもトラップが張れなかった
場所が二箇所あります。一つは大広間。そしてもう一つは霊廟です。
棺があり、長らくの眠りにつくときに使う場所です」
「上か、下かだな。先の一件で、何者かが侵入したことはわかって
いるだろう。礼儀として挨拶を交わすのを待っているか、それもと
もまだ眠っているか……」
「姉の部屋はないです。ベッドでは眠ることをしなかったのを覚え
ていますから」
「それでは……」
 カヲルを、アルがさえぎった。
「う、上から行きましょう! まずは主に挨拶ですよ!」
 青ざめ、慌てた様子で言うアルに、バドは小さく笑った。
「一応、伯爵家の娘でしたからね。行きますか」
 カヲルはバドの部屋を出、三階への階段へと進もうとしたが、白
い薔薇が階段を塞いでいた。
「正面から来い、ってことでしょうね」
 バドはくすくすと笑う。
「笑い事じゃない、馬鹿者が」
 カヲルはバドを殴ると、階段を下りて玄関ホールから三階へと続
く大きな階段を上り始めた。

 大広間にたどり着いて、カヲルはうめいた。
「悪趣味な部屋だな」
 大きな部屋一帯を白い薔薇が埋め尽くしていた。壁にトゲの生え
たツタを伸ばし、大きなシャンデリアにまで届いている。
 この薔薇を排除したならば、ダンスホールや闘技場に使えたのか
も知れない。
 バドが足を踏み入れると、薔薇が道を開けた。当主が座していた
と思われる座にまで道を開ける。だが、それはバドを屋敷の主とし
て迎えたわけではなかったようだ。
 当主の座から声がする。
「悪趣味とは失礼ですね仮にも俺の主なんだからな」
 手すりに肘をつき、頬杖をついている。組んでいた足を組みなお
して言ったのは、バドと一度刃を交えたことのある獣人だった。
「あの時はどうも。幻術などという小ざかしい真似を……主に怒り
を買いましたが、そのおかげで主の血を分けていただいた……死ね」
 言うが否や、獣人は、跳躍し、鋭く尖った爪を突き出してきた。
 ギイイイイイイイィィィィィィィン……
 不愉快な音を立てて、獣人の爪はバドに届く前に止まった。
 バドと獣人のとの間に、カヲルがクロス・ソードを盾に入り込ん
だのだ。
「口数の多いやつだ。そんな野郎にロクなやつはいない。バドがい
い例だ」
 カヲルはそう言いながら獣人の爪を押し返して間合いを取った。
 そのままクロス・ソードをサヤから抜き去り、一歩踏み出すと同
時に横にないだ。
 獣人はすんでのところでクロス・ソードを避けたのだが、脇腹か
ら血が噴出した。
 ヴァンパイアの命を取るためだけにあったクロス・ソードだが、
血を分けてヴァンパイアの仲間入りをした獣人には絶大な効果があっ
たのだ。
 たじろぐ獣人に、カヲルが言った。
「今度はバドのものとは違って本物だ。その流れ落ちる濁った血も
……痛みもだ。このまま滅びていくか? 人と共に生きる気は
ないか? 貴様が後者を選ぶのならば命をとる気はない。だが、
貴様が前者を選ぶのならば……灰になるがいい」
「ふざけるな!」
 獣人は牙を剥き出しにし、カヲルに襲いかかった。怒りに我を忘
れ、無駄で大きな動きの多い獣人の攻撃を受け流すのは簡単なのか、
カヲルは軽く避けるだけで何もしなかった。
 それに遠方から見ていて気づいたアルが、息を呑み、言った。
「いつも、ああやってるのか? あれだけの身のこなしであれば、
切り返しがきくはずなのに」
 素人のアルが見ても、カヲルの無駄のない動きと、クロス・ソー
ドの使いこなしは凄いようだ。
 バドはカヲルを見つめながら答えた。
「あれがご主人のいいところなんです。僕が生きているのもそのお
かげですよ。他のヴァンパイア・ハンターだったら今の僕はいませ
んよ。しかし、あの獣人は……」
 カヲルの一撃が、獣人の胸部をかする。かすめた、と言うよりあ
えて外していると言うほうが正しいだろうか。
 獣人の答えは出たようだ。
 獣人は今よりさらに獣に近い体制を取った。四足になり、体毛が
濃くなる。爪は床に食い込み、鼻と顎が異常なまでに前に突き出た。
 牙を剥き出しにし、今にも飛び掛ろうとしている獣人を見て、カ
ヲルは足を止めた。右手で柄を握り、左手で刃を押さえ、クロス・
ソードを顔の前で構える。
 獣人は身をさらに低くかがめ、低くうなったかと思うとカヲルに
飛び掛った。
 カヲルはクロス・ソードを両手で右下に構えて獣人を迎えた。
 次の瞬間には、カヲルと獣人との体が交差していた。
 カヲルの右頬に血がはね飛び、獣人の体は、ゴロリと一回転して
床に転がった。
 その獣人の体には、深々とクロス・ソードが突き刺さっていた。
 まるで、墓標のように……

 獣人はしばらく体を痙攣させていたが、やがて静かになり、体は
灰となって消えた。
 クロス・ソードだけが床に残り、刃には血さえも付いていなかっ
た。
 カヲルはクロス・ソードを拾い上げ、サヤに収めた。カヲルは何
も言わずに大広間から出て行った。
 アルは慌てたようにカヲルの後を追い、バドは灰の山をしばし見
つめてから大広間を去った……

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