3.仕事


 世間でヴァンパイア騒ぎがうわさで終わってから早一年。
 レンガで造られたアパートが立ち並ぶ、ちょっとしゃれた街の角。
 人通りが決して多いわけではないが、人が絶えることはない。
買い物に行く主婦や、数人と遊びに出ているアパートの住人と、
必ずいる。それを狙った商売人が、アイスなどを売りに来るときも
ある。三時になろうとしている今が、ちょうどその時なのか、ひょ
っこりと姿をあらわしたアイスクリームカーの周りに、小銭を握っ
た子供たちが群がっている。
 その喧騒より少し離れたアパート街の角。
 アパートの二階の一室からこんな声が聞こえてきた。
「この辺を今日中に整理しておけ。俺はちょっと出てくる」
 値の張りそうな重厚な作りの机を前に、革張りの座りごこちの良
さそうな椅子の上からちゃごちゃになった部屋の中を指して、少年
はそう言った。少年、線の細い、クールな美少年タイプである。髪
は薄い茶色をしており、瞳の色も一緒だった。目の端は少し切れ上
がったようになっており、それが少年をクールに見せているのかも
知れない。真っ白なワイシャツに黒のスラックスをはいており、そ
のスラックスはサスペンダーでつられている。
 その少年の声に答えたのは、やさしそうな丸顔の青年。黒のスー
ツに蝶ネクタイをしている。執事風の青年は、白い肌に金髪と、少
しはかなげな色彩を持ち合わせているが、丸顔がそれを打ち消して
おり、おどついた青い瞳で少年の前に立つ青年は、少し頼りない感
じがする。
「どこに行かれるんですか? それにこの部屋、昨日綺麗にしたば
かりじゃないですか。たまには自分で掃除してくださいよ」
 引きとめようとする青年を、少年はにらみつけた。少年は二つほ
ど空けていたワイシャツの襟元から銀の十字架のネックレスを取り
出して、青年に突きつけた。
 それを見たとたん、青年は言葉を詰まらせた。
「うっ……人の弱みにつけこむなんて、正義の味方がすることじゃ
ないー!」
 少年は目を細めて言い返した。 「当たり前だろ。俺が目を離すとお前は何をしでかすか分からない
からな。俺が死ぬまでずっと働いてもらう」
「そんな! 自由にしてくれたっていいじゃない! こんな善良な
一般市民を……」
 少年は、細めていた目を一層細く鋭くした。
「どこがだ。日の下を歩けないヤツが何をほざく。留守番してろよ」
 少年は冷たくそう言うと、部屋を後にした。残された青年は、一
人ため息をつくと、エプロンに手を取った。
 エプロン一つで部屋に取り残された頼りなさげな青年を、バド・
ワイザーと言う。
 もう片方の美少年は、カヲル・ルフィと言う。
 バドは、見ての通りのヴァンパイアである。しかも伯爵家。正式
名をバドリシェル・ワイザーと言う。今は廃れてしまったようだが。
もっとも、自称なのかも知れない。人間が数百年も歴史を語れる
訳ではないのだから。
 カヲル・ルフィは、軟弱そうな線をしてはいるが、一応ヴァンパ
イア・ハンターである。一応と言うのは、他にもトラブル等の解明
も引き受けているからして、一言でまとめるのは無理なのだ。元々
探偵事務所として構えたせいもあるが。
 その事務所に、一本の大きな十字架が飾られている。
 それをちろりと見つつ、バドは掃除を進める……
掃除、洗濯、その他の雑用。
ヴァンパイアとしては面目まるつぶれな事を、バド・ワイザーな
る人物は、毎日しているようだ。手つきが非常に手馴れている。
 そんな毎日が続く中、一つの事件がカヲルの元へと依頼された。
けたたましい電話の音と共に。
「はい、事務所」
 カヲルの冷静な声が部屋に響いた。
「警察、か。ヴァンパイアが出たのか。場所は? 被害状況は? 
全滅だと?」
 内容を聞く限り、大変なことになっているらしい。目覚めの悪い
ヴァンパイアなどが起きたときに、そう言う状況になるのもしばし
ばである。警察からかかってくるのもおかしなことだが、怪奇現象
として騒がれるのも困りものだし、ここはその筋の専門家に厄介事
はなすりつけてしまえ、と言ったマニュアルが存在しているのかも
知れない。
 そもそも、ヴァンパイア等の伝説上の生き物が実在することを世
の中に公表すべきであるのに、なぜか警察等の機関は極秘裏に片付
けたがっている。内々で人権の保護と言う話でも持ち上がっている
のだろうか?
 そんなことはさて置き、カヲルは所在地をメモすると、電話を切
り、あわただしく動き始めた。
 あらかたの準備ができた後、カヲルはバドに言った。
「出かけてくる。もしかすると時間がかかるかも知れない。ちゃん
と留守番していろよ」
 カヲルは、服などを鞄に押し込めると、壁に飾られていた十字架
を手に取った。
 そして、それを引き抜いた。
 白い刃がきらめく。  十字架剣・クロスソード
 この世に二つとないような面白い形をした剣だ。さやに収めると、
十字架のように見える。鞘、柄がともに黒く、以外に軽い。
 カヲルはそれを背に担ぐと、鞄を片手に部屋を出て行こうとした。
だが、そんなカヲルの袖を引っ張る物がある。
「俺も、行く」
 バドだった。日の下に出れない彼がカヲルについて行く事はない。
 バドはカヲルの袖を引っ張ったまま、離さない。
 カヲルはバドの手を振り払うと、背を向けて言った。
「さっさと支度しろよ」
 カヲルは場所を書いたメモをバドに渡し、事務所を出た……
 あとに残されたバドは、メモを握り締め、深いため息をついた。

 カヲルが住んでいる地区より飛行機で3時間、8時間ほど電車に
揺られて来た町。
 超ド田舎と言っていいほどの田舎町、ヨーロロンド。町と言って
も村に近い。家が見られるのは駅の回り数キロだけである。あとは
果てしなく広がる農地。その向こうには森が存在している。そのた
めか、夜になると霧が立ち込めるらしく、駅に着いたカヲルを、霧
が出迎えた。もっとも、カヲルのついた時刻が早かったせいか、朝
霧とも呼べるが。
 ふと、カヲルの肩がポンと叩かれた。
 思わず飛びのき、間合いを取るカヲル。
 そんなカヲルの前には、申し訳なさそうにしている青年がいた。
濃いブラウンの髪をきっちりと撫で付けている。中肉中背に濃紺の
スーツを、それとなくだらしなく着ている。
 時間を計算し、朝早くにつくことを知っていたのだろう。あくび
を懸命に堪えている様子が伺える。
 頭を中途半端に下げ、おどおどと訪ねる。
「カヲル・ルフィさん、ですよねぇ」
 無論のこと、カヲルは怪訝そうな表情を返すのだった。
「そうだが……町のこの静けさは元々ではないのか? えーっと」
「アルカートです。アルカート・ロックです。あ、アルって呼んで
ください」
「名前などどうでもいい。多少なりとも語弊がありそうだが? 確
か俺は全滅と聞いた」
「ああ、いずれはそうなるんじゃないですかねぇ。それに、あの時
は焦ってましたし。第一被害状況が少ないと来てくれないじゃない
です……か」
 カヲルににらまれ、だんだんと語尾の小さくなるアル。
 カヲルはしばらくの間アルを睨んでいたが、あきらめたのかため
息を深々とついた。
 そのカヲルの背後から声がした。
「ご主人、いいじゃないですか? お仕事受けても報酬はたんまり
貰えるんですから」
「お前、いつきた」
「あ、さっき。空をひょいと飛んできました。ちょっと疲れました」
「あそ。ではアル、現場に連れて行ってはもらえないか?」
 クスンと鼻をすするバドを無視して、カヲルはアルをどついた。
 花が朽ちてゆく匂いと、生臭さが充満する部屋。
「こりゃまた少女趣味だな」
 カヲルはそう言って呟いた。
 死体はもう片付けられたのか、姿はない。
床一面に白いユリ――カサブランカが散らばっている。その大抵
が血に浸され、赤いカサブランカになっていた……
 そのカサブランカの花は、ところどころ潰れていた。遠くから見
ると、潰れた跡が人型にも見える。
「被害者は男性。ですが、女装させられているところを見ると、美
少年好きの変態さんじゃないでしょうか。昨日の夜殺害されて、今
朝発見されました。ああ、もう0時を回ってるから、昨日の朝ですね」
「他の被害は?」
「同じように大抵が花と女装で飾られた男性です。多分次は僕です
かねー」
「ヴァンパイアに襲われる前に俺が殺してやる。とりあえず今日は
疲れた。泊まるところに案内しろ。荷物は持て、バド」
 ドサリとバドに荷物を預けるカヲル。
「うげっ。ご、ご主人、たまには自分で持って……」
 バド、この時点で口に出したことを後悔した。
「ほう、そうか。ではこれも頼む」
 カヲルはバドを睨みつけると、背中に担いでいたクロスソードを
バドに投げてよこした。
「落としたらコロス」
「うっ、うわああああああっ」
 バドは、青い顔をしながらも、苦手とされる十字架を受け止める。
「よし、だいぶ慣れてきたようだな。だが、まだこれは無理だろう」
 カヲルはニヤリと笑ったかと思うと、胸元から銀の十字架を出し
てバドに突きつけた。
「きっ、きゃああああああああっ」
 バドは荷物を盾にしてあとすさる。
今までの様子を見ていたアルが、口をはさんだ。
「あの、何者なんですか、彼は。どう見ても吸血鬼みたいなんですが」
「その通り。バド・ワイザー、ヤツはヴァンパイアだよ」
 カヲルの言葉に、今度はアルがあとすさる。
「安心しろ、ちゃんと調教はしてある」
「そう言う問題じゃぁ……」
 アルはおずおずとバドを見る。バドは笑顔を向けて言った。
「大丈夫っすよ、襲いませんから。ご主人より危険じゃないです。
今じゃ完璧な菜食主義だし」
「ば、バドさん、それは分かりましたけど、後ろ……」
 バドが後ろを振り向くと……極限までに目を細めたカヲルが立っ
ていた。目の端は、上がりきっている。
「言いたいことはそれだけか、バド。しかも本人の目の前で」
 無表情でバドを見つめるカヲル。
「うっうわあっ!」
 それから後の出来事は、バドの自業自得である。
額に十字架を押し付けられた彼がしばしの間使用不能になったの
は言うまでもない。

 翌日。
 いまだに額に十字の火傷のあとを残したバドは、アルの自宅の
キッチンに立っていた。
 そもそも、ヨーロロンドにはホテルどころか安宿さえもない。ア
ルが「署の宿直室なんてどうですか?」などとほざいた。カヲルは
そんなアルを問答無用で殴り倒し、アルの自宅に勝手に上がりこん
だ。
 一応小奇麗にされていたアルの部屋は、カヲルによって、昨夜の
一時間足らずで足の踏み場もないほどに荒らされたのだった。
 足の踏み場もなくなった自室を唖然としながら見つめた後、なぜ
かソファーで寝ていた毛布の上にまで本が乗っているのを疑問に思
った。夜中にうなされたような気がしたのだが、それはソファーの
寝心地の悪さだけではなかったようだ。
 アルはどさどさと床に落ちる本をあくびをしながらテーブルの上
に積み上げると、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる方へと向
かった。
「おはようござ……これまたくっきりと跡がつきましたねぇ」
 バドの額についた十字架型のやけどを見、しばらくは笑いを堪え
ていたアルだが、耐え切れずに笑い出す。
 キッチンに立ち、フライパンを揺らす手を止めて、バドはアルの
方を向いた。
 少し不機嫌そうに言う。
「あんまり笑うと、いくら温厚な僕でも怒りますよ」
 バドはそう言って、人より少しとがった犬歯を見せた。
「うわぁああ……」
 驚き、あとすさるアルを見て、バドは意地悪そうな笑みを浮かべ
た。
 だが、次の瞬間、今度はバドの顔が青くなってゆっくりと後退を
はじめた。
「人様を驚かすようなことは止めろと、何度言ったらわかる」
カヲルは、とてつもなく不機嫌そうな顔でバドを睨んでいた。
 ゴスッ……
 カヲルは近くに転がっていた木製の器でバドを頭を殴り倒した。
 バドは小さく呻いて床に座り込んだ。
 カヲルはコーヒーをポットから自分で注ぎ、一口すする。どうや
ら満足の行く味だったようだ。機嫌をいくらか直した様子だ。
「相変わらず早起きだな。ヴァンパイアの癖して。悪いがアル、そ
の新聞をくれないか」
 カヲルは、まさに新聞を読み始めようとしているアルに言った。
アルは一瞬ムッとした表情を浮かべるものの、カヲルの一睨みで素
直に新聞を渡すのだった。
 カヲルはダイニングにあったアルの書斎机(がんばって高い物を
購入したらしい)と椅子を占領した。机に足を乗せ、コーヒーと出
来上がったばかりのスクランブルエッグとロールパンを口に運びな
がら新聞に目を通していく。
 バドは、朝食を食べ終えたカヲルに、新たにコーヒーを運び、
言った。
「今日はどうするんですか、ご主人」
 そう聞くのがバドのいつもの日課のようだ。カヲルは、新聞から
ふと目を外し、答えた。
「日が落ちてから出かける。それまでは起こった事件の整理をする。
午後の方が……おまえもいいだろう」
「あ……ありがとうございます」
 バドは深々と頭を下げた。どうやら、バドの存在が始めて認めら
れた瞬間、だったらしい。今まではただの召使としか見られていな
かった様子だからである。
「ところでアル、町の連中には俺たちのことをおまえの身内だとで
も言っておけ。下手に知られると厄介なもんでね。ついでにヴァン
パイア関連のことについては、殺人事件として掲載するように。
ヴァンパイアと出してしまったものは仕方ないが、以後、ただのあ
おり記事として出すように」
「はぁ……そのようにしておきます」
 アルは納得の行かない様子で答えた。どうやら自分で書いたもの
でもないのに怒られたのが気に入らなかったらしい。
「しかし……」
 カヲルが口を開きかけ、アルはまだ何か、と言う顔をした。
「狭い家だな」
 カヲルの一言に膨れるアル。
「どうせ狭いですよ。でも一人暮らしなんだからいいじゃないです
か……」
 と、ブツブツと呟く。そして、とんでもない汚さの自室を見てた
め息をつくのだった。
 バドはアルの気持ちを察したのか、言った。
「ご主人、仕事が忙しくて後処理を来た先でするのはいいんですけ
ど、他人様の部屋を汚すの、止めませんか〜」
 カヲルは机から足を降ろし、立ち上がると言い返した。
「仕方ないだろう、こう遠くては家ですることはできないのだから」
「だからって、少しは考えて、汚すのを最小限に抑えるとか……」
「何のためにおまえが着いてくるの許したと思う?」
「もしかして、このため?」
「ああ。報告書を出さなければならない仕事が溜まっていてな。そ
れよりも、おまえ、今俺に盾突いたな……しつけを怠ると、すぐに
こうだ」
 そう言ってカヲルはバドの胸元をつかみ、ワイシャツのボタンを
引き千切れてしまうのではないかと思うほど乱暴に開けた。
 露出したバドの白い肌に、カヲルは胸元から銀の十字架を取り出
した。
 それをゆっくりとバドの肌に近づける。
「ご主人っ、やめっ……」
 皮膚が焼け焦げる音と匂いがして、近くで見ていたアルは目をそ
むけた。

「あのバカはしばらく放っておけ。そのうち起き上がるだろう。人
を脅かし、盾突いたらどうなるかを忘れていたようだな」
 カヲルは胸元を抑えてうずくまるバドの背を軽く蹴ると、「出か
けてくる」と一言残してアルの家を出て行った。
 アルは恐る恐るバドに声をかける。
「大丈夫、ですか?」
 ゆっくりと起き上がり、頷くバド。その目には涙が溜まっている。
「いつもの事ですから……大丈夫です」
「虐待されてるヴァンパイアって、始めてみた……でも、わかるよ、
何も言い返せないその気持ち」
 アルはそう言って、バドの肩を叩いた。

 夕方になって、カヲルとバドはアルに連れられ、ヨーロロンドの
町へと繰り出した。
 町は、ヴァンパイアとあおられる殺人者から身を潜めるためか――
それとも田舎だけあって元々戸を下ろすのが早いのかはわから
ないが――暗く静まり返っていた。
 だが、小さいのを先頭に、一番体格の良い青年が背後でおどおど
しているのはどうかと思う。また、もう一人はもう一人できょろ
きょろと挙動不審なのもヤバげである。
 それを感じたカヲルは、ふと振り返ってとりあえずアルに怒鳴った。
「おまえ! 一応男だろうが! それにバド! なぜ貴様までびく
つく」
 バドは小さくなって答えた。
「僕だって怖いものは怖いんです。だって、こうしてヴァンパイア
のうわさの上っている場所に、他のヴァンパイアが乗り込んできて
いるって事は、つまりは相手の狩り場を荒らしている行為で……ま
だ挨拶もしていないし」
「情けないやつめ」
 カヲルははき捨てるかのように言うと、足を速めた。後ろのバカ
二人を振り切るかのように。
 そうして街中を徘徊して早二時間。
 夜の始まり、とまだいえる時間帯だが、むろんのこと、町は静ま
り返ったままだった。
 だが、突如男のものらしき悲鳴があがった。
「あれは……」
 カヲルは舌打ちをすると、走り出した。
 カヲルは、区画を二つ走りぬけたところで、止まった。鼻をひく
つかせ、路地へと目を向けた。
そして、後ろを振り返った。
「貴様ら……」
 遠方で、へたり込んでいるアルと、街路樹の陰からじっと見つめ
てくるバド。
「なにをしている!」
「うう……見てわかりませんかぁ、腰が抜けちゃって……」
「テメェはそれでも刑事か! バド、貴様は数秒以内に俺の剣を持っ
て来い! まさか、毎晩現れるとは思っていなかった……よほ
ど腹をすかせているのだろうな。昨日、見せしめに血を無駄にした
せいかも知れんが」
 路地を見つめながら、カヲルは呟いた。そのカヲルの上に、黒い
影が落ちた。
「持ってきましたよ、ご主人」
 バドの手には、大きな十字架が抱えられている。
「貸せ。持ち歩くと、人の目などがあって邪魔だから持ってこなかっ
たのだが、無用の心配だったようだな。人の目などありはしない」
 カヲルの言ったとおり、悲鳴が上がったというのにも関わらず、
誰一人顔を見せない。
 カヲルは、バドから十字架を奪い取ると、路地の中へと走りこん
だ……


 路地の突き当りから、生臭い血の匂いが漂ってくる。
 例によって、例のごとく、匂いのきつい花の香りも一緒だった。
 路地の突き当たり。粗末なつくりの平屋の壁は、血がこすりつけ
られて目立った。
まるで、ここが場所だと言わんばかりに。
 中に入り込むと、そこは、男娼の寝床だった。
 普段ならば、相手がいたのだろうが、最近のヴァンパイア騒ぎで
会手と会えなかったのだろう。
2〜3人の男娼が、血と花の中に倒れている。
 カヲルは、無言であたりを見回した。
 くす……ふふふふふ……
小さな笑い声が、カヲルの耳に届いた。
「お初にお目にかかりますわね……」
 カヲルの背後に、薄暗い影がかかった。
 カヲルの肩越しから、白く細い腕が、カヲルを包み込むように伸
びてくる。
 白い腕が、カヲルの頬をなでた。カヲルの頬に、小さく爪の跡が
残る。
 カヲルは瞬時にかがみ、腕の主の懐から抜け出すと同時に、二、
三歩下がって間合いを取った。
 そして、振り返る。
 目にしたものは、とてもきれいな女だった。
 陶磁器のようなつややかで白い肌。目鼻立ちがくっきりとしてお
り、とても美しい。
 自ら狩をすることのしない、女ヴァンパイアだった。
 ヴァンパイアは、持っていた扇子で、顔を隠す。
「まぁ、恐ろしい。そんな顔をしなくてもいいではないの。私好み
のその顔には、その表情は似合わなくてよ」
 ヴァンパイアは、そう言って扇子の先でカヲルのあごをなでる。
 カヲルは、金縛りにでもあったかのように動かない。
 ヴァンパイアは、カヲルにもう一歩近づき、指を伸ばす。伸ばさ
れた指は、カヲルの首筋に、赤い線を残した。
「くす……あまり動かないほうがいいわよ。切れてしまうから」
「貴様!」
 カヲルのかすれるような声に、何かが反応した。
 何かが、カヲルとヴァンパイアの間に入り込んだ。
 ヴァンパイアに、十字架の形をした剣が突きつけられる。
「去れ」
「くっ……まぁ、いいわ。今夜は十分に楽しめたから。あなたは、
またの機会に……わたしの名は、ハイネ。いずれあなたの主となる
ものよ。覚えておきなさいな」
 ヴァンパイアは、そう言うと微笑みを残して闇として影の中に溶
け込んだ……
 ヴァンパイアの気配が完全に消え切ると、カヲルの体が揺らいだ。
「あぁっ! 大丈夫ですか、ご主人!」
 クロスソードを投げ出し、倒れ掛かるカヲルの体を支えるバド。
どうやらカヲルとヴァンパイアの間に入り込んだのはバドだったよ
うだ。
 バドは気を失ったように倒れこむカヲルを抱えたまま座り込んだ。
 カヲルの首筋からは、赤黒い血が流れ落ちている。
「ご主人……」
 軽く頬を叩くバド。カヲルが目を見開く。
「貴様! 触るな!」
「ちょっ……お願いだから暴れないでください! こっちだって十
字架痛いんですから! それに、傷をつけられたら……主になるっ
て言ってたし……言いなりになってもいいんですか!」
 バドの怒鳴りに、カヲルは動きを止めた。
「わかった、許す」
「失礼します」
 バドはそう言って、カヲルの首を抱いた。首筋に唇を寄せる……
 しばらくして、バドは顔を上げて口から血と共に何かを吐き出した。
 血の中で、吐き出されたものは青い光を放っていた。血の付いた
唇をぬぐい、バドは青い光を拾い上げた。
「これがヴァンパイアの印と呼ばれるものの一例です。これを埋め
込まれた生き物は、そのヴァンパイアのものになります。例外もあ
が」
 バドはそう言いつつ、指先でその石を砕いた。
 カヲルはバドの話を聞きつつ、首筋に手をやった。
「……おい、傷はどうした」
「ああ、それなら消しておきました。ヴァンパイアの知恵ですよ。
跡を残しておいたらその人間、殺されてしまうでしょう? だから、
こうしてわからないようにするんですよ」
「そうか……ところで、頬は治さないのか?」
「それ、やったらご主人、怒るでしょう」
 カヲルは、「そうだな」と一言、バドに背を向けた。
 そしてカヲルは少し違和感の残る首筋をさすりながら一点を見つ
 カヲルの目線の先には、ぶっ倒れてるアルがいた。カヲルはつま
を踏む。しかし、反応はなし。
「バド、運んでやれ」
 カヲルはバドにそう命を出すと、自分は床に投げ出されたクロス
ソードを拾った。まだ、鞘からは抜かれていない。鞘から抜かれた
クロスソードは、ヴァンパイアに握れるはずもないのだ。
 カヲルは、夜も遅いとあって、現場を後にした。ヴァンパイアが
本当の犯人とわかって、調べる必要もなかったということだ……


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