一章 我瞳・怜騎


 16時過ぎ。
 我瞳は気絶したように眠っている碧璃の足をベッド枠に手錠でつなぐと、聖春と英媛を連れて街にでた。
 徐々に混みあってくる屋台で、早めの夕食を始めた。
 白身の魚をつつきながら、我瞳は聖春に話しかけた。
「聖春、報酬は四分の一な」
 聖春は箸を口にくわえたまま、ふてくされたような表情を浮かべた。
「そりゃないですよぅ。別に仕事を紹介しただけじゃなくて、ちゃんと手伝ったじゃないですかぁ。砦の連中だって俺がほとんど……」
 我瞳に睨まれ、聖春は口をつぐんだ。
「じゃ、三分の一」
 聖春は我瞳を上目使いで見つめた。
「半々って言うのは……冗談です」
「当たり前だ」
 我瞳は聖春を軽くあしらうと、照りのある鳥足を食いちぎった。
 それから少し経って、聖春が言った。
「怜騎さんは、報酬が少ない分くれるって言う国の財産一つって、何を貰う気ですか?」
 我瞳は、酒をきつい物に変え、それを飲みながら答えた。
「女。花柳の永久優待権」
 聖春は開いた口がふさがらなかった。
「怜騎さん、それは本気で言ってるんですか? 酒の勢いとかじゃなくて」
 我瞳は酒をビンから直接飲むと、ドン、とビンを乱暴に置いて答えた。
「当たり前だ。永住するわけじゃねぇんだから、それぐらいは許されるだろうが。ついでに酒と食い物もタダになって両得じゃねぇか」
 そう言って、我瞳は英媛に目をやった。英媛はパンをかじりながらこくりとうなずく。口の中のものを飲み込んでから、言った。
「我瞳様、どうせなら自分の能力を引き出してもらえる女性になさったらいかがでしょう」
「そんなんいるのかねぇ」
 我瞳は鼻で笑うと酒ビンを振った。ほとんど中身がないのか、情けない音がする。新しい酒を頼み、我瞳は言った。
「自分の直感で選んでよろしいかと思います」
 そう言った英媛を、我瞳は指をさした。
「んじゃ、英媛さん」
 その言葉を聞いて、英媛は微笑んだ。
 見つめ合う二人を間で、聖春が言った。
「怜騎さんは英媛様が気に入ったんですか? そうなると、この国から出れなくなりませんか? 一応、次の王の候補ではあるんですから」
「王を決めてんのか? ついでに女もなれんのか? つーか、誰が婿に入るかコラ。俺の体は俺のもんで、名前も俺がずっと引き継ぐ。俺がガキ残す前に死んだらお前にやらんでもないが。だが、何かを残さずに死ぬなんて、馬鹿な真似はしねぇよ。それに、英媛さんのこれからが楽しみだからよ」
 そう言って我瞳は英媛を抱き寄せる。その我瞳の胸に手を置き、英媛は首を横に振った。
「私はこれ以上変わる事はありません。どうせなら碧璃様のようなこれから成長のある方になさった方がよろしいかと思いますわよ」
 我瞳は、碧璃の名前を聞くと、一気に不機嫌そうな表情になった。そして、飯を食べるのに集中するふりをし、喋らなくなった。
 その代わりに、聖春が答えた。
「怜騎さん、自分の言うこと聞いてくれない女の子が初めてなんだと思います。今までは坊や呼ばわりで相手にされないふりはされているのは見て来てますけど、それは怜騎さんを縛りつけておきたかったからみたいですよ。こう見えても、意外とお金持ってますから」
 我瞳は勝手に喋る聖春に対し、「あんまり俺のことを喋るな」と一言たしなめただけだった。
 その表情が少し子供っぽくてかわいかったのか、英媛はクスクスと笑っていた。

 食事の後、英媛は聖春の腕を取り、買い物に行こうと言いだした。表情の固まる聖春を見送り、我瞳はホテルへと足を向けた。
 まだ食べたりなかったのか、途中で安い菓子パンを買ってホテルに戻った。
 部屋の前に立つと、中からガチャガチャと怪しい音が聞こえてきた。
 我瞳はその音に苛立ちを感じながらも部屋の鍵を開けた。聖春と英媛もいないことだし、本気で犯そうかと考えながら。
 碧璃は我瞳の気配に気がつき、暴れるのをやめた。そして、我瞳一人である事に気づき、恐怖の色が浮かんでいた。
「や、やだ……近寄らないでっ」
「おーい、まだ何もしてねぇ。俺は犯罪者か。ったく、バカ。手首と違って足の法がいくらか太いんだから、暴れたらどうなるかぐらい分かってるだろうが」
 伸びてきた我瞳の腕を身を縮めながら避けようとする碧璃。
 我瞳は心底ため息をついた。
 一度肩を落とした後、素早く手を伸ばすと手錠を外した。そして、碧璃から蹴りや拳が飛んでくる前に全てを押さえつけにかかった。
 両手を片手で押さえこみ、足の間に体をねじり込んだ。叫ぼうとする碧璃の口に、手をあてがった。
「うるさい女は嫌いだ。頼むから静かにしてくれ。俺がそんなに嫌いか」
 碧璃は何度も首を縦に振る。我瞳は手を外した。
「あ、当たり前だ」
「あ、そ。でもお前は優しくしたらつけあがるからな。ところでお前は俺の地からを使えるのか? それと、色を奪ったとは?」
 碧璃は、なんとか我瞳の手を外そうと暴れながら答えた。
「機様の力を利用するのは簡単だ。元々は私の魔力だ」
 我瞳は首を傾げた。碧璃の言うことが全く理解できなかった。考え込むうちに碧璃の手を押さえておくのが面倒になったのか、離した。
「ベッドの上でなんざ話したくない。ソファーに座れ」
 我瞳は銃をちらつかせ、碧璃をソファーに座らせた。
「それで。お前の色を奪ったとは?」
 我瞳は再度同じ質問を、自分の左目を指しながら繰り出した。
 碧璃は我瞳から目線を反らして答えた。
「お前の左目の色は私のものだった。私が産まれてきた時に、手に握っていた紫水晶。けれど、十歳の時に賊によって奪われた……だから、本来は私の物なのだ」
 我瞳はしばらく黙ったままだったが、目を閉じてもう一つ質問をした。
「俺の左目がお前のものだと言うが、どうしてそれがわかる」
 その質問に、碧璃は困惑したように黙った。
「感じるんだ、産まれる前から握りしめていたものだ。奪われた時は喪失感があったが、あの砦に囚われた頃から誰かが持っているかのような気がしていた。だから……」
「だから、俺も仲間だと思って反抗したんだな」
 我瞳は碧璃の頭を優しく撫でると、いつになく優しく言った。
「これはな、ある賊から奪ったものだ。イライラしていたせいもあって、山の中であった賊を壊滅させて手に入れた。綺麗な丸みで、まぁサイズも手頃だったから加工させて目に入れてみた。最初のうちは目に違和感が有ったんだが」
 我瞳はそう言って、冷蔵庫を開けて酒を取り出した。今度は碧璃の横に座った。
「だが、そのうちに光を感じるようになった。そうこうしている間に、ぼんやりとした景色が見えてくるようになって。でまぁ、医者に診て貰ったところ、自然と神経と繋がっているんだと。奇跡だ、って散々言われて、研究させろだのなんだの」
 我瞳は酒を煽って笑いをこぼすと、目を細めた。
「えぐり出すか? 後で治療費を出してくれるのなら……俺は持ち主に返すのがいいと思う」
 我瞳はそう言うと、完全に目を瞑った。
「あんまり痛くすんなよ。普通の義眼と違って神経通っちまってるんだからよ」
 碧璃は、我瞳の言葉に導かれるように、左のまぶたに触れた。我瞳の体が少し震えた。碧璃は手を離した。
「なぜ、義眼を入れるはめになった」
 目を瞑ったまま、我瞳は答えた。
「とても昔……負けた俺は拷問を受け、目をえぐり出された。まぁ、奴にして見れば一種の遊びだったんだろう。俺が兵としてどこまで生き残れるかと言う――俺はそのまま放置された。まぁ小さかったとは言え、えぐり出されたのが目だけだったからな。それだけじゃ死ねなかった」
 そう言った我瞳の左目から涙がこぼれ落ちた。
 それは、我瞳自身無意識のものだったのだろう。慌てて目を開けると、目の前には顔の左半分を包帯で巻かれた薄汚い子供が立っていた。薄汚い身なりの割に、真っ白い包帯が目に鮮やかで……そこからじんわりと赤いものが浸透していた。
「我瞳、我瞳怜騎……」
 柔らかな声が、我瞳を現実世界に引き戻した。それと同時に、頬を撫でられる優しい手の感触も伝わってくる。
「目をえぐるなど、私にはできない。私が、悪かった。勘違いしていたのもあるけれど――おい」
 我瞳が静まりかえっているのを不安に感じたのか、碧璃は我瞳の体を軽く揺すった。
「ん……」
 軽くうめいて、我瞳は目を何度か瞬かせた。ポロポロと落ちる涙を軽く拭うと、ふらつきながら立ち上がり、ベッドに身を横たえた。
 ふと、指先をソファーの前に置かれているテーブルを指す。
「飯、軽いもんで悪いが買っておいた。嫌だったら後でちゃんとしたものを食べに連れていくから……」
 我瞳はそう言って体の向きをうつ伏せに変えると、そのまま眠ってしまった。碧璃は、床に落ちている手錠を見つめた後、驚いたように我瞳の寝顔を見つめていた。
「寝てしまったのか? ふぅ……私には、えぐり出すことなどできない」
 碧璃は複雑そうな面持ちで、我瞳が買ってきたクリームパンを口に頬張った。



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