一章 我瞳・怜騎


 我瞳はその後、延々と英媛の買い物に付き合わされた。そして、ホテルに帰ってきてまたもやため息の連続だった。
 部屋の中では、ガチャガチャとベッド枠を壊さんばかりに碧璃が暴れていた。我瞳は碧璃の額を押さえた。
「バカ。ったく、意味もねーことするな」
 我瞳はそのまま碧璃の上に覆いかぶさる。
「何をする気だ!」
 大して威力の無い碧璃の蹴りが我瞳の腹部に入る。我瞳は碧璃の足首をつかんで退かすと、怒鳴りつけた。
「いってぇな! といてほしくねーのかよ!」
「だからって、なんで私の上に乗ろうとする!」
 我瞳ははたと自分の行動に気づき、言い返した。
「そう言やそうだな。ま、気にすんな」
「気にする!」
 我瞳は手錠の鍵穴に鍵を差し込んだ。
「なんだ? 俺にホレたか?」
 ドゴッ 
 手錠の片方を外したのと同時に、拳と蹴りが飛んできた。
 我瞳は心の奥底で、殺してやろうかと本気で思っていた。
「ぜってぇ犯す!」
 我瞳がそう怒鳴ると、碧璃は黙ってしまった。唇を噛みしめ、目には涙を溜めている。
「泣くなッ! てめぇは自分の行動に責任持ちやがれ!」
 碧璃はビクリと体を震わせると、おとなしくなった。我瞳は再び碧璃に手錠をかける。
「今日一日、お前はそのまんま。なんか信用おけねぇ」
 我瞳はそう言い残して聖春の様子を伺った。この喧騒の中、聖春は熟睡していた。
 聖春は枕を抱え、寝顔が緩みきっていた。
「エロ息子。あれからずっと寝てたのかよ。おまえにゃ名前やりたくねぇな。そもそも組織とは無縁な奴だし……」
 我瞳は聖春の体に巻かれた包帯をナイフで切りながら呟いた。
 血に染まっていた包帯がパラパラと辺りに散らばる。
 我瞳はにんまりと笑い、消毒液を取りだした。それをガーゼに染みこませる――ことはせずに、直接傷口に注ぎこんだ。
 ギャーーーーッ
「起きたか、聖春。スケベ面して寝てたぞ」
「怜騎さんの鬼っ! 悪魔っ! 俺を絶対殺す気だ!!」
 ベッドの上から逃げ出し、涙目で脇腹を押さえてうずくまる聖春。我瞳は一言「起きないお前が悪い」と言ってベッドの端へ逃げこんだ聖春をベッドの上へと引きずり上げる。
「あーあ、お前が激しく動くもんだから、折角縫い合わせた傷が開いちまった」
 聖春の脇腹が軽く裂け、血が溢れだしている。英媛が傷をのぞきこんで言った。
「あら、痛そう。治しましょうか? 先ほど我瞳様より頂いた魔力が余っていましてよ。傷をふさぐことぐらい出来ますわ。抜糸なさってくださいな、跡が残ってしまいますから」
 我瞳はいぶかしげな表情を英媛に向けた。今抜糸をしてしまえば、傷口はあっという間に裂けてしまうだろう。命にも関わることだ。
 我瞳がためらっていると、英媛が糸を切ってしまった。聖春は痛みで顔をしかめ、体をよじる。
「動かないでくださいな。痛みはすぐに消えますから、少しの辛抱です。我瞳様、押さえてくださいな」
 我瞳は英媛に言われた通り、傷口を押さえようとする聖春の手を押さえこんだ。
 英媛は聖春がバタつかせる足を指して言った。
「足もお願いしますわ」
「そんな一度にできるか!」
「では聖春様、動かないでくださいな」
 英媛はにこやかに言った。聖春は目に涙を溜めて答えた。
「そんなこと言われても! めちゃくちゃ痛い!」
 聖春は相変わらず身をよじり、傷口に手を触れられまいとする。そんな聖春の耳元で、我瞳が囁いた。途端に聖春は静かになった。途端に静かになる聖春。それを見て、英媛は何を言ったのかと尋ねた。我瞳は笑って答えた。
「モルヒネ打ってやろうか、って言ったんだよ」
「まぁ、恐ろしい。分量を間違えて打つと廃人になると聞いたことがありますわ。例え少しでも打たないほうがよろしい薬ですわよね」
 英媛は聖春の腹に手を当てた。英媛の手から青白い光りが発せられた。
「ほら、そんなに痛くないでしょう? 見てくださいな、聖春様の細胞ががんばってますわよ」
 聖春は言われるがままに自分の腹をのぞきこんだ。
「うげ……」
 聖春の目の前で、傷口がうごめいていた。
 にゅるりと血が少し流れ出たかと思うと、血管のようなものがぐにゅぐにゅと動きまわり、互いに繋がっているであろう相手を探す。その下で、元となる筋肉細胞はすでに繋がって傷が見えなくなっている。その様子は、すぐに薄い真皮が覆ってしまって見られなくなる。
 最後に脇腹にはミミズ腫れのような醜い跡が残ったが、英媛が指先で傷跡をなぞると、それさえも消えてなくなった。
 英媛はフゥ、とため息をついて聖春を見上げた。
「ほら、すぐに楽になりましたでしょう?」
 聖春は自分の脇腹をさすりながら言った。
「う、うん。魔の力って、こんなに便利なんだね」
「そうですわね。でもね、気をつけなくてはいけない力でもあるんですのよ」
 英媛はそう言って、お茶を入れ始めた。
「使いすぎると、自分の命を削ることになることもあるんですの。多くの人間は、他の物質から力を得ることが出来ますわ。その物質から引き出すことができる者が魔の力の使い手、と称されていますのよ」
 英媛は皆に入れたお茶を渡す。それからまた椅子に座って話し始めた。聖春が聞きたそうに目を輝かせていたからである。
「ただ、自ら力を作り出してしまう者がいるのです。人数としてはとても数が少なく、貴重な存在です。しかし、最も危険な存在とも言えますの。それは、暴走・暴発してしまう可能性があるのですわ。物から得る魔の力は、術を使った時に不発に終ることがありますわ。でも、人間の体は時として脆いものです……」
 英媛はそう言って哀れんだ目で我瞳を見つめた。その視線に気づいた我瞳は、目つきを悪くした。
「何で俺を見て言う」
「危険な爆発物、それが我瞳様ですわ」
 我瞳は不安そうに呟いた。
「俺は爆発物かよ」
「すでに、幾度かなさっていますわ。外に出すことがないので、暴走したことはないようですが、着実に体を蝕んでいるようですの」
 我瞳は苦笑すると、英媛の頭をなでた。
「英媛さんよ、俺のことを怖がらせて楽しいか」
「いいえ、知らずに暴走・爆発されても困りますもの。まぁ、我瞳様はある意味道具のようですから、自分で魔の力を出せないのであれば他の人に引き出してもらうことをお勧めいたしますわ」
 我瞳は、英媛をじっと見つめて言った。
「それじゃ、英媛さんをもらうか」
 英媛は首を左右に振った。
「私も少なからずではございますが、力を産み出すことができます。物から力を取り出すのは、ある程度極めたから出来ることであって、他の方から頂いた力はすぐに放出するようにしてますの。いずれ、我瞳様の溢れだす強力な魔の力に負けて暴発させてしまうかもしれませんわ」
 我瞳は眉間にシワを寄せた。
「そりゃ、恐い」
「でしょう? ですから碧璃様にしていただいてはいかがでしょう?」
 碧璃の名を聞くと、我瞳は激しく首を横に振って即答した。
「ヤダ。俺はあんな可愛くない奴に物扱いされたくない」
「誰がお前なんかと!」
 遠くで聞いていた碧璃は、突然怒鳴ると、手錠をガチャガチャと鳴らした。
「腰が痛い! 早く外せ!」
 手首を頭上で固定されているため、寝返りが打てないようだ。
「なんだ、もう床ずれか? 年だな、年。おーおー、暴れるもんだから手首が痛そうだなぁー」
 言いながら碧璃の腰に触れる我瞳の手つきはいささかやらしい。碧璃をうつぶせにし、上に乗るとやっと手錠を外す。そして、そのまま碧璃の背から降りない。重い我瞳に、碧璃は身動き一つ出来ない。
「なに暴れてんだ。おとなしくしとけ。ほれ、気持ちいいか?」
 我瞳の指先が、碧璃の腰を滑る。
「やめっ」
「じっとしてろってば。好意は受け取るもんだって、何度も言ってるだろ」
 我瞳の低い声が碧璃の耳をくすぐる。
 我瞳の大きな手は、ゆっくりと碧璃の腰を揉みほぐしてゆく。
「たまにしかやらない山歩きに疲れてるんだろ……」
 我瞳はそう言って碧璃を抱き上げた。その感覚で、我に返る碧璃。
「黙ってりゃ綺麗で可愛いんだよな。外見で俺のこと判断すんなよ」
 我瞳が最後にポツリと呟いて碧璃の頭をなでた瞬間――
「うわ。女を買う怜騎さんとは思えない口説き文句」
 聖春の一言で、碧璃の目がカッと見開かれた。
 バキッ
「余計なこと言いやがんな聖春っ!」
 我瞳の頬に碧璃の拳が入っていた。
「毎回毎回同じ所殴ってんじゃねーぞ! しかも普通女なら拳握らねぇぞ!」
 見る間に我瞳の頬が赤くなる。
「碧璃様、お謝りなさい。我瞳様の態度も態度ですが、腫らすほど殴ってはいけませんわ」
「あ、いや別にいいんだが。冷やすかな、本気で痛い」
 我瞳はタオルを濡らして頬に当て、ベッドに倒れこんだ。そこに英媛の手が伸びてきて額に触れた。
「我瞳様? 暴れているのですか?」
 よく見ると、我瞳の額には微かに汗が浮かんでいた。
「いや、暴れているって言う感触はないが――それよりも、今までそのガキが俺の左目に映るのはどうしてだ?」
 それを聞くと、碧璃が我瞳に手を伸ばした。そして、我瞳の左目をのぞきこんだ。
「それは貴様が私を奪ったからだ。それの持ち主は私だ」
「奪った覚えねぇよ。てめぇの相手したことねぇし」
 ボコッ
 明らかに、我瞳の暴言だ。だが、英媛の言葉を聞きいれたのか、今度は腹に拳を置いたのだ。正確には振り降ろしたと言うのが正しいが。
 我瞳は何度か咳をすると、なんの反撃もなくベッドに潜りこんでしまった。碧璃は顔を曇らせた。
「大丈夫か?」
 碧璃が声をかけた途端。
「あちぃ!」
 我瞳は布団をはねのけると、着ている物を脱ぎ始める。
「逃げんなよ!」
 そう言い残すと、バスルームへと入ってしまった。
 英媛は後姿を見送りながら言った。
「我瞳様、鈍感なお方ですのね。あんなに熱い体をしていて大丈夫なのかしら?」
「怜騎さんは頑丈ですから全然平気ですよ。あ、ありがとうございます、怪我もすっかりよくなりました」
 聖春は頭を下げて英媛に礼を言う。
「いいえ、当然のことをしたまでですの。そんなに身構えなくても逃げたりはしませんわ。碧璃様は、後で我瞳様に謝ること。わかりましたか?」
 碧璃は不機嫌そうに答えた。
「わかりました、謝って来ます」
 碧璃はそう言ってバスルームへと向かう。聖春の手は、止めようとして虚しく空中で止まっている。
「行っちゃいましたが、平気なんですか?」
 聖春の開かれた手は、途中で指差しに変わった。英媛はクスクスと笑うだけ。
 数秒後、バッチン! と言う音が聞こえてきた。それからすぐ後に怒鳴り声が聞こえてきた。
「何しやがんだてめぇっ!」
 顔を真っ赤にした碧璃が出て来て、その後に全裸の我瞳が水を滴らせながら出てきた。その右頬には手型がくっきりとついていた。
「てめぇが入ってきたんだろうが! なんで俺が殴られんだよ!」
「貴様が聞こえないとか抜かすから悪いんだっ! 服を着ろ、服を!」
「普通シャワー浴びている時に入ってこねぇだろうが!」
「振りかえるのが悪いッ!」
 碧璃はそう言って振りかえり――そのまま目を回して倒れた。
「おい! まだ話しは終ってねぇ!」
 碧璃の胸倉をつかむ我瞳を、聖春が止める。
「怜騎さん、裂きに服を着ましょうよ! いくらなんでも怜騎さんの体じゃ倒れてもおかしくないんですから!」
「人の体をゲテモノみたいに言うんじゃねぇ!」
 我瞳、全裸のまま聖春に蹴りを入れる。
「だーっ! 怜騎さん、せめてパンツを!」
 聖春は遠くに飛びのいて蹴りを避けた。
「それもそうだな。意外と邪魔だ、蹴るときに。わりぃな、英媛さんよ」
 聖春は、クスクスと笑いつづけている英媛を見て、少し「壊れてしまったのでは?」と思った。
 英媛は笑い終えると、我瞳に言った。
「ご立派なんですのね」
 我瞳はその言葉に初めて顔を真っ赤にした。
 


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