我瞳―Ｇａｔｏ―

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一章　我瞳・怜騎

　我瞳は大通りを歩きながら、自分のヘソ出しを気にする。
「悪いけど、英媛さんよ、野郎もんの店につきあってもらって良いか？」
　英媛は無言でうなずき、我瞳は二階建ての大きなメンズショップへと入っていった。
　一階には安さを売りにした服が大量に置かれていた。我瞳はその中から適当にティーシャツをかき集めると、店の奥にいる店員のところへ持って行こうとした。ふと、袖を引かれた。
「なんだ？」
　そう言いながら、我瞳は店員に服を渡す。
「上と合算でもよろしいかしら？　まだ買い物があるんですの」
　英媛はそう言って、我瞳が渡した服を取り返す。我瞳はため息をついて服を持った英媛の後を追う。
　英媛は店の二階へと足を運ぶ。二階はスーツなどの礼服がズラっと並んでいた。
「あー、あんまり俺が着る服じゃないんだな、この辺は」
　我瞳はめんどくさそうに言った。
「どうせですから、我瞳様にはいろんなものを着てみて欲しいです」
「やだよ、時間の無駄だ」
　それを聞くと、英媛は頬をぷくっと膨らませた。
「それじゃ私、我瞳様から全力で逃げます。捕まったら大声で叫んじゃいます」
　我瞳は脅迫めいたことを言い始める英媛を見つつ、困ったように頭を掻いた。やがて根負けしたのか、言った。
「わかったよ、少しだけな」
「それは良かったですわ。碧璃様は外見重視と言うか……まぁ、高貴な方が好きなので」
　我瞳は、体にスーツのジャケットを当てられながら興味なさそうに答えた。
「あー、そー。俺はあのガキの趣味に付き合うのはごめんだ」
　我瞳は英媛の手をつかんで体から服を離れさせた。
「そうですか？　結構お似合いなのでは、と思いますの」
　英媛は言いながら、シャツの色を適当にピックアップしてゆく。
「はぁっ？　何寝ぼけてるんだ、英媛さんは。俺はどっちかってーと、英媛さんみたいな……」
「そうですの？　今まで年上のお姉様方とのお付き合いが多くて、飽き飽きしているようにも見えますわ」
「そらまー、そうだが……」
　我瞳は、言葉に詰まった。その隙に、英媛は我瞳にスーツを一着渡した。
「これ、着てみてくださいな。もしもサイズが合っていれば、私が買わせて頂きますわ」
「お、おい！　いらねぇよ！」
　慌てる我瞳を英媛はそっと制止した。
「一度でも良いのです。城へは正装でなければ立ちいれませんのよ。下手すると私達だけ保護されて、門前で叩き出されてしまう恐れもありましてよ？　そうなると、報酬金が少なくされてしまいますわ」
　英媛の言葉に、我瞳は渋々スーツを手に試着室に押しこまれるままになる。
　しばらくして、我瞳は青のシャツに黒のスーツ姿で出てきた。
「かっこいいです。でも、すこーしガラが悪いですのね、我瞳様が着ると」
　確かに、同じスーツであるにもかかわらず、我瞳が着るとかえって粗悪に見える。英媛は我瞳が脱いだジーパンを手に取ると、「少し待っていてくださいね」と言い残し、スーツの山の中に消えた。しばらくして戻ってきた時には、違うスーツを手にしていた。
　我瞳は、英媛が持ってきたシャツを複雑そうな顔をして見ていた。しかし、英媛は我瞳のジーパンを持ったまま離れた所で微笑んでいる。我瞳は大きなため息をついて再び試着室に引っ込んだ。
　我瞳は、今度は紺のスーツで出てきた。その中に合わせているのは、ピンクのワイシャツ。英媛はそれを見て嬉しそうに微笑む。
「照れた表情が可愛いです。碧璃様にも見せたかったですわ。そんなに着慣れないのですか？　でしたら、無理せずもっとゆったりしたものにしましょうか？　おいくつですの、我瞳様は」
「19だよ」
　ムスッとした表情で我瞳は答えた。英媛は笑いをこぼす。
「それでは着慣れないのも無理もなかったですわね。我が国の制服でも着せてみようかしら？」
「やめてくれ。俺は軍服の類が嫌で傭兵のままなんだ。一度軍に仮入隊してみたことがあったが、どうにも首はキツイし、わざわざ式の時にだけ服を変えるという根性が気にいらねぇ。ついでに、敬礼やら銃の構え方やらどうでもいいことばっかりやらせやがって」
　愚痴をこぼす我瞳。英媛はネクタイを何本か持って笑った。
「ふふっ、ではネクタイなんかすぐとかれてしまいそうですわね。取りあえず明るい色のワイシャツもう一枚と、無地のネクタイを一つだけ――とは言っても強制ではないので、お気に召さなかったらしなくてもいいんですの。お好きな色は？」
　我瞳は、英媛の突然の質問に戸惑いながらも答えた。
「黒、青、緑、紫……」
「あら、いっぱいあるんですのね。どれか一つに決めることができない――そんな優柔不断な所もあるのですね」
　英媛の何気ない一言が、我瞳の口を濁らせた。
　我瞳は、自分が何故“紫”と答えてしまったのかを、考えなおしていた。
　だが、その答えを出すことは無く、その間に英媛は我瞳の買い物を終えていた。
　