一章 我瞳・怜騎


 我瞳は、音を追っていた。狼の息使いと足跡。それに混じって微かに人の息が切れるのが聞こえてくる。
「姫さんたちかよ……」
 我瞳は、近づくに連れて時折見える結い上げられた髪を見つけてそう呟いた。運良く、今は月が出ている。その光りに反射し、狼の体毛が光って見える。
 我瞳は助けようとしている相手が例の姫二人だとわかり、追う速度を遅めた。そして、狼どもの感覚に入らぬ高さの枝に移ると、二人の動向を目を細めて見ていた。

 英媛と碧璃は、野薔薇の茂みの前に立ち止まった。狼の唸り声が不気味に響き渡る。追い詰められたと悟った我瞳は、仕方なく助立ちしようと軽く身構えたが、それよりも前に碧璃が動いていた。いつの間にか得ていた剣を抜くと、襲いかかってくる狼二匹を次々と切りつける。それによって狼は少したじろぐも、飢えているのか再びかまえて飛びかかろうとする。
 我瞳はため息をつくと、腰を浮かすのと同時に腰に手をやった。
 ヒュッ、と風を切る音がして狼のダークグレイの毛皮が黒く染まってゆく。その次の瞬間には、狼は痙攣を起こしたかのようにその場でのたうち回る。我瞳は次々と何かを放ち、狼を捕らえてゆく。そのうちに狼はその場から逃げだした。
 ピクリとも動かなくなった狼を覗き込む碧璃の前に我瞳は降り立った。
「よぉ、また会ったな。おうおう、かすり傷だらけになりやがって」
 我瞳はいささか脅すような口調で碧璃に突っかかった。そして、碧璃のあごをクィと持ち上げて頬や首についた傷を確かめる。
 手を払おうとした碧璃の手を、我瞳は素早くつかんで後手に押さえこんだ。空いている左手で腰のバックを漁り、中から速効性のある傷薬を取り出した。そして、暴れる碧璃の腕に目をやり、そこにあった傷に薬を塗りこんでやる。
 その、我瞳の手がふと止まった。
 柔らかく、弾力のある肌。
 我瞳は碧璃の手を離すと、肩を押さえつけて無理やり座らせた。そして、乱れて頬にかかる髪をそっと払い、頬にできた傷に優しく薬を塗ってやった。
「だから……言うこと聞いて俺と一緒に国に帰ればよかったんだ。俺が人さらいにでも見えたのかよ」
 たぶん、人さらいに見えたのだろう。だから逃げだしたのだ。
 碧璃は我瞳の手を払らい、怒鳴った。
「私に触れるな!」
 我瞳は碧璃の手をつかみ、大地に押さえつけた。押し倒される格好になった碧璃は怒りのためか顔を真っ赤にして暴れた。
「わかった、わかったから。薬塗るだけだ、終わったら離してやるから」
 いささかうんざりした様子で我瞳は言うと、碧璃の首に指先を滑らせた。
「やっ……」
「やじゃねぇ! で、英媛さんの方は大丈夫か?」
 とりあえず碧璃を叱り飛ばし、英媛の方を心配して目をやると、本人は頭に野薔薇を飾っていた。
 英媛は我瞳と目が合うと、微笑んで答えた。
「ええ、ご心配ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」
「そりゃ良かった。って、お前はまだ傷あんのかよ!」
 我瞳は、傷の申請をするかのように逆のあごのラインを見せる碧璃を怒鳴った。だが、碧璃は黙ったままだ。我瞳はため息をつくと、碧璃の左側の顔を撫でた。
 その時だ。我瞳の胸を締めつけるかのような感覚が襲ってきた。前のめりになる我瞳を不審に思ったのか、碧璃は我瞳を見据えた。
 少し顔を上げた我瞳と、碧璃の眼が交差し――我瞳はヒダリの激痛に体をのけぞらせた。
 頭を割るかのような痛みに、我瞳は先ほどの狼のように体を震わせてその場に倒れこむ。
 そこへ、荷物を手に聖春が姿を現す。我瞳の姿を見ると、聖春は荷物を投げ捨て、我瞳にかけ寄った。
「怜騎さん! またですか!? 鎮痛剤……」
 聖春はそう言って鎮痛剤を探す。見慣れたビンを開け、逆さにして振るが、手のひらに落ちてきたのは二粒だけ。
うろたえる聖春の横で、我瞳のヒダリの義眼が金色に輝いていた。その輝きを見た途端、碧璃が怒鳴った。
「貴様のその瞳は!」
 碧璃は我瞳の胸倉をつかんで無理やり起こすと、体を揺すった。我瞳の体は、それに抵抗する力がないのか、ガクガクと揺れた。
「やめろ! 怜騎さんに触るな!」
 聖春は碧璃を突き飛ばすと、残った鎮痛剤を我瞳の口に捻りこんだ。
だが、我瞳はそれにさえ拒絶反応を示した。胃液と共に薬を吐き出した。
 我瞳の思考の中には、体の煮えたぎるような熱さだけ。その熱さに、体中の筋肉が萎縮し始める。それと共に、頭の激痛に記憶のどこかが打ち崩されて行く感覚があった……



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース