一章 我瞳・怜騎


 我瞳が約束の場所に戻ると、聖春は血がにじむ包帯捨て、新しく巻き直しているところだった。
 聖春は我瞳の姿を見ると、目をキラキラとさせて言った。
「ふぃー、怜騎さん。怜騎さんの鎮痛剤分けてくださいよぅ。ズキズキするんです」
「仕事サボってたくせに何言ってやがる。お前のお影で俺が二倍動いてるんだぞ」
 我瞳はそう言って、自分の持ち物を漁る。鎮痛剤が入っているビンをとりだし、中身を確認して、言った。
「んー、傷、うずくのか?」
「はい、かなり……」
 我瞳は、ビンを軽く振って、聖春を見た。
「一つ言っていいか? あと三錠、つまりは一回分しかない。一錠で効くかどうか。あ、おまえ確か十六になったばっかだよな。一錠」
 我瞳は聖春の手のひらに薬を一粒落とす。聖春は複雑そうな表情でそれを飲みこむ。
「そう言えば、お姫さんたちどこ行っちゃったんでしょうね。この辺りは狼が結構出るのに」
 聖春は、コソコソとバックから晩飯代わりの干し肉を取り出して口にくわえる。そして、我瞳がいない間に下ごしらえをしていたウサギを火にかけた。上からワインを振りかけ、炎を勢い良く燃え立たせる。
「怜騎さんも食べますか?」
 そう言って振りかえった聖春の前には、激怒寸前の我瞳がいた。
「きぃよぉはるぅ?」
「あ」
 聖春は、瞬時に青くなった。我瞳は聖春の胸倉をつかんでいた。
「てめぇは俺が走りまわっている間に、呑気に夕飯の仕度をしてただとぉ? しかも、ウサギ一匹だけかよ!」
「うっはぁー! すみませんすみませんすみません! 痛いーっ」
 聖春は、拳を固める我瞳を見て、防御の姿勢をとった瞬間、痛みにもだえる。
「バカ。そういや、姫さんのお目付け役は腕が立つらしいな。だとすると、俺の目に引っかからず山を越すことも可能か。だが、博東につくまでにあと何個か山越えなきゃならねーから、今日はどうがんばっても野宿だな。ざまーみろ」
 我瞳は小さく毒づくと、聖春がポツリと言葉を返した。
「怜騎さん、最近ぐちっぽい」
 ゴキッ
 我瞳は、聖春の高頭部を殴っていた。頭を押さえて唸る聖春の横からナイフを伸ばし、ウサギの肉を適当に切り分ける。一切れを口に頬張りながら、我瞳は言った。
「どうでもいいが、もっとうまい動物にしろよ」
「一番美味しい所食べながら酷いー!」
 半泣きで睨む聖春を無視して、我瞳は双眼鏡をのぞいた。
 暗くなると、山に居る者達は必ず焚き火を始める。もちろん、山で生活している者もいる。そのせいで、我瞳がのぞいている双眼鏡には、山のいくつかの場所に赤い点が揺らめいていた。
 我瞳は、そのうちの一つに目がくぎ付けになっていた。顔から双眼鏡を離すと、まだ湯気の立つウサギの肉を食べ始めた。
「怜騎さん? そんなにお腹空いていたんですか?」
 我瞳の早食いに、聖春はそう言うと、大きく口を開けて肉にしゃぶりついた。
「聖春、行くぞ」
「へ?」
 聞き返した聖春に返事もせず、我瞳は自分のと聖春のバックとを担ぎ、それと聖春自体を抱えると、跳躍した。
 聖春は肉を口に突っ込んだまま、青くなった。
「怜騎さん! ちょっとは人のことも考えてください!」
「悪い」
 我瞳は短く謝ると、木の枝を大きくしならせ、空へ向かって跳躍した。
 一瞬、暗雲の浮かぶ夜空が見え、次いで黒にも近い濃緑が見えた。それを二度繰り返したところで、奇妙に揺れ動く赤い揺らめきがあった。どうやら我瞳はそこに向かっているようである。
 我瞳は、近くの木々をなぎ倒して着地し、山肌を滑り落ちて止まった。そこで荷物と聖春を放りだすと、再び跳んで木の枝に飛び移った。
「先に行く」
 我瞳は聖春にそう言い残して、炎の揺らめきを追い始めた。
 聖春はほんの少し呆然としていたが、耳に吠える声を聞いて不安そうに眉を寄せた。しかし肩をすくめ、ため息と共にこう言った。
「怜騎さんにお任せしちゃお。どうせ今の僕は足手まといだし」
 聖春は投げだされた荷物をまとめ、その上に腰をかけて我瞳が消えて行った方向を見つめた。



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