一章 我瞳・怜騎


 21時過ぎ。
 我瞳は聖春を抱きかかえたまま、ホテルの窓から中に入りこんだ。そして、聖春をベッドに横たえる。
 聖春の服の脇腹部分は血で染まっている。そのシャツを切り裂き、我瞳はぼやいた。
「弾までは避け切れなかったか。ホント、鈍い奴」
 湯を沸かし、炎でメスのようなナイフの刃をあぶる。
 沸いた湯にナイフをつけこみ、ベッド横の台の上に置く。我瞳は、カバンの中を漁ってビニールに密閉された医療パックを取り出した。中からビニール手袋を取り出してはめ、熱湯の中からナイフを取り出して、冷ます。
 その間に我瞳はクロロフォルムのビンを手にとってガーゼに含めた。それを聖春の口にあて、両手を手錠でベッド枠に固定する。
「怪我したおまえが悪いんだ、手錠に文句言うなよ」
 我瞳はそう言いながら、聖春の下半身に座った。薬が効く前に弾を取り出すため、暴れないようにするためだろう。
 気を失っているはずの聖春の手は、我瞳の操るナイフが皮膚に食い込んだときに固く握りしめられた。

 しばらくは我瞳の手がゆっくりと動いていた。時折、グチュリと嫌な音がする。
 カツン……
 金属と金属がぶつかり合う冷たい音が響いた。取りだした鉛の塊が、安い金属性の灰皿に落とされた音だ。我瞳は更に医療パックを漁り、中から針と糸、ピンセットを取り出す。そして、器用に聖春の傷を縫い合わせてゆく。
 我瞳は、シャツを破いて発覚した聖春の腕のかすり傷に、傷薬を優しく塗りこんでゆく。傷薬は即効性で、すぐに傷は塞がってゆく。  我瞳は聖春の体に付着した血を優しく拭ってやると、深いため息をついて椅子に座り、死んだように眠りについた。

「聖春……」
 一時間ほど経って、我瞳は聖春の名を耳元で囁いた。そして、手錠を外す。真っ赤に擦れた手首が痛々しく、我瞳はその手に傷薬を塗ってやった。
 何を思い立ったのか、我瞳はニヤリと笑うと、聖春の耳を指の甲で撫でた。以前、どこが弱いか、とくだらないことを話し合ったのを思いだしたのだ。
 聖春は、まだ痛むであろう体をくねらせ、寝顔をへら〜っと崩した。
「キスしたぁーい……」
 我瞳の笑った表情がぴくぴくと痙攣する。
「聖春、寝言は健康な時に言えよ」
 我瞳はそう言うと、聖春の頭を撫で、前髪をかき上げてお望みどおり額にキスをしてやる。
 それを受けて、聖春は本能的に我瞳の体に腕を回す。
「こらこら聖春。傷に触るぞ。って言うか、俺の体求めもしょうがないだろ。ったく、万年欲情気味だよな、おまえは」
 我瞳は聖春の腕をゆっくりはがすと、離れてウィスキーを開けて飲み始めた。
 ウィスキーを飲みながら、血のついた革ジャンをどうしたろか、どう弁償させようかと考えていた。血生臭い服を脱ぎ捨て、上半身裸のまま出窓に座った。窓の片方を開け、酒でほてった体を冷やす。
 窓に映った自分の顔を見て、ウィスキーを注ぎこむ手を止めた。
 薄く伸びたひげが、実年齢よりも年上に見えさせている。手入れをしていない髪は中途半端に伸びており、痛んでいるせいか毛先が妙に茶色い。
 我瞳はため息をついて再び窓を見つめる。
 我瞳の左の義眼が、よく映る。
 濃い紫がとても印象的だ。その元は紫水晶だ。闇市で手にいれ、義眼屋に加工させた。義眼であるのに物を見ることができるのが不思議なのだが……
 我瞳は一度両目を閉じ、左目だけを開けた。左目を映した窓は何も語らない。痛みと共に映る女の影も、今は見えてこなかった。
 その代わりに、鼻孔の奥を何かがくすぐった。
 覚えのある匂い。
 我瞳はウィスキーを出窓に置くと、上半身裸のまま窓から外に出た。
 我瞳は眼差しをうつろに変え、本能のまま、香りに導かれるままに町を歩き出した。



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