一章 我瞳・怜騎


 我瞳は、先程から銃声が聞こえている方向へと向かう。聖春が銃を使い始めたのなら、そろそろ限界だ。
 我瞳は聖春と砦の連中の銃声の違いを知っていた。砦の連中の使用しているのは、猟銃だ。それに対し、聖春が使用しているのは拳銃。常人では聞き分けがつかないのだが、我瞳の耳には違って聞こえている。
(銃声を16数える間についてやらねぇと。ほんと、ドジだからなー)
 銃声のする方へ歩を進める。進めるにしたがって、死体が増えてゆく。たった一人を相手に散々な物だが、聖春が逃げながらも罠を張っているせいだろう。罠は聖春の得意分野だ。
「聖春!」
 野郎の荒い息使いや、怒鳴り散らす声に混じって、聖春の声が返って来た。
「怜騎さん! お姫様は!?」
 我瞳は、立ちあがって振り返った男の眉間を、銃で撃ち抜いた。
「ここにはいねぇよ! 後々めんどくせぇから、全部始末するぞ」
「了解。でも、あの人が強いんです!」
 我瞳は、近くにいた男の首に手をかけ、へし折った。
「どいつ?」
「今、怜騎さんが首折っちゃいました」
 我瞳は眉を寄せ、聖春を睨むように見つめた。そして、首があらぬ方向へ向いている男を床に投げ捨て――
「おまえ弱ッ!」
「怜騎さんが強いんです――怜騎さん後ろっ!」
 我瞳は、腰からナイフを抜きつつ振り返った。
 ギャァッ
 ナイフの切っ先は、男の目を確実に捕らえていた。目を押さえてのたうち回る男に、我瞳は一言言った。
「後ろから来たおまえが悪い。俺は後ろに目がない。喉を狙ったんだが、手元が狂ってもしかたなかろー?」
 そう冗談混じりに言うと、小型のナイフを投げ、硬直状態にあった男の一人の額に深く突き刺した。その後もマジックのようにナイフを取り出し、投げつける。
「聖春、ナイフ回収しておけ。使いまわしだ、コラ」
 我瞳は、他の連中が逃げだしたのを見て、近くでまだ目を押さえてうめいている男の胸倉をつかんで無理やり起こした。
「姫さんがどこだー、なんて事は聞かねぇ。それに、おまえがどこの手の内の者かなんて知りたくもねぇ」
 我瞳は、徐々に手に力を入れ、首を締めてゆく。
 男はかすれるような声で答えた。
「ひょう……ち」
 それを聞いて、聖春が背後から言った。
「あー、やっぱりぃ」
 我瞳は、男から手を離し、言った。
「ナイフの回収終わったのか? 俺は、その血まみれのマントを洗う気はないからな。おまえの洋服込みで」
 黒なので一見は分からないが、返り血などで汚れているのは当然のこと。聖春はしばらく考えた後、答えた。
「じゃあ、このマントもらっちゃいます。洗濯で思いだしましたよ。怜騎さん、洗濯物干してこなかったでしょ。知らないですよ、乾いてなくても」
「うぉっ。出かける前に言いやがれ。とりあえず町に戻ろう。女二人組みの、浮いてる奴って言えばすぐにでも見つかるだろう」

 我瞳はそう言うと、男の胸を斜めに切り上げた。
「生きていたら、また会おう」
 ナイフについた血を辺りに飛ばしてから、男の服で血を拭う。そして、歩き出した。
 聖春は後について歩き、我瞳にたずねた。
「あの人の目、潰したんですか?」
「いや、まぶたを切っただけだ……それでバカみたいにうめくから腹が立ってな――俺みたいにえぐり出したほうが良かったか」
 我瞳は振りかえると凄い形相で聖春を睨みつけていた。
 手を伸ばして聖春の胸倉をつかむと、近くの壁に叩きつけた。
 聖春は何度か咳込み、我瞳の憎悪を露にした表情に、恐怖のためか顔を青くした。
 我瞳は、聖春の首を締めるように手に力を入れる。聖春は、我瞳の手首を握り、なんとか離そうとするが――力負けをして意識が遠のいていく。
「怜騎さ……すみませっ――そんな意味じゃっ」
 だが、過去に怒りを燃やす我瞳に、現実の声は聞こえていなかった。
 ふと、我瞳の目の前で、何かが瞬いた――次の瞬間、我瞳はヒダリの痛みに襲われた。今までよりも、もっと痛むヒダリ。その痛みは全身を駆け巡り、声を上げることさえ許さなかった。
 聖春は、一気に抜けた我瞳の力に気づき、目を大きく見開いた。咳込みながらも、我瞳の姿を探す。
「げほっ……怜騎さん! 怜騎さん!!」
 我瞳は、薄れ行く意識の中に、はっきりとした映像を見た。
 艶やかな青紫の髪。そして白く細い腕――
 だが、その映像も、胸に上がってくる吐き気によって現実に引き戻された。
 我瞳の左目に、熱いものが込み上げ、それは涙となって滴り落ちた。
 我瞳は、拳を壁に叩きつけて怒鳴った。
「何だってんだ! 俺が何をした!」
 その我瞳を、聖春が支えた。聖春にすがり、我瞳は強く抱きしめた。
「聖春、おまえの言う通りだ……紫水晶など、目に埋め込むものじゃない」
 しばらく間があった。
「怜騎さん、離してくださいよぅ。苦しいです。わーっ! 俺なんか犯しても気持ち良くないですよぅ!!」
 ジタバタと暴れ始める聖春に、我瞳はうんざりしたように顔を上げた。
「たまには黙って抱かれてろよ! 俺の発作がすぐ終わるってわかってるんだろーが。思わず痛みが遠のいちまった」
「そうですけど。やっぱ気持ち悪いですし、我瞳さん重いんだもん」
 聖春はさらっと言って退け、我瞳の体を押し返した。その顔色は、いささか青い。
 我瞳は苦笑をもらすと、ふと自分の手に目を落とした。
「ちょっとヌルヌルしてて抱きつきにくいと思ったら……おまえ、二の腕辺り、怪我してないか? 待てよ、おまえ、その手で俺のこと支えてた?」
 聖春は、口を「あ」の形で表情を硬くした。その後、みるみる間に顔が青ざめてゆく。
 我瞳は口元だけに笑顔を浮かべていた。
「はぅーっ! お先に失礼しまスッ!」
 聖春は一礼をするやいなや、脱兎のごとく我瞳の視界から消えてゆく。後に残った我瞳は、ため息を一つついて自分の手を見下ろした。
「ったく、あのバカ。自分の出血ぐらい気づけよ。しかも、高けぇんだぞ、この……」
 我瞳は、前身ごろについた大量の血に気づき、表情を曇らせた。
「待て! 聖春!」
 我瞳は、ようやく事態に気がついた。マントについていた大量の血。そして、自分の服の脇腹辺りが大量の血で濡れている。
 砦を出てからも、点々と血の跡が続いている。それを追ってゆくと、聖春の体は山の中腹にあった。
 聖春は意識を失っており、辺りには引きずったような血の跡がついていた。たぶん、意識を失ったときに山を滑り落ちたのだろう。辺りの緑が赤黒く染まっていた。
「バカやろ……痛みに鈍感過ぎるぞ」
 我瞳は軽く応急手当てをすると、聖春の体を抱き上げて町へと戻った。



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース