一章 我瞳・怜騎


 しばらく経って落ち着いたのか、我瞳は町を指差した。
「あの町まで、どちらが早く辿りつけるか競おう。負けた方は今日
の酒代をおごる」
「そんな。怜騎さんの方が早いに決まってるじゃないですか!」
 我瞳はチラリと時計を見た。
「ハンデ一分。俺は疲れている」
「三分」
 聖春は短く答えた。
「しゃーねー、二分三十」
「了解」
 聖春はそう言って、地面を蹴った。
 影の残像を至る所に残して下へと向かってゆく。それを見て、我
瞳は舌打ちをした。
「腕あげてるじゃねーか。降りるのだけは」
 我瞳は最後を強調して言って、腕時計を見た。セットしたタイマ
ーがピピッと鳴り、我瞳は強く地を蹴った。
 我瞳の体はフワリと空に浮く。その姿が、空に映える。が、次の
瞬間には凄い勢いで落下を始める。その勢いを利用して、木から木
へと渡り歩く。
 聖春より長い距離に残像を残し、そのうちに聖春を追い越した。

 我瞳は、酔い潰れた聖春の体をベッドに投げ捨てた。
 久しぶりに飲んだせいか結局飲み比べになり、聖春は潰れた。我
瞳は少し嫌そうな顔をしつつ、聖春の服を脱がせ始める。聖春の服
を床に放りだし、自らもジャケットやタンクトップを脱ぐ。
 チャリ、と小さな音がしてドッグタグが跳ねた。我瞳はタグを表
にそろえると、床に散らばった服を拾って、部屋に備え付けのコイ
ンランドリーに投げ込んだ。5〜60センチの箱型の洗濯機で、山
中の安いホテルには必ずついていた。山で仕事をすることが多く、
労働者とあって服をクリーニングに出す者はいない。だから必ずと
言っていいほど部屋には小さなコインランドリーがついているのだ。
 我瞳は洗濯機が回り始めるのを見ると、素肌に直接革ジャケット
をはおった。胸の辺りがクシャリと鳴って、我瞳は胸ポケットに手
を突っ込んだ。プラパッケージに包まれた熊の干し肉を確認すると、
右サイドのポケットに双眼鏡を捻りこんだ。
 そして、買ってきた赤ワインのビン(すでに少し飲まれている)
を片手に持ち、窓から身を乗りだした。窓の上縁に手をやると、そ
こを軸に体を一回転させて窓の外へと出た。手から気を軽く放出さ
せてもう一回転し、ホテルの屋上へと降り立った。
 我瞳は手すりのない屋上の縁に直立し、ワインのコルクを歯で引
き抜く。ポン、と言い音がして、我瞳は口にくわえていたコルクを
手の中に出した。そして、胸にしまわれていた熊肉を食べながら、
ワインを楽しむ。
 しばらくして、我瞳は右ポケットに手を突っ込んで双眼鏡を出し
た。
 暗視機能がついた、傷だらけの双眼鏡で、遠方に焦点を合わせる。
左から右へとゆっくりと双眼鏡を動かす。
 ふと動きが止まった。我瞳の目には、緑色の画面に小さく写る赤
い点。我瞳は双眼鏡から目を離し、その赤い点のあった辺りを睨み
つける。
 突然、左目に激痛が走った。まるで、瞳を撃ち抜かれた――いや、
違う、あの瞳をえぐり出された時のような痛み……それと同時に、
艶やかな青紫の髪が見えた。地まで届くかのような豊かな髪。激痛
にあえぎながら、我瞳はその髪に触れたくて手を伸ばした。
 我瞳の手から双眼鏡が滑り落ち、屋上の縁にぶつかって新たな傷
を作る。そのままゆっくりと双眼鏡が落下してゆく。その音にも我
に帰らず、我瞳は虚空に手を伸ばし、体をも伸ばした。



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