一章 我瞳・怜騎

 それから二時間。山頂において我瞳は目をこらした。遠くに、町
が見える。聖春が驚いたように言う。
「へー、怜騎さんの言ってたこと、本当だ。でも、なんでここに?」
 我瞳は腰を近くの石に落ち着け、答えた。
「いつまでも綺麗と歌われるお姫さんを国中で連れて歩くわけにも
いかねーだろ。海を越えて遠回りに兵智に帰るのも手かも知れねぇ
が、やっぱり見つからずに連れ去ることは難しいだろ。それに、博
東の船は、早いし強い。海近辺は調べ尽くしているはずだろう。と
きたら、人目を避けて入れる山が一番だろう」
 我瞳は、水筒から水分を補給する。口を拭って、差らに話を続け
る。
「と言っても、山はひれぇからなぁ。どこかに砦でも築いてしばら
くの間そこに幽閉すればいいだろ。ほとぼりがさめた頃に売り払う
のも、身代金貰って受け渡すも、逃げるのにも便利なこの付近の山
に居ればいいだろ。あとは、あそこの町に近いところに居るだろう。
お姫さんのほかに、数名さらってきたんだろ?」
「ええ、まぁそうらしいです」
「だったら、町に行って、やたらと物資を買いこんでる連中を調べ
れば済む。見張りも必要になってくるから、数名分で食い物が済む
わけがねぇ――どうした、聖春」
 複雑そうな顔をして、聖春は我瞳を見つめていた。
「怜騎さん、意外と考えてたんですね」
「……てめぇは俺のことどう見てんだ、コラ」
 我瞳は聖春の頭をドつく。
「いや、勘だけで動いてるのかと」
「勘だ。ここに登ってくる間にへ理屈は考えておいた」
「怜騎さん……」
 聖春の中で「我瞳怜騎は本当に凄い人かも」と考えていたのだが、
一瞬にしてバカらしくなった。
 その聖春の前で、我瞳は唐突に顔を押さえた。
「ぐぁっ……」
 そのまま崩れ落ちる。
「怜騎さん! またですか? 薬どこです!?」
 怜騎は、うめきながら答えた。
「腰の……ケースの中っ」
 我瞳の左目を通して、何か画像が飛びこんできた。
 今まで見たことのない女の、ぼやけた顔。
 我瞳の呼ぶ“ヒダリ”が何かを告げたがっている。
 痛みだけではない、何か。
 兵智に入り、この山に近づいたときから感じる痛み……その痛み
ゆえに、我瞳は鎮痛剤を持つようになったのだ。
 この痛みが出てきた頃から、何かを感じていた。今まで感じたこ
とのないもの。
 それは、聖春が仕事を持ってきたときに、濃く感じていた。実際、
お姫さんを救出する仕事などはしたことがない。お姫さんが殺
され、どこかの国や者と戦争が起こった時に我瞳の仕事が始まるわ
けであった。
 我瞳は、体が押さえつけられ、次いで口に何かを放りこまれるの
を感じた。そして、喉に熱い物が注ぎこまれる。
その熱いものが酒だと気づくのに、少し間があった。
 我瞳の頭に、ようやく自分が何者であったかが呼び起こされてき
た。
 我瞳は胸が上下し、息を荒く吐いた。そうして自分の立場を冷静
に見つめると、手が固く押さえつけられることに気がついた。聖春
が、顔を心配そうにのぞきこんでいる。
「怜騎さん、大丈夫ですか? こんなに、こんなに……」
 聖春の目が涙で潤んでいた。
 聖春が泣きそうになったのも、仕方がない。苦しみもだえる我瞳
の姿は尋常ではなかった。
 まるで、とりつかれたかのようにうめき、自分の左目をえぐりだ
そうとしていたのだ。
 それに、聖春は見てしまった。
 我瞳の紫の左目が、赤く鋭い色に変えていたのを。
 一瞬、我瞳の口に薬を入れるのをためらって、見入ってしまうほ
どその赤は美しかった。我瞳が自らの左目をえぐりだそうとしてい
るのを、止めるのを、黙ってみていたくなった。
「キヨ、ハル……」
 聖春が返事をしようとした途端、我瞳に抱きしめられた。
「悪い、しばらくこのままで……」
 我瞳の吐く息は、まだ熱く荒い。
「怜騎さん、早くあの町に行ってホテルとりましょう。怜騎さんは
このままじゃいけない……どうでもいいですけど、せめて力は緩め
てください。俺のこと壊す気ですか」
 我瞳の体に、力が戻ってきているのか、聖春は思わず力の強さに
そう言ってしまった。我瞳はゆっくりと体の力を抜き、聖春から離
れた。
 我瞳は頭を軽く振り、顔を両手で覆って軽くこする。
「疲れてんのかな……俺。連日連夜女を抱いたのが悪かったのか?
 左目に女の顔が浮かんできやがる」
 聖春は苦笑して言った。
「そんなこと、口に出して悩まないでくださいよ」
 聖春は、ため息をついた。



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